市長からの依頼内容確認:及び対談
モースが自動人形メーカー本社へと帰っていき、リーピとケイリーが慌ただしかった一日の依頼を完遂しきった報酬を受け取った、その日の内には警察署長や市長が異変に気付くことは無かった。
彼らの元には、望んだ通り、市民へのなりすまし行為で拘束された自動人形が残されているのだ。
メーカー本社の人間に回収されずに済んだ今、件の自動人形をいかに扱うかについては完全に市長の掌中にあった。既存の人間になりすますだけの性能や思考能力を有する個体となれば、間違いなく現状最高クラスの性能を有する自動人形である。
事件を起こした自動人形をさすがにそのまま運用することは憚られるものの、一旦解体してから別個体として組み立て直せば誤魔化しも利く。市長の脳内は、これを運用して莫大な利益を懐に入れる算段で埋め尽くされていたことだろう。
……が、そんな皮算用は翌日、早くも塵と消えることとなる。
モースが施した滅菌剤によって、対象の自動人形は体内の菌糸が枯死しきり、完全に機能停止するのだから。
その日の朝、探命事務所には最低限の呼び出しだけを伝える通話が掛かってきた。数秒で応対を終えて、デスクの受話器を置いたリーピはケイリーへと告げた。
「ケイリー、市長邸宅からの依頼が入りました。依頼内容は現地到着し次第伝える、とのことです。」
「強引な呼び出しだな。とはいえ、市長が相手では応じないという選択もない。」
自動人形であるリーピとケイリーは、むろん人間からの依頼には明らかに不可能な内容でない限り、原則的に応じる。
とはいえ、一方的に呼び出すだけ呼び出しておいて、依頼内容は現地で伝える、という手口には警戒せずにいられない。以前、貧困地区からディスティが助けを求めてきた時も、自衛用の装備を手に万全の警戒態勢で現地へ向かっていた。
今回は市長邸宅が現地である。この街で最も安全な場所とも言えるし、市長が人目をはばからず自らの意図を通せる場所でもある。市長がその気になれば、外部の人間に目撃されることなく、リーピとケイリーを拘束し、解体してしまうことも可能なのだ。
リーピから言われるまでもなく、自衛のための防護傘をロッカーから取り出しながらケイリーは喋った。
「市長は、昨日行われたことの真相に気づいたのだろうか。あくまで我々は、モースによってロターク本社から連れてこられた作業用人形として働き、調査対象の自動人形に保全措置を施しただけ、ということになっているはずだが。」
「僕らも完全に身体パーツを作業用人形の物に換装していましたから、物的に僕らの関与を示す証拠は皆無であるはずです。ですが、人間には論理性とは別に“勘”という判断基準が存在するらしいので……市長も“なんとなく”僕ら探命事務所がモースさんに協力していたことを察知しているのかもしれません。」
リーピは、先日までのフィンク議員の洞察を主に思い出しながら喋った。
もとはと言えば警邏隊のトロンドから協力を依頼され、フィンク議員の息子ヴィンスの遺体を倉庫区画にて発見したことから一連のゴタゴタは始まっている。さらには闇医師チャルラットが死亡診断書を作成する際にも、事件性を隠蔽するための処置をリーピ達は秘密裏に行った。
当然ながらリーピ達はそれらの依頼を身体パーツ付け替えにより外見そのものを変えて実行し、外部的には何一つ証拠など示されないはずであった。が、フィンク議員は既に、リーピとケイリーがヴィンスの死の真相秘匿に関わっていることをほぼ確信していたのだ。
政治家として長きにわたり修羅場をくぐり抜けてきた市長となれば、議員以上にはっきりと、そして正確に勘での見当をつけていてもおかしくない。
「ともあれ、可能な限り早く出発しましょう。時刻も指定されなかったということは、僕らがどれだけ迅速に現場へ到着できるのか試されている可能性が高いです。」
「あぁ、市長からの呼び出しを食らったからといって、大慌てで何らかの隠蔽作業を済ませていたなどと勘繰られては不本意だからな。」
喋りながらもリーピとケイリーは支度を済ませ、事務所を閉め、朝の光が注ぐ街へと出ていった。
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街の一等地、最も手間と金をかけて手入れされている庭園に囲まれた市長の豪邸は、出勤中の市民たちで殺気立っている朝の市街地を下界として超然と見下ろすがごとく、鷹揚な静穏に満たされている。
これだけの経済的余裕を生むだけの資金が、非合法な自動人形解体および販売を行っている裏社会から流れてきていることはさておき……市長邸宅に到着したリーピとケイリーは、以前ここに来た時よりは丁重な出迎えを受けていた。
「急なお呼び立てにも拘らず、ご足労いただき痛み入ります。市長はすぐに面会いたしますので、応接室にてお待ちください。」
来客を真っ先に出迎えた老執事は、自動人形に向ける眼差しだけは以前同様に冷たかったものの、玄関で立たせて待たせることなどせずリーピとケイリーを応接間へ通した。
前にリーピとケイリーが、市長の孫娘のかくれんぼに付き合え、との唐突な依頼を引き受けた際、即座に屋敷の庭へと出て孫娘を発見した判断能力は、この邸宅の執事からも評価されるところにあったのだろう。
応接室に通されてまもなく、市長が相変わらずせわしなくドタドタと足音を立てて現れた。応接室のソファから立ち上がって頭を下げるリーピとケイリーに対し、過剰に響き渡る大声で彼は挨拶する。
「やぁ、待たせてしまったかな、悪い悪い!キミたちがこんなにもすぐ来るとは思いもしなくてだね!」
「顧客からのご要望には迅速にお応えするのが信条ですので。今回も探命事務所をご利用いただき誠にありがとうございます、ガリティス市長。此の度はどのようなご依頼でしょうか?」
「あぁ、依頼についての話はあとでいいかな。いやなに、私も自動人形の味方である政治家の端くれとしてだね、キミたちとじっくり語り合う時間を設けたいと前から思っていたんだ。」
市長はリーピとケイリーにあらためてソファに腰掛けるよう促しつつ、自身もどっかと勢いよくソファに身を投げ出す。
依頼を引き受けるために赴いた先で雑談を強要されるなど、人間同士であれば苦情に繋がりかねない応対であったが、自動人形の身では文句を言える立場ではない。尤も、市長は人間相手であろうと同様の振る舞いを示しただろうが。
それに、これが純粋な雑談への招待でないことは、市長が語り始めた内容から間もなく判明した。
「キミたち自動人形は、たしか、学名で言うと『ウィタミーキス』とか呼ばれているんだったかな?」
「はい、広義においては仰る通りです。厳密には、僕ら自動人形の個体そのものを指す名ではなく、僕らの体内で繁茂し、既存生物の筋繊維や神経細胞と同様の器官へと分化している菌類の総称です。」
「なるほどなるほど、勉強になる。いやしかし実に優れた技術だ。何しろ人間であれば、どれだけ屈強な労働者でも食事と睡眠なしでは仕事を続けられない。だがその『ウィタミーキス』によって稼働する自動人形は、食事も休憩も要らず、延々と働き続けられるというのだからね。現在の社会において不可欠な存在だ、断言できるとも。」
「現在は、市民の皆様の生活が損なわれることが無いように、自動人形の就労や作業労働への導入に一定の基準を設けるなど、人間と自動人形の共存を確立する手立てが進められています。この街においても、市長が提示されている方策は、多くの市民からの賛同を得ています。」
「ほう!よく勉強しているじゃないか。だが私をおだてたところで何も出ないぞ、支持者への贈与がバレたら議会で槍玉に挙げられかねんからな!」
冗談を口にしながら愉快そうに笑う市長。だが、彼の目は全く笑っておらず、常にリーピとケイリーの胸中を穿って覗き込もうとするかのごとく、視線も鋭いままであった。
そしてすぐ、市長は最もリーピ達へと突きつけたかったのだろう本題へと移った。
「ところで、昨日、この街の警邏隊が一体の自動人形を確保した事件については、知っているかね?」
「はい。実は偶然、僕は靴職人の方と一緒に付近を歩いておりまして。唐突に警察の方々が集結されていたので、確保現場の光景を目撃しております。」
「ふむ、警察署長からの報告とは矛盾しないな、正直に喋ってくれて助かるよ。で、その時に確保された自動人形なんだが、何故か今朝になって完全に機能停止していたんだ。これは実に奇妙なことだとは思わんかね?」
昨日、モースと共にリーピ達が対象の自動人形の内部に施した措置。ゼリー状の滅菌剤を体内に浸透するよう塗り込まれた件の個体は、時間差で今朝、内部の菌糸が全て枯死し、機能停止したのだ。
メーカー本社へと回収されなかった自動人形が、これ以上勝手に活動を続けることはない。無事、モースの思惑通りに事が運んだことになる。
が……新型人形の解体・売却により大金が転がり込んでくることを期待していた市長にとっては、面白くない展開である。そして彼の勘は、この街において何やかやと重要人物からの依頼を引き受けているリーピの探命事務所が怪しいと睨んだのだ。
とはいえ、あくまで言葉の上では、市長はリーピ達に相談するという立場を崩してはいなかった。
「先ほども言った通り、自動人形は休憩睡眠なしで活動し続けられるはず。多少の消耗はあったとしても、唐突にガラクタと化してしまうはずなど無い。実は、例の自動人形が警察に拘束された後、人形メーカーの本社から調査させろと言ってきた人間が居てだね。あんまりうるさいものだから、その当日のみという制約で調査を許可したんだが……そいつが余計な小細工をしたんじゃないかと私は勘ぐっているんだ。」
「確かに通常状態では、自動人形が数日で機能停止に至ることはありません。可能性がある原因を挙げるならば、人形体内が乾燥状態にあったことです。昨日の拘束現場では、滅菌剤の噴霧も同時に行われていました。拘束対象が菌糸漏洩を引き起こしていたのであれば、身体パーツに開いた隙間のために乾燥が続き、人形体内の菌糸が脆弱な状態となっていたということも考えられます。」
「そんなものか?たかだか多少の隙間が身体に開いただけで機能停止するぐらいなら、街のあちこちで自動人形がぶっ倒れるところを見せられてもおかしくないだろうに。」
リーピが淀みなく整然とした推測を述べるも、市長はなおも納得とは程遠い表情を浮かべる。
そもそも、人間に致命的な健康被害をもたらす菌糸の漏洩は、自動人形の運用において最優先で防がれるべき事態である。それゆえ正規の自動人形メーカー製品では、多少なりと身体パーツが衝撃を受けた程度では、易々と体内が露出するような隙間など開かないよう設計されている。
「多少の隙間が身体に開くこと」をありふれたことのように語る市長は、すなわち非正規品、廉価かつ非公式に製造された自動人形ばかりを見慣れていることを自ら語っているも同然であった。
そうはいっても、リーピの立場としては野暮な指摘を市長に突きつけ、相手の機嫌を損ねるわけにもいかない。
当の市長は、リーピから視線を外し、その隣に座っているケイリーへと喋りかけた。
「おい、そっちのキミはどう考えているんだ、先ほどからずっと黙っているが。」
「私の考えか……ですか?」
何を問いかけてもスラスラと答えるリーピでは、粗を閉めさせることなど出来ないと市長は判断したのだろう。
むろん、客対応ではなく護衛担当であるケイリーは常時であれば言葉に詰まってしまったろうが、今回に関しては前もってリーピと打ち合わせた回答パターンを口にすることができた。
「警察による確保の現場で、滅菌剤が撒かれていたこと自体が原因ではないか。あの白粉は、強力な殺菌および乾燥効果がある。自動人形の身体パーツの隙間から、僅かでも薬剤の粉が入り込めば、たちまち体内の菌糸が枯死していく、と考えられる……考えられます。」
「喋り慣れていないところ、わざわざ丁寧な言い方に直してもらって済まないね。さておき、それも一理あるか。即ち今回の件は、現場に出た警察の雑な対応が原因、と結論付けられそうだな。まったく、人間ではなく自動人形とはいえ、逮捕後に取り調べる余地を自ら消してしまうとは。」
少々たどたどしい物言いとなってしまったケイリーであったが、市長にとりあえずの納得を示させるだけの文言は口にすることが出来ていた。
ついでに、自動人形の体内菌糸を枯死させる滅菌剤についての認識も、今回の件における市長の疑念を和らげる材料にはなっていた。一般的に滅菌剤といえば、特殊清掃にて噴霧される白粉が想起される。昨日、対象の自動人形を機能停止させる目的で用いられた、透明なゼリー状の薬剤とは似ても似つかない。
一応は自分の疑念に説明を与えられ、また自身も雑談を延々と続けられるほど暇ではない市長は、話を切り上げることにしたらしい。
「いやはや、わざわざ依頼を引き受けてもらうために呼び寄せたのに、私のお喋りに付き合わせてしまってすまないね。今日のスケジュール、押してしまっていないかな?他の依頼がこの後に入っているのなら、そちらを優先してもらっても構わないんだが。」
「いえ、貴重なお話を拝聴いたしまして僕らとしても光栄です。本日の予定は市長からのご依頼のために全て空けておりますので、お気兼ねなくお申し付けください。」
「そうかそうか、何から何まで気を利かせてもらってすまんね。これ以上長引かせるのも悪い、さっそく今回の依頼について話そう。簡単な内容だ、私の妻がしばらくぶりに休みを取れたものだから、孫娘と共に散歩がてらショッピングに行きたいとのことでね。それに付き添ってもらいたい。」
「奥様と、孫娘さんの、お買い物への付き添いですね。承りました。」
前回同様、これまたあまりにも拍子抜けな依頼内容である。
予定が押しているならば他を優先してもらっても構わないと言うあたり、やはり今回の依頼はリーピ達を呼びつけるための口実に過ぎなかったのだろう。
依頼内容の通達自体に掛かった時間は数秒、市長はサッサとソファから立ち上がり、応接室の入り口から顔を覗かせていた秘書に「今行く」と手で合図しながら喋っていた。
「では、頼んだよ。こういうプライベートな依頼が出来る相手など、キミたちだけだ。まったく、この街に自動人形メーカー本社の人間が来たと報告が入った時は、誰の所有物でもなくなっているキミたちを連れ帰られてしまうのではないかとヒヤヒヤさせられたよ。」
「ご安心ください、市長のご意向ある限り、僕らはメーカー本社に回収されることなく、この街でお仕事を続けさせていただきます。」
「ははは、私の機嫌を取るのが上手いじゃないか。くれぐれも恩に着てくれたまえよ、私が自動人形保護の方針を打ち立てなければ、キミたちは今ごろ処理業者のもとへ送られていたのだろうからな……冗談だ、冗談!さぁ、今日も面倒な議員ども相手に戦ってくるか!」
際どい冗談を自ら笑い飛ばし、秘書や護衛を連れてそそくさと邸宅から出ていく市長。
ソファから立って頭を下げ、彼の背を見送ったリーピとケイリーは、ひとつの難局を乗り切るたびに習慣となっているアイコンタクトを取った。人間同士であれば、互いの気苦労をねぎらうために苦笑を浮かべて溜息を吐き合うところである。
しかしまもなく、市長夫人とその孫娘が待つ場所へと案内しに老執事が現れたため、リーピとケイリーは何も言葉を交わす暇もなく彼に連れられて応接室を出て行った。




