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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
26/44

依頼13:アントンの花屋の汚染状況調査 3/3

 ラーディを自宅まで送り届けた後、ケイリーもアントンの花屋へと向かった。


 先んじて単独で現地に向かったリーピとは別のプロセスで、彼女もまた不穏の要素を現状に見出していた。


(明確な理由を見出せないままながら、あれほどの不安を感じるものなのか、人間は。)


 自宅に帰りつくまでの道中、ケイリーの真隣りで、ラーディはずっと顔を蒼ざめさせっぱなしだったのだ。


 ことによっては身体的な異常をきたしているのではないか、とケイリーは彼女に発熱や倦怠感、悪寒を感じていないか繰り返し尋ねたが、ラーディはその点に関しては問題なかった。


 あくまで、一つの重大な不安……幼馴染のアントンが既に本人ではなく、別の何かがなりすましている偽者である可能性……その心理的な要因一点で、ラーディは具合悪そうにし続けていたのだ。


(彼女の不穏な推測が、外れていれば良いのだが。)


 ケイリーが花屋に到着した時、既に来客数の落ち着いた時間帯でもあり、そこには店主アントンの姿だけがあった。


 店先に並べている花の状態をチェックしては細かく霧吹きで水をやる等していたアントンであったが、ケイリーの来訪に気づいて声をかける。


「これまたいらっしゃいませ、今日はまたよくおいでになりますね。」


「あぁ、今日はこれ以上依頼の通話も入らなさそうなものだから、早めに切り上げたんだ。ところで、リーピは来ていないのか?」


「リーピさんでしたら先ほどいらっしゃいましたが、ウチで働かせてる自動人形を修理に出した先の様子を見に行かれましたよ。」


 アントンの言葉を聞いて、ケイリーは花屋の奥へと視線を向ける。


 たしかに、アントンが新たに雇った店の働き手、格安で購入した自動人形の姿がない。


 他でもない、その格安自動人形が高確率で菌糸漏洩を引き起こすであろうことが、今回の件において主たる懸念事項となっていたのだから、修理に出されたことは事態を改善し得る処置である。


 とはいえ、新たに見出される謎の方が多かった。ケイリーは声を低め、アントンへと尋ねる。


「……修理に出した先は、何処だ?格安の自動人形は非公式製品、販売拠点も正規店舗ではないし、整備工場も公式メーカー認証のものじゃない。様子を見に行ったリーピは、その場所を知っているのか?」


「リーピさんにも同じことを聞かれましたので、いちおう、俺が自動人形を購入した時のチラシに載ってた住所をお伝えしました。あ、というか、そうだ、ケイリーさん。他でもないあなたを、リーピさんは護衛に連れて行くと仰ってたんですが……お互い、会ってらっしゃらないんです?」


「いや、会っていないし、通話も入っていない。」


 ケイリーは首を横に振った。


 アントンに対しては伝えなかったものの、そもそもがリーピと同時に事務所を出発したのだから、通話を受け取る機会などあるはずもない。菌糸の情報伝達能力を用いた通話機は、それが固定設置されている場所でなければ連絡手段として機能しない。


 確かに、ケイリーが護衛として付き添わなければ、多少なりとリスクのある行動であった。


 非正規品の自動人形を組み立て販売するような組織は、すなわち非合法に自動人形を解体してパーツ取りすることも同時に行っている。リーピのようなメーカー純正品の自動人形などは、まさに高額なパーツの塊が歩いているような状態なのだ。


 雇い主、所有者が存在する可能性があるうちは、まだ見境なしに解体される恐れはないのだが……リーピが誰の所有物でもなく、独立して活動する自動人形だと知られれば、その保障もない。


 口調を多少早め、ケイリーは質問を重ねた。


「その住所が印刷されたチラシ、どこにある?私もリーピのもとへ向かわなければ。」


「それでしたら……あっ。す、すみません、リーピさんにお渡ししちゃってまして……あの一枚だけしかなかったんですよ。」


「せめて、住所の欄に何と書いてあったか、覚えてないか?」


「いやぁ、なんて書いてあったかなぁ、せめてメモしておけば良かったんですけど……申し訳ないです、これではリーピさんがどこに行ったのかも分かりませんね。」


 申し訳なさそうな表情とともに、仕事の手を止め、眉間に皺を寄せているアントン。


 この彼の振る舞いが、演技であるようには見えなかった。先ほどラーディから伝えられた懸念、彼が既に本人ではない別の存在になりすまされているという可能性もよぎったケイリーであったが、アントンがリーピを罠にかける意図もないだろう。


 他ならぬリーピが、アントンにわざわざ警戒心を抱かせるような下手を打つとも考えられなかった。


 自分の持ち込んだ話のために花屋としての仕事を中断させるわけにもいかない、とケイリーは口を開きかけたが、声色を明るくしたアントンが顔を挙げて喋るほうが先であった。


「あっ、帰ってこられましたよ!修理に出してた自動人形と、業者さんと、リーピさんも一緒です。」


 アントンの視線をケイリーも目で追い、リーピが無事に帰ってきている様を確認した。


 彼の傍らには、格安自動人形の販売業者であろう作業服姿の男、そして修理から返ってきた非正規品の自動人形の姿もあった。正規品人形であるリーピや、本物の人間と並んでみれば、やはり格安自動人形の歩き方は不自然でぎこちなかった。


 花屋の店先で待っている両名に業者の男は頭を下げ、アントンに向けて書類を差し出しながらペラペラと喋り始める。


「どうもお待たせいたしました、こちら修理完了報告書となります。ご指摘にあったとおり、当該個体には背部外殻の接合に若干の緩みがありまして、そちらの補強修繕を行いました。菌糸飛散を防止する湿潤ジェルの再充填、および外殻接合パーツの取り換えを行いましたので、当面の間は問題なく稼働させていただけると思います。修理保証期間内ですのでお代は結構でございます。このたびはご購入から早々の修理請求のお手数をおかけいたしまして、誠に申し訳ございませんでした。」


「いえいえこちらこそ、出来れば今日中に修理を済ませて、との無理なお願いを聞いてもらって、ありがたいですよ。」


「それはもう、お客様のご要望とあれば、可能な限り承りますので。また何かあれば、どうぞ遠慮なくご連絡ください。では、今後とも、ごひいきに……。」


 業者の男は必要書類をアントンへと手渡し、通達事項をペラペラと口早に喋り終えてから、せかせかと帰っていく。


 一方、彼らと共に戻ってきたリーピをケイリーは店の奥へと引っ張っていき、他の人間に見られづらい場所でリーピの服をめくって彼の背中を確認しはじめていた。


 リーピは、ケイリーの抱いているだろう懸念をある程度推測しつつも、尋ねる。


「何をしているんです、ケイリー。」


「まさか、あの業者に身体パーツを取られたりしていないだろうな。今、あの格安自動人形が装着している背部外殻が、もともとリーピの身体パーツだったものじゃないだろうな。」


「僕が誰にも所有されていないことの確認が取れない状態で、勝手なパーツ取りを敢行する業者は居ません。もとより、あの自動人形と僕とでは規格が合いません。」


 確かに、特に小柄な体型で造られたリーピの身体パーツでは、一般的なサイズの自動人形にそのまま流用できることは少ないだろう。いつも通りに淡々と理路整然たる受け答えをするリーピの口調を聞いて、ケイリーは彼が解体の憂き目にあった不安をひとまずは払拭できた。


 ケイリーの雑な手つきで無理やりたくし上げられたシャツの裾を、あらためてズボンの中へと押し込みつつリーピは言葉を継いだ。


「それに、そもそも僕は彼ら業者の修理工場には到着していません。アントンさんから手渡されたチラシに載っていた住所は、やはり体裁上、いちおう記載されただけのものです。現地には、使用痕跡の無い空き倉庫があるのみでした。アントンさんの花屋へと戻る道で、同じく花屋へと向かう業者と出会ったのは偶然です。」


「そうだったのか……あの業者は、チラシに虚偽の住所が載せられていたことについては、何も言わなかったのか?」


「広告代理店が印字ミスをしたのだろうから、こちらで訂正を要請しておくとのことでした。前もって用意していた言い訳、でしょうけれどね。僕がアントンさんの意を酌んで修理の様子を見に向かっていたことを伝えると、丁寧に平謝りされました。僕に対してではなく、アントンさんに対して謝る方が筋だとは思うのですが。」


 言われれば、先ほどの業者は前もって準備していた通達事項だけをアントンに伝えてそそくさと去っており、チラシの内容についてはアントンの前で全く触れていない。


 今となっては、自動人形の修理が無事に完了してさえいれば問題ない状況ではあったのだが。


「ところでケイリー、先ほど帰っていった人形修理業者、見覚えはありませんか?」


「え?私は初対面の相手だと思ったんだが。正直な所、リーピの身体に異変が起きていないか、そればかりに集中してしまっていた。」


「僕のことを気にかけてくれるのは良いのですが、出来ればケイリーの記憶と照合したいのです。業者を名乗るあの男が、アントンの花屋で今朝からずっと見張りをしていたという男たちの一員ではないか、と。」


 リーピの言う通り、それに確信を与えるためにはケイリーの記憶を頼るしかない。


 アントンの花屋で意図的に菌糸漏洩を引き起こす計画のため、プロタゴとアリシアから花屋の見張りを命じられていただろう男たち。その要となる自動人形をアントンが修理に出した時点で彼らの姿はなかった。


 おそらくは修理業者の体を装って、菌糸漏洩を引き起こす予定の自動人形を引き取ったのではないか、とリーピは推測していたのだ。


 ケイリーは自らの記憶を探る。自動人形の記憶は、人間の記憶の様に曖昧にはならないが、そも意識的に観測しなかった事象については鮮明に思い出しようもない。


 彼女はどうにか自分の目にした男たちの顔の情報を引っぱりだし……言葉に詰まりつつも答えた。


「そう、だな、確かに、アントンの花屋を見張っていた男二人組の片割れと、同一人物である可能性は、高い。」


「……確証は得られませんか。ともあれ、行われた修理が万全の内容であるとは断言できません。非正規の修理技師による作業を信頼しきるわけにもいきませんし、今夜から明日の未明にかけて菌糸漏洩を起こす仕掛けが意図的に残されている恐れもあります。」


 リーピが作業服の裾を整え終えた頃、アントンと共に自動人形が店内へ戻ってきた。


 スクルタと名付けられたこの自動人形、相変わらず歩き方に人らしい柔らかさはないが、それでも商品や来客に手足をぶつけるような危うさが無いのは文字通り機械的な精密さであった。


 リーピはそれとすれ違い、アントンの元へ行き単刀直入に話を切り出した。


「アントンさん、これは本日の営業時間が終了してからで構わないのですが、スクルタさんを一旦ウチの事務所に預けてもらえないでしょうか。」


「えっ?あぁ、まぁ、リーピさん所であれば、いいですけど……なんでまた?手伝わせたい作業がおありなんですか?」


「いえ、仕事を命じたり、消耗させるようなことは致しません。本当にただ、預かるだけです。実は、顧客情報ゆえ詳細はお伝え出来ないのですが、あなたの店舗にて菌糸漏洩が起きるのではないか、との相談が僕らの事務所に寄せられておりまして。」


 リーピの申し出は、今回の件での不安要素を最も直接的に、かつ確実に除去する手段であった。


 アントンの花屋にて菌糸漏洩事故が発生しなければ、親族の出店を企図しているプロタゴとアリシアの思惑は完全に外れることになる。


 万一、今でも尚この店舗が監視されていれば、こうも直接的な手段は取り難かったのだが、今は監視役の男たちも姿が無い。業者に扮した男は、先ほど修理を終えた自動人形を届けるだけ届け、そのまま帰っていったのだ。


 誰にも邪魔される恐れのない今、菌糸漏洩が起きる元凶そのものを別の場所へ移すのが根本的な解決手段に違いない。リーピは言葉を続けた。


「黙っていて申し訳ないです、実は本日、ケイリーと僕とで交互に来店させてもらっていたのも、この店で新たに導入された自動人形の状態を確認するためだったのです。スクルタさんが明らかに非正規品の自動人形であることは、そのまま来客の方々の不安につながります。」


「そうだったんですか……まぁ確かに、あんまり接客には向かない奴だと言われれば、その通りではありますね。」


「今しがた修理を終えたばかりのスクルタさんではありますが、今夜だけは僕らに預けてもらえるでしょうか。ついでに、僕らの方でもスクルタさんの身体状態に異常や不具合が無いか、簡単にチェックしておきます。自動人形メーカー本社の研究主任とも、通話にて診断基準を聞く事だけはできますので。」


「えっ、そこまでやってもらって、本当にいいんですかい?間接的にでも、メーカー正規の診断をしてもらえるかもしれない、ってことなら……むしろ、喜んでお願いしたいほどですって。おいくらほど、依頼料をご用意すれば良いですかね。」


「いいえ、先ほど同様、これは僕らの方からの申し出ですので。この件につきましては、アントンさんの花屋における菌糸漏洩リスク調査を依頼した方からの報酬を受け取っておりますので、お気遣いなく。」


 リーピの申し出が想定外であることには間違いないようであったが、アントンは驚きつつも、何ら拒むそぶりも示さず提案を受け入れた。


 この一連のやり取りを通じても、アントンが本来の人間ではないことを確定する判断材料は見いだせなかった。自動人形メーカー正規の診断に価値を即見出している辺りは、花屋の店主にすぎない人物の振る舞いとして、やはり怪しかったが。


 今のところ、ラーディの観察眼と勘だけが、アントンに明確な違和感を抱いている唯一の観測手段であった。


 彼が偽者であるかもしれないという疑念は、未だ正否どちらとも結論付けられない。偽者であったとしても、この店舗を他人に譲るわけでもなく、アントン本人であったときと変わらず単なる花屋の店主として振舞い続ける意図は今のところ不明だ。


 ともあれ、花屋において菌糸漏洩および汚染が発生する可能性だけは、スクルタの身柄を回収し監視下に置くことで回避できる状況が確定したのであった。

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