依頼13:アントンの花屋の汚染状況調査 2/3
既に本人ではなくなっている可能性のあるアントン。彼が営んでいる花屋へと急ぎつつ、リーピは解消しきれぬ疑念について思考を続けていた。
フィンク議員の息子ヴィンスが自動人形と入れ替わった時、それを明確にしたのは体型の多大な差異である。ヴィンス本人は小腹の突き出た不健康な体型だったのが、自動人形はまさにモデルそのもののような完璧なプロポーションであったため、その違いは一目瞭然であった。
(しかし、アントンさんの体型は、易々と模倣出来るものではありません。)
工場での労働経験、さらに力仕事の多い花屋を続けていたアントンの肉体は筋骨隆々、身長も体重も成人男性の平均体型から大きく逸脱している。
仕事中に身につけるエプロンはそのままカーテンにでも使えそうなほどの面積であり、その背中では特注サイズのシャツが今にも裂けそうなほど、内側から盛り上がる筋肉の圧によって張りつめていた。花屋においては根の詰まった鉢植えも、水で満たされたタンクも、彼の剛腕にかかれば軽々と持ち上げられたのである。
そんなアントン本人がいかにして無力化されたのかについても大いに疑問の残るところであったが、彼の体型を模倣できる自動人形の身体モデルは当然ながら通常の規格ではあり得ない。
(もちろん特注品、それも特大のサイズゆえ、重量化する自身の身体パーツを支えるだけの強度も必要となるでしょう。人間を模倣できるだけの思考能力も内部に搭載するとなれば、相当な高額品になるはずです。)
ただでさえ、生きている人間そのものを模した愛玩用自動人形のオーダーメイドは目の飛び出るような価格となるのだ。一般の規格から外れ、ばかりか通常まず必要とされない構造上の剛性をも求められるとなれば、もはや政府によって組まれる予算でもなければ支払えない額になるだろう。
そんな特注の自動人形を、たかだか花屋の店主になりすますためだけに、誰が発注するというのか。
(ディスティさんのご両親、プロタゴ氏とアリシア氏は、アントンさんの店舗と土地を奪うために計画を進めていますが……彼らの思惑とも外れてしまいますね。)
プロタゴとアリシアの目的は、あくまで親族の出店のため便宜を図ることであり、そのうえで滅菌剤の小売店が挙げるであろう利益の恩恵にあずかることでもある。
計画時点で多額の出費を強いられていては本末転倒であるし、そもそも花屋の店主アントンになりすませる存在を用意できた時点で、それ以上なにも回りくどい計画を進める必要など無くなるはずだ。
アントンが既に本人ではなくなっている恐れと、アントンの花屋が乗っ取られようとしている件は、おそらく別件であろう可能性が高かった。
(ヴィンス氏になりすましていた自動人形の一件にも、まだ不可解な点は残されています。僕が見過ごしていた要素が、なおも不穏の元凶となっているのかもしれません。)
体型の模倣にこそ失敗していたものの、自身が解体されようとした現場から逃亡し、その後しばらく本物の人間同様の行動を模倣して存在を続行した偽ヴィンス。
しかし彼が人間ではないことが確定し、警察部隊によって拘束される直前となった時、同じ個体であるとは思えぬほどに言動は劣化していたのだ。自己の存在を維持しようとする意図は、完全に失われたようであった。
まるで、個体として存在することが“もはや必要ではなくなった”かのように。
(その理由については、まだ判断材料がありません。……しかし、ヴィンス氏になりすました個体にせよ、ラーディさんの勘が当たっていればアントン氏になりすましている個体にせよ……何の目的で、自己の存在を維持し続けようとするのでしょうか?)
現在、アントンの所有する店舗と土地を奪い取ろうと画策しているプロタゴとアリシアについては、その目的が明白である。街の一等地に、自分たちの親族が出店する便宜を図り、見返りとして利益のおこぼれに与ろうとしているのだ。
一方で、以前のヴィンス、そして憶測が正しければアントンも……人間になりすまして活動を行う自動人形の目的については、全く不明であった。
本来、自動人形は人間によって製造された物である。人間の仕事や生活の助けとなるために製造され、その製造目的から外れれば廃棄されるのが基本である。人間の意図から外れてなお、周囲からの認識を欺いてまで、自動人形が存在し続けようとする振る舞いに、理由はあるのだろうか?
それは他でもない、かつての雇い主から独立して探命事務所を設立し、仕事を続けているリーピとケイリーについても類似して付きまとう謎ではあった。
(僕らは、なぜ、廃棄処分されることを拒んだのでしょうか……?)
生物である人間と異なり、自己保存、種の保存といった欲求とは無縁であるはずの人工物。
感情も、人間の振る舞いを模倣することによって、疑似的に再現することしか出来ない自動人形。自分の存在が消滅することを、受け入れ難いものとする判断は、どこから生まれるのだろうか。
あるいは、人形の体内で原動力となる菌糸が、意志の根源となり得るのかもしれないが……この謎に答えを出そうとするならば、自動人形メーカー本社の研究主任モースとでも長時間の対談を行わねばならないだろう。
迷宮へと入り込みかけた思考を引き戻し、リーピは現状へと目を向け直した。
―――――
事務所を出てずっと足を急がせてきたおかげで、既にアントンの花屋は眼前である。ケイリーからの報告にもあった通り、現時点では何ら異常は発生していないようである。
来客の数が落ち着く時間帯のおかげで、店番をしていたアントンはすぐリーピの姿に気づいて声を掛けた。
「おや、いらっしゃいませ、今度はリーピさんおひとりですかい。つい先ほど、ケイリーさんがお越しでしたよ。」
「はい、事務所での通話番を交代したんです。」
「せっかくの天気ですからね、そりゃ散歩にも出かけなきゃ損ってもんですよ。ごゆっくり見ていってください。」
人間のような気晴らしを必要としないはずの自動人形が散歩していること、についての違和感は示さないアントン。本人そのものであると判断しても差し支えない言動ゆえに、このやり取りから彼が偽者であるとは断定できない。
リーピは花屋の商品を覗く仕草をしながら、店内の様子を窺う。
……ケイリーの報告した状況との差異には、すぐに気づくこととなった。
「アントンさん。先ほどケイリーは、このお店に新しく自動人形が雇われた、と申しておりましたが……その個体は、どちらに?」
「あー、アイツでしたら、ちょいとガタが来てる所が見つかりましてね。いったん、修理に出してるんです。まさに今日納品してもらったところだってのに、格安で購入したばかりにこれですよ。ま、ケイリーさんから忠告してもらった通り、用心するに越したことはないですからね。」
これは、プロタゴとアリシアの計画から外れた状況である。
彼らは、いずれ菌糸漏洩を引き起こす自動人形が、アントンの店舗内に居続けることを望んでいるはずだ。そうでなければ、この店舗と土地を奪い取る計画の根本が機能しない。ましてや修理されて菌糸漏洩のリスクがゼロになれば、いよいよもって彼らの悪巧みは成立しない。
スクルタと名乗る自動人形は、明らかにアントンの意図でこの店舗から引き離されている。ラーディの勘が正しく、リーピの推測が当たっていれば、アントンになりすましている自動人形の意図、とも言い換えられる。
混乱しかかる思考を抑えつつ、リーピはこの場で自分が発するに相応しい返答をのみ口にした。
「確かに、お客さんが来る店内ですから、菌糸漏洩については僅かな懸念も解決すべきですね。しかし正規品の自動人形であればメーカー本社に送ることで修理を受けられますが、格安の個体ということは非正規品の自動人形ですね。どこに修理に出したんです?」
「このチラシに載ってた住所です。お恥ずかしい話ですけど、メーカー本社さんから正規品を買う金もなければ、何日間か修理工場に預けておく時間的余裕も無いもんでして。ついさっき、業者の方に引き取ってもらいました。」
アントンの返答は淀みなく、彼は喋りながらも店の会計台の引き出しから一枚のチラシを取り出し、リーピに見せた。
ざらついた紙質に黒色のインクだけを使った、いかにも安上がりな広告。自動人形を取引するというのに外見の画像は印刷されず、文字による説明と価格だけが並んでいる広告欄の下、小さく連絡先と住所だけが記載されている。おそらく、販売業を行う体裁を揃えるためだけの名義、仮住所だ。
この場に向かったところで、今回の件の主犯であるプロタゴとアリシアに会える可能性はゼロに近しかったが、リーピはそのチラシを受け取りながら言った。
「ちょっと僕が様子を見てきましょうか。真っ当に修理が為されているか否か、僕の知識でも判断することはできます。素人騙しの応急処置だけで高い修理費用を請求されても困るでしょう。」
「そりゃ、ありがたいですが……しかし、大丈夫ですかい?俺も購入しておきながら何ですけど、非公式に解体した人形を組み立て直して販売するような連中相手ですよ。リーピさんみたいな高級な正規品の自動人形を見るなり、連中が襲い掛かって解体し始めたりしないか、心配です。」
「ケイリーにも護衛してもらいますので。もとより堂々と行動していれば、街の有力者が雇っている自動人形だと判断されて手出しはされません。」
「でしたら、お頼みしても良いですかね。あ、でもこれ、調査依頼ってことになりますか?報酬はいかほど……。」
「いえ、僕の意図で開始する調査ですので、お構いなく。」
頭を下げるアントンに返事しつつ、リーピは花屋に背を向ける。
このアントンが、なりすましの自動人形である可能性は高まっていた。
リーピの身を案じる物言いは、確かに人の良いアントンの振る舞いとしては不自然ではない。が、長らく人間相手の仕事を続けてきた彼が、街の裏社会で行われている自動人形の売買ビジネスについて、ここまで詳しいはずもない。
そも、アントンが花屋を開くに至った経緯自体、もともと働いていた工場にて自動人形が導入され、切り捨てられた労働者の一員だったためだ。他でもない自分の店で、労働力としての自動人形を雇おうとすることに躊躇が無いというのも不自然であった。
……とはいえ、それらはやはり真相を確定させられる証拠ではない。店の営業を続けるため致し方ないと判断し、アントンなりに自動人形の導入を検討したのだとも考えられる。
現状のリーピにとっては、より現実的に対処すべき状況こそ優先事項であった。
(真相はさておき、いずれほぼ確実に菌糸漏洩を引き起こす自動人形が、この街の中を移動させられていることは事実です。場所を突き止め、状況次第ではその体内の菌糸を枯死させる判断も必要となり得ます。)
もうひとつ気がかりな事項を挙げるならば、ケイリーが報告していた“花屋を監視している男二人組”の姿がどこにもなかったことである。
プロタゴとアリシアに命じられて監視を続けていたのならば、花屋の中で菌糸漏洩を起こすべき自動人形が店の外へと出ていこうとするのを見るなり、彼らはそれを引き留めるだろう。
アントンの花屋から全く離れた場所で菌糸漏洩が起きても、本来の目的は達成できず、ただ無意味に被害を拡散するだけに終わってしまう。
(しかし、アントンさんから“自動人形に修理が必要だ”と告げられれば、彼らは無理に押し返すこともできないでしょう。口実としても、物理的にも。)
当然ながら、菌糸漏洩のリスクを店主が認識している以上、それを現地で否定することは出来ない。万人にとって危険な状況を、意図的に引き起こしたと見られるのは避けねばならない。
筋骨隆々たるアントンが相手では、文字通りに押し返すこともできず、恫喝によって黙らせる手も利かないだろう。
結果、監視役の男二人が取る手段としては、修理業者に扮して店から出て行った自動人形に付き添い、修理工場へと連れて行くという体でいったん手元に管理し、頃合いを見計らってアントンの店へと帰す……といった形になるだろう。
(何も手掛かりが得られていないことには違いありません……一縷の望みにかけて、アントンさんから受け取ったチラシに書いてある住所に向かうとしますか。)
ご丁寧に、チラシに本物の住所を印刷してあるとはとても思えない。が、さすがのリーピも、全く表に出てこない非合法な自動人形売買業者の活動拠点がどこであるか知る由もない。
さらには、今のアントンが偽者によるなりすましである場合……彼に伝えたのと異なる行動をとり、無駄に不審がらせるのは悪手でもある。
(業者を名乗る男たちが自動人形を連れて行く道中にて、何かの拍子で菌糸漏洩が発生する恐れもあります。目標地点へ到着するまでの間にも、菌糸に感染し異常行動を起こしている市民が居ないか、注意して見ておかねば。)
万が一、自動人形から漏れた菌糸が人間の体内に入り、それが脳症を引き起こした場合は助かる手立てはない。
だが、肉体としては即死するわけではない。神経系が完全に菌糸に置き換わり、脳機能は完全に乗っ取られるものの、肉体機能は残ったままになる。
以前、破損したヘルパー自動人形の菌糸が傷口から直接身体に入った老人のケースでも見られた通り、しばらくは無事だった時と同様の行動を取り、言葉を発することもできる。あくまで、その人間の意思が残っていた時の言動を、ただ模倣して繰り返すだけではあるが。
(……その菌糸が、単なる模倣に留まる単純な運動機能のみではなく、高度な思考能力を可能とする中枢系統を構築できるとすれば……?)
そこまで考えたリーピは、ある恐ろしい仮説に行き当たった。
既にアントンがそうなっている可能性はあるのだ。自動人形としてのボディが用意できずとも、人間の肉体と記憶を残したまま、中身がそっくり菌糸に置き換わっているという可能性が。
今までに彼が菌糸感染する機会があったとすれば、花屋にて働かせていた偽ヴィンス経由である。
自動人形メーカー本社から、研究主任のモースが直々に出向いてまで回収しようとし、それが叶わぬとなればその場で枯死処分を断行した、あの最新型自動人形。そこから漏洩した菌糸は、既存の自動人形に用いられているものよりも“優れた種”であろう。
これまでの菌糸感染者、胞子性壊死脳症の罹患者は、まさに意思なく歩く死体そのものであった。が、生きている人間とまるきり変わらぬ言動が可能となれば、識別は難しくなる。いや、体内を解剖すれば、識別すること自体は物理的には可能だろうか。
だが、そもそも……人間として生きている状態と行動が全く変わらないのなら、通常市民と罹患者を区別する意味はあるのだろうか?
むろんこれは、そのように高度な知性模倣を行う菌糸が実在するとの確認も取れていない、憶測どころか妄想の域を出ない説だ。
(ダメです、ここで答えを出せない問題に思考は割けません。今は、被害の拡大を抑えることに専念しなければ。)
ともすれば根源的な疑問を自らの内から投げ掛けられつつも、リーピは余計な思考を振り払うように頭を横に振り、脚を急がせた。
目の前では真昼の街並みを市民たちが平常通りに往来していたが、それらは今、あまりに危うい平穏の上にあった。




