依頼11:市長夫人と孫娘の外出付き添い
邸宅の一階で出かける支度をしつつ、お伴する自動人形を待っていた市長夫人と孫娘。
執事に連れられて彼女らのもとへ顔を出したリーピとケイリーであったが、市長の孫娘プルスから熱烈な歓迎を受けたのはケイリーが先であった。
「ケイリーお姉ちゃん!また来てくれたのね!!」
「わっ……あ、あぁ、今日も、きみのお祖父様から依頼を戴いたんだ。」
感情を模倣するしかない自動人形のなかでも、特にその仕草がぎこちないケイリー。前回同様たどたどしい驚きの振る舞いを、駆け寄ってくるプルスに対して示す。
外出着を使用人の手で着させられていた最中のプルスの背では、まだワンピースのボタンが留められておらずブラウスの裾がヒラヒラと彼女の走りに合わせて舞っていた。しゃがみ込んでプルスの突進を抱き留めたケイリーは、その手で服を整えつつボタンを留めてやる。
おてんばなお嬢様を着替えさせることに手を焼いていたのだろう使用人は、自動人形を相手取る際の冷たい目つきは変えずとも、無言のまま丁重に頭を下げてケイリーの気遣いに礼を示した。
一方、とっくに準備を済ませていた市長夫人の方は、孫娘の振る舞いに微笑みを向けつつもリーピへ語り掛ける。
「わざわざ買い物に付き合うだけのことで呼び出してしまって、ごめんなさいね。うちのプルスが“人形のお姉ちゃんにまた会いたい”って、いつもいつもねだってくるものだから。」
「いえ、ケイリーを気に入っていただけて実に光栄です。見ての通り、言葉遣いの粗忽な自動人形ですので、前回の訪問時にお気を悪くされていないか、懸念しておりましたが……。」
「行儀作法ばかりが完璧な人間なんて、あの子は物心ついた頃から見慣れてしまっているわ。多少なりとぞんざいで、ついでに一緒に遊んでくれる自動人形さんを気に入るのも無理ないわね。」
市長夫人は、言わずもがな自分もリーピを気に入っている、と伝えんばかりに顔の皺を寄せて笑みを向けてきた。
祖父母、両親が揃って政治家である一族に生まれた幼女が、幼いなりに人間の二心を察して不信を抱くに至っているのではないか……と、前回プルスの遊び相手をしたリーピは推察していたのだが、プルスの祖母たる市長夫人は当然ながらそれを既に見抜いているようであった。
使用人たちがずらりと並んで見送る玄関口、老執事に市長夫人は声をかけてから出て行く。
「じゃあ、ちょっと散歩に行ってくるわね。」
「いってらっしゃいませ、奥様、お嬢様。くれぐれも、奥様とお嬢様を宜しく頼みますよ、リーピさん、ケイリーさん。」
「はい、誠心誠意、お伴を務めさせていただきます。」
執事の声は冷たく、自動人形に対する信頼など相変わらず微塵も抱いていないことが如実に表れていたが、あくまで慇懃な態度を示す彼にリーピも丁重に返答した。
―――――
むろん、市長の妻と孫娘のお出かけに付き添い、護衛することは重大な責任を伴う依頼には違いないが……この街で、裏社会も含めて最大の権力を有する人物の親族に、わざわざ危害を及ぼそうとする命知らずは居ない。
仮に危険な状況に陥るとすれば、それは市長自らが妻や孫を排除しようと決断した時以外に無かったろう。
幸いながらも市長一家の家庭内環境だけは良好である。早くも孫娘のプルスはケイリーの腕をぐいぐい引っぱって先頭を歩きながら、外出日和の晴天の下、好みの自動人形と共に出かけられる喜びにはしゃいでいた。
「あはは、ケイリーお姉ちゃん、ちから強ーい!おんぶ、してくれる?ついかりょうきん、いくらでも支払わせるから!」
「それぐらいのことなら、報酬とは関係なく実行する……ほら、しっかりとつかまって。」
「わぁ、お姉ちゃんの背中、ひんやりしてて気持ちいい!ねー、おばあちゃん!ウチでケイリーお姉ちゃん、雇えないのー?」
“追加料金”だの“雇う”だの、相変わらず幼児らしからぬ文言を口にしているプルス。身近な大人が用いる言葉を、子供はいち早く学習してしまうものなのだ。
気まぐれな彼女の相手をさせられているケイリーを微笑ましげに見つめながら、市長夫人は孫娘へと返答した。
「そうねぇ、ウチの屋敷に来てくれたら、きっと楽しいわねぇ。おじいちゃんに聞いてみなきゃねぇ。」
「うん!帰ったら、おじいちゃんに言ってみる!ケイリーお姉ちゃん、ちょっと走ってみて!」
「承知した……が、舌をかまないように、口をちゃんと閉じていてくれるか。私も可能な限り慎重に走るが。」
プルスの言いつけ通り、小走りに足を速めるケイリー。彼女の背で、無邪気に笑い声を立てるプルスの仕草は確かに子供らしいものであった。
むろん、市長夫人も、市長が自分の邸宅内で自動人形を働かせることなど許容しないだろうと分かっている。家に帰る頃には、プルスが先ほどの言を忘れ去っていることを前提とした返答であった。
足を速めたケイリーと、彼女がおぶっているプルスとの距離が少し離れたところで、市長夫人は傍らに付き従うリーピへ告げた。
「ごめんなさいね、ウチの人は自動人形を嫌っているわけじゃないのだけれど、他でもない市長の屋敷で万が一のことがあったら、自動人形が問題を引き起こしたとの騒ぎが大きくなってしまうでしょう?」
「承知しております、僕たち自動人形のことを第一に考えていただけているからこそのご判断ですね。」
「あなたたちを恒久的に雇うことは出来ないけれど、代わりに、こうして暇が出来ればちょくちょくお仕事を頼むことにするわ。」
むろん、リーピの立場としても、ケイリーとふたりきりで運営している探命事務所ゆえ、ケイリーを市長邸宅での仕事にとられるのは好ましいことではない。
それゆえ、市長邸宅で働けることが当然望まれることとして語る市長夫人の言には賛同しかねたし、更には“暇が出来れば”仕事を与えるという扱いも不本意ではあったが、リーピは粛々と市長夫人の言うことに頷き続けていた。
人間が言う所の「話半分に聞く」という振る舞いを、リーピはすっかり身につけていたのだ。
市長夫人の側も、相手が人間ではなく自動人形であるおかげか、裏心を探らずに済む気楽さがあるらしい。のんびりと歩きながら喋り続けている。
「ウチで雇っていた使用人も、ひとり減ったところだからねぇ……知っているかしら?あなた方が前に来た時、そう、初めてプルスの遊び相手になってくれた時に、ひとりの使用人が大事な書類を失くしてしまう騒ぎが起きていたのだけれど。」
「詳細については存じ上げませんが、警察の方たちが多数お越しになって、プルスさんが不安がっていたのを覚えています。」
口ではそう答えたが、むろん、つい先日まで一連の出来事に関わっていたリーピは、その件のほぼ全貌を把握している。
自動人形メーカー本社から、最新型人形を回収すると通達する文書が届いたものの、その最新型を解体し売却することで利益を得るつもりだった市長が文書の存在を揉み消した一件である。
結果として、本社による回収を免れた自動人形はフィンク議員の息子ヴィンスを殺害してなりすまし、つい先日、本社から出向いてきたモースの手によって活動停止措置が取られるに至った。
回収を通達する文書の紛失については、市長邸宅の若き使用人ディスティの責任として処理された。ディスティは屋敷を追い出されて身寄りもなく彷徨い続ける中で衰弱し、助けに向かったリーピ達の手引きによって闇医者チャルラットのもとで看病され、快復した今は看護師として働き始めている。
この一件は、最初プルスの遊び相手として屋敷内に招かれたリーピとケイリーが濡れ衣を着せられかねない状況でもあったため、市長に対してリーピが警戒心を抱く一因にもなっていた。
さすがに、リーピ達がそこまで把握しているとは知らぬ市長夫人は、気の向くままに語り続けている。
「責任を取らされて、ウチの屋敷から追い出されてしまった使用人だけれど、あの子もまだまだ若いのに、可哀想ねぇ。今ごろどうしているかしら。」
「その方には、ご家族など身寄りはないのですか?」
「居ないのよ、そのご家族も街から出て行ってしまって。覚えているかしら、前にお花屋さんの土地と建物を騙し取ろうとしていた市議会議員の秘書が居たでしょ?その娘さんが、こないだ追い出された使用人なのよ。」
それも、以前リーピが調べた内容と一致している。
闇医師チャルラットからの依頼で、ディスティをこのまま看護師として雇っても問題は起きないかどうか、身辺調査を行った時に判明した内容だ。
花屋の店主アントンは、道路拡張工事を行うため立ち退くように、との市からの命令で“正式に”自分の店舗と土地を手放す寸前であった。が、実際には、ひとりの議員秘書が自分の親族が出店するための場所を確保するため、架空の工事計画に基づいて立ち退き命令書を発行していたのであった。
リーピの働きかけによって他でもない市長夫人がこの違和に気づき、市長へ直々に不正を知らせたことで、その議員秘書は更迭され、明るみに出た悪名を背負ったまま街から逃げるように去ったのだ。
「せめて、罪のない娘さんだけは、ウチで面倒を見てやろうと思っていたのだけれどねぇ。あの子自身も、他の使用人たちとは馴染めていなかったみたいだし。」
「書類紛失について、彼女が嫌疑を晴らす手段を見出せなかったのは、悔やまれますね。」
「けれども案外、責任の所在については当たっていたかもしれないわ。血は争えないというもの……他人からものを奪って生きてきた家系は、みな独特の目つきをしているものよ。」
温和な表情を崩さぬものの、にこりと細めた瞼の隙間から鋭く眼光を覗かせながら、市長夫人は語る。
リーピは、人間にしか理解できない概念を前にした自動人形そのもののごとく、当惑した表情と無言だけを彼女に返すばかりであった。実際の所、市長夫人の推測は当たっており、ディスティは肌着の下に件の文書を忍ばせたまま、逃げ延びていたのである。
チャルラット医院にて衰弱から回復しきったディスティの目つきが、確かに易々とは倒れぬしたたかさ、さらには野心を感じさせる鋭さを感じさせるものであったことも事実だった。
市長夫人として長年にわたり政界と接してきた老婆の洞察の正確さに、リーピは想定外の感覚を抱いていた。あるいはこれが、人間の感情で言うところの「舌を巻く」というものであったのかもしれない。
その傍ら、彼女はおだやかな声色そのまま、前方でケイリーに背負われている孫娘へと喋りかけていた。
「プルスちゃん、そろそろお行儀よくなさい。もうお花屋さんに到着しますよ。」
市長邸宅からずっと一直線に続く大通りを進み、まさに先ほど話題に出たアントンの花屋へと着く間際であった。
朝の混雑は疎らとなり、昼前の買い物客が往来する時分。大通りは営業に向かうビジネスマンや、富裕層の婦人たちの姿ばかりであり、時おり市長夫人に会釈をしてすれ違う者の姿もある。
祖母からの声が届くや否や、プルスは即座にケイリーへと指示を出した。他者と責任を共有して分散する政治家特有の思考が、既に彼女にも身についていた。
「はーい。おろして、ケイリーお姉ちゃん。おばあちゃんに怒られちゃうでしょ。」
「そう、だな。判断が遅れて、申し訳ない。」
ケイリーは姿勢を低くして、背負っていたプルスを下ろしてやる。と、途端にプルスは花屋めがけて駆け出していき、ケイリーは慌てて小走りでその背を追った。
アントンの花屋は、変わらず繁盛していた。
先日、ヴィンスになりすました自動人形が警察に拘束される際、現場がこの花屋店舗そのものであったとしたら、営業再開には少々難が付きまとったことだろう。
そうならないようにリーピとケイリーが偽ヴィンスを店外へ誘導したことについてはアントンも認識しており、市長夫人らと共にやって来たリーピとケイリーに向ける笑顔は上機嫌そのものであった。
「これはこれは、いらっしゃいませ、奥様、お嬢さん。それからリーピさんとケイリーさん、こないだは、どうも……」
「わーーー!!このお花、かわいい!!」
お行儀よくするように祖母から注意されながらも、幼い女児らしく色とりどりの花々に目を輝かせたプルスの大声が、アントンの言葉を遮った。
リーピの立場としては、先日の偽ヴィンス逮捕に自分たちが関与したことは秘密にすべきことであるだけに、アントンがうっかり口を滑らせるような機会は無い方が有難かった。
市長夫人が苦笑しながら頭を下げるのに対し、アントンは遠慮なさらずとの返答代わりに両手を翳しつつ、その体で窮屈そうにしゃがみこんでプルスに話しかける。
「このお花、気に入ってくれましたか?」
「うん!このふさふさしてて、カラフルなやつ!なんて名前?」
以前は急に屋敷へ踏みこんできた警察部隊に驚いていたプルスであったが、怯えることなく警邏隊長との問答もこなしていただけあって、同じ年ごろの子供と比べても肝は据わっている。
子供の体格と比べれば、ちょっとした小山のごとく大柄で、屈強なアントンの身体が間近に近づいてきても、彼女は臆せず会話していた。
「キモノケイトウという種類です。育て方次第では、このように背丈が低いまま、花の穂が大きく成長するんですよ。」
「これ!わたしの部屋にかざる!おばあちゃん、これ買って!!」
「まぁまぁ、他に色々と見て回らなくていいのかしら?決断が早いのは、良いことだけれどね。」
孫娘へにこやかに話しかける市長夫人の振る舞いからは、先ほどまでリーピと語り合っていた際の鋭さがすっかり鳴りを潜め、孫をいつくしむ一人の老婆らしい温かみばかりが感じられた。
プルスは、祖母から勧められた通り花屋の中をひと通り見て回るものの、ひとたび決めたプルスの心は揺るがなかったらしい。
「やっぱり、これが一番かわいい!これがいい!」
「孫娘が移り気な性格じゃないのを確かめられて、私も一安心ね。じゃあ、このキモノケイトウ……だったかしら?このポットをふたつほど、包んでくださいな。」
「毎度御贔屓に、有難うございます。」
アントンはにこやかに頷き、プルスや市長夫人に聞き返すことなく、彼女らが気に入っている色のキモノケイトウを選び取り、店の奥で梱包作業を始めた。
毎朝の多忙な時間に客を捌く経験が積み重なったおかげか、花束でなくとも客が持ち帰りやすい包装をするアントンの手際は極まっている。
自分の選んだ商品が手渡されるのを楽しみにしているプルスが、待たされて不満を言い始める暇も無くアントンは紙袋を手に戻ってきた。
「横倒しにしてもポットから土がこぼれないように包んでありますが、出来るだけまっすぐに持ってください。通気性と湿度を保つため、霧吹きした紙の上端は開いてありますので。」
「わかったよ!わたしがもつ!おばあちゃん、わたしがもつの!」
「はい、はい。気を付けて、しっかりと抱えておいてね。」
代金を支払い、商品をアントンから手渡された市長夫人は、足元でぴょんぴょんと跳ねてせがむプルスへそれを委ねた。
紙袋の中を覗き込み、プルスは満面の笑みとともに匂いを吸い、くくっと笑い声を立てている。彼女に花の良しあしが分かるかはさておき、自分の意思通りに商品を手に入れた事実にはご満悦らしい。
と同時に、政治家の孫らしい計算も同時に働いたようであった。
たかだか花の植わったポットふたつとはいえ、幼児の体力では家まで持ち帰るにはそれなりの重荷である。とはいえ、一度自分が言い出した内容を途中で撤回するのも、自身の沽券にかかわる……とプルスは感じたのだろう。
「ケイリーお姉ちゃん!おんぶして。」
「分かった。来た時と同じく、だな。」
幼い声の指示に、ケイリーは速やかに従った。
自らの体重も、ついでに抱えている商品も、ケイリーの背に預けてしまいさえすれば、プルスは自分の言に背くことなく家まで戻れる。
市長夫人も、孫娘の頭の回転の速さ、人遣いへの躊躇の無さをその場で読み取ったのだろう。微笑みながらケイリーに背負われるプルスを見つめ、それからアントンに別れを告げた。
「じゃ、お邪魔したわね。屋敷でもっと要りようになったら、後で使用人を寄越して買いに来させるわ。」
「はい、お花は潤沢に仕入れておきますので、いつでもお越しください。」
アントンは深々と頭を下げ、ついでに市長夫人に付き添って去るリーピにも会釈をし、緊張から解放されたような表情でこの上得意客を見送った。
―――――
プルスが欲しいものを決めるのにさして時間を掛けなかったおかげで、市長邸宅へ戻るのは午前中に済みそうであった。
帰り道も、平穏無事な街ゆえにこれといってアクシデントに見舞われることはなかったが……強いて言うなれば、ケイリーが背負っているプルスの小さな異変に気付いたことである。
「……プルス?先ほどから静かだ、体温も高くなっているようだが、具合が悪いのか?プルス?」
「ケイリー、ちょっと立ち止まって、ゆっくりしゃがみ込んでください。」
既に、リーピはプルスの身に起きたことに気づいていた。市長夫人も、不安顔ではなく、ますます愛おしそうな表情で孫娘の様子を見つめている。
ケイリーの背に揺られながら、プルスは寝てしまっていたのであった。
ここに来るまでの間、はしゃぎすぎて体力を使いすぎたのだろう。あるいは、抱えている花のポットの香りで気が鎮まったおかげか……プルスは、ケイリーの背に額を押し付けるようにして、すやすやと寝息を立てていた。
「そのまましゃがんでいてください、ケイリー。プルスちゃんがせっかく買ったお花を落とす前に、僕が代わりにお持ちします……受け取りました、では再び立ち上がって、市長邸宅への移動を再開してください。」
「大丈夫なんだな?プルスは、私の背からずり落ちそうになっていないか?」
「問題ありません、寝ながらも、プルスちゃんはしっかりとあなたの背にしがみついていますよ。」
ケイリーも首の可動域の限界まで使って背後のプルスを確認しつつ、慎重に立ち上がって歩き始める。
リーピも、プルスの手から受け取った花のポットを抱えて再び歩き出した。傍らでこの様子を見ている市長夫人の眼差しは、いよいよ温かみを増していた。
「本当に、あなたたちがプルスの本当の姉弟ならねぇ。前々から、プルスは言っているもの。頼れるお姉ちゃんと、家来になってくれる弟が欲しいって。」
「確かに、その条件にケイリーは当てはまっているかもしれませんね。しかし、僕がプルスちゃんよりも年下として振舞うのは難しいかもしれません。」
「そうね、中身はずっと上ね。けれど、あんまり自分より上が増えても、プルスは気に食わないかもしれないわ。私としては、あなたぐらい聡明な孫が跡継ぎになってくれると、とても心強いのだけれど。」
その言葉を口にする瞬間、市長夫人の目つきは急激に鋭くなり、リーピの目の内を貫いた。
政治家から心強いと評されることは、すなわち他者を欺く術に長けていると評されるも同義である。この一瞬だけは、リーピが先ほどまで交わしていた会話の中で言及を避けていた内容も、全て見透かされたとしてもおかしくはないとさえ感じさせられた。
実際のところ、市長夫人がリーピの行為をどこまで把握しているかは定かではなかったが……間もなく、彼女は柔和な表情に戻って言葉を続けた。
「まぁでも、ウチの息子夫婦は、仕事熱心なものだから。これ以上、孫は増えそうにないのだけれどね。」
「プルスちゃんの遊び相手であれば、またいつでも僕らにご依頼ください。」
「文字通りに受け取っても構わないかしら、あの子は年中無休で遊び相手を求めているわよ。」
むろん、リーピ達も他の依頼を遂行するために時間を費やさねばならず、市長の孫娘の相手をすることばかりに労力を割いてはいられない。
とはいえ、今まさに背中でプルスの体温を感じているケイリーも、市長夫人に付き添って買い物帰りの道を歩いているリーピも、他の切羽詰まった依頼を引き受けた際の、背を突かれ続けているような焦燥とは無縁で居続けられている。
これもまた、人間が感じているのであろう心の平穏という感覚なのかもしれない。自動人形である自分たちも、この感覚を好ましく感じる主観を備えているのだろうか。
ケイリーの背でプルスが立てている寝息の音、抱えたポットから立ち昇る花の香り。
不穏な出来事の続く街のなかで、渇望される平穏の象徴には違いなかった。




