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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
20/22

依頼10:特定個体の枯死処分措置 2/2

 モースに連れられたリーピとケイリーが、警察署へと到着したのは昼下がりのことであった。


 警察の部隊が拘束した自動人形を、今日中ならば自動人形メーカー本社の人間が調査しても構わない、との許可が下りたのは小一時間前のことである。


 自前で解体すれば高値で売れる新型の自動人形を手放したくない市長の意図としては、許可を出したという事実を残しつつ、メーカー本社が回収要員を向かわせるだけの猶予を与えないといったところだ。


 が、よもや同じ街にてメーカーの研究主任モースが既に待機していたとは、夢にも思わなかったろう。


「自動人形メーカー、ロタークの本社より参りました、研究部主任のモースです。先刻、こちらの警察で確保された自動人形について状態の調査を行わせてください。」


 彼の訪問に応じ、署の一般窓口に顔を出した職員は、不愛想な表情のまま決まりきった文言だけをモースへ与えた。


「上の者に確認を取ってまいりますので、少々お待ちください。」


「できれば急いでください、今日あなた方が拘束した自動人形は、内部から菌糸漏洩を引き起こしています。適切な処置を一刻も早く施さなければなりません。」


 縋るようなモースの声に背を向けて、受付の職員はスタスタと署の奥へと去っていく。


 モースの背後には、リーピとケイリーの姿があったが、こちらは両名共に顔面パーツと頭髪パーツをはずし、作業用自動人形同様の無装飾パーツを身につけていた。当然、モースがメーカー本社から連れてきた作業用人形であるとの体裁を保つためである。


 喋っても口が動くことのない顔面パーツゆえ、付近に誰も居なければ小声で会話していることはバレない。


 さっそく、リーピは懸念を口にした。


「どれだけ待たされるか、分かりませんよ。警察の対応は、市長の意向そのものです。十分に詳細な調査が出来る猶予を与えまいと、タイムリミットぎりぎりまで時間稼ぎをする可能性が高いです。」


「それも『今夜まで』などと具体的な時刻も提示しない、漠然としたリミットだ。あちらの裁量次第では、夕暮れ頃に即、面会中断の指示が出されかねない。モースさん、ここで待ち続けるのが最善の選択ではないことだけは確かだ。」


 ケイリーも、リーピの意見に同意する旨をモースの背後から小声で告げる。


 モースは黙りこくっているばかりであった。人間である彼が返答すれば唇が動き、何者かと会話している様がバレてしまう。今も、奥の事務席からこちらの様子をチラチラと窺っている署員の視線がある。


 が、そもそも研究者であるモースには、言われた通りおとなしく、窓口で待ち続ける以外の手段が浮かばないのも確かであった。


 いかに自動人形について知り尽くしているモースであっても、人間を指示に従わせることが職務である警察署員たちを前にしては、不従順な態度を取ることには多大な躊躇が生まれる。先ほどの窓口勤務の職員でさえ、ちらと投げかけた一瞥に他人を委縮させる静かな圧があったのだ。


 この場の打開には、やはり同じく普段から人間を相手取ることを生業としている者の助力が必要だ……。


 モースがそう考え始めた矢先、勢いよく警察署入り口の扉が押し開かれ、無数の硬い靴音が踏み込んでくる。振り返って見れば、そこにいたのは秘書や護衛を数多引き連れたフィンク議員であった。


 窓口の前で待たされ、途方に暮れつつあるモースの姿を見て、フィンク議員はニヤリと笑った。


「待ちぼうけを食らわされているこったろうと思ったよ、モース博士。焦る気持ちは分かるが、俺と一緒に来れば手間も省けたんだがな。」


「……ですから、私は企業の人間であり、博士号は取っていません。しかし議員、ここからどうなさるのです?窓口の職員は『上の者に確認を取る』と言って離れたきりです。」


 困惑しきったモースには返答せず、フィンク議員は口元の皺をさらに深く寄せて笑みながら、ずかずかと無人の窓口へ向かっていく。


 既に、奥の事務席の署員たちは厄介な状況を察して眉間にしわを寄せていたが、彼らの予感はフィンク議員の大声が警察署じゅうに響き渡ったことで即現実となった。


「おおい!署長を出せ!署長を!俺は市議会議員のフィンクだ!!俺の息子になりすましてやがった自動人形のツラを拝みにきてやったんだ!さっさと通せ!俺は被害者だぞ!腰が痛いのも無理して来てんだ、こっちは!このまま立たされてたら腰痛が悪化しちまう!あぁ痛たたたた!遠路はるばるやって来た老人に椅子も出さねぇのか、警察は!!」


 凄まじい剣幕の怒号に、署の奥から幾名かの捜査官が顔を覗かせる。そして窓口でがなり立てている市議会議員、彼に付き添ってずらりと並ぶ黒スーツの集団を目にして、署員らはうんざりしたように引っ込んでいく。


 一応、形だけはフィンク議員をなだめるように、一番の側近である秘書が彼の傍らに付き添っているが……それも演技であることは明らかだ。


 さらには、ご丁寧に待合室のソファには全て、フィンク議員が連れてきた屈強な護衛の男たちが座り込んでいた。文字通りに、フィンク議員は立ったまま待たざるを得ない状況を自ら作り出しているのだ。


 議員の意向を無視するわけにもいかず、またこのまま黒服集団に居座られるのも面倒だと判断したのだろう。まもなく、警察署側の応対が為されることとなった。


 とはいえ、フィンク議員が求めたとおりに署長自らが顔を出したわけではない。


 こういう厄介な状況を押し付けられるのは、警察の内部でも指示に逆らえない立場の人間だ。幾度も頭を下げながら現れたのは、警邏隊長のフィリックであった。


 定期巡回に出るたび、街中の婦人たちから黄色い歓声を浴びせられる美青年。いわば警察署の看板役者めいたフィリックも、署内においては厄介ごとのたらいまわし先としての扱いに甘んじる他ないのだ。


「大変お待たせいたしまして、申し訳ございません。ただいま上の者から許可についての確認が取れまして、先ほど確保した自動人形のもとへとご案内させていただきます。」


「フン、お前みたいな若造に、俺の相手をさせるとはな。市議会議員を舐めやがって、クソ署長が。そもそもお前も、警邏隊だろうが。署で客対応する仕事じゃねぇだろ。」


「市民の皆様からの声にお応えするのが、自分の役目ですので。ロターク本社からお越しのモース様も、どうぞこちらへ……。」


 フィリックはあくまで生真面目な表情を崩さなかったが、彼もまた本来の仕事がある最中に、面倒な来客への応対を押し付けられたことへの憔悴を声色から隠しきれていなかった。


 フィンク議員の方も、上官から面倒を負担させられる羽目になったフィリックの立場を理解しているためだろう、警察署内を案内される間はおとなしく指示に従っていた。


 ……ついでに、側近たる秘書以外の護衛集団は、手の一振りで帰らせた。やはり、受付窓口に圧を掛けるためだけに連れてきた連中だったのだ。


 案内された先は、確保した人間を一時滞在させる区画ではなく、押収された危険物を保管するためのロッカーが立ち並ぶ区画であった。


 今回拘束されたのが人間ではなく自動人形であるがための措置であったろうが、理にかなった選択でもあった。本式の研究施設ほど厳重ではないとはいえ、気密性の高い二重扉の先に、毒物や菌糸による汚染を隔離するための個別収納エリアが並んでいるという構造は、これからモースが為そうとしている調査にもうってつけである。


 天井近くに開いた採光用の窓から斜めに光が差し込む廊下を進み、自動人形の警備員が待機し続けている一室の前で立ち止まったフィリック。


 彼は金属製のシャッターを引き開け、中を指さした。


 濁った照明の、光量ばかりは眩しく照らしている下で、冷たい金属製の箱がぽつんと置かれている。


「我々が本日、フィンク議員のご子息であるヴィンス氏のなりすましを行っていた件で拘束した自動人形は、こちらに保管されております。監視を続けておりますが、今のところ脱走しようとする動きはありません。」


「俺の目の前で、顔を床に擦り付けさせてでも謝らせようかと考えていたんだがな。タダの物と変わらん扱いを見ちまうと、拍子抜けしちまうな。」


 フィンク議員はチラと小部屋の中を覗き込み、言葉通りに拍子抜けだったのだろう、表情も変えずすぐに顔をひっこめた。


 一方で、冷たく圧迫感のある硬質の灰色の壁面に囲われた小部屋の中、件の自動人形が押し込まれた箱が無造作に置かれている様を見たモースの目には、無念そうな色が浮かんでいた。


 騒動を引き起こした個体であるとはいえ、生みの親……製造主にとっては、あまりに寂しい扱いであった。


 とはいえ郷愁に耽っている暇など無い。自身は抱えていたカバンから全身を覆う防護服を取り出して着込みつつ、リーピとケイリーにも指示を出す。


「これより対象の調査へと着手します。採取用器具と試薬の準備を。」


「開始します。」


「準備を進める。」


 作業用自動人形そのものの無機質な声で返答し、調査道具類を床に並べ始めるリーピとケイリー。


 その傍ら、モースはフィリックに対しても確認を行っていた。


「今から、拘束された自動人形の内部構造を調査するため、身体パーツを開いて内部の菌糸を露出させる措置を行います。菌糸の空中飛散を起こさないよう細心の注意を払いますが、あなたは念のため、この場から離れていただけますか。フィンク議員も……。」


「あぁ、俺は構わん。人形相手にかたき討ちする気は失せちまったからな。気密扉の外に出てりゃあいいんだろ?」


 フィンク議員はアッサリとモースの進言を受け入れた。もとより、自分を警察署内に入れろとの無理を通させたのは、モースをここまで連れてくることが目的であり、それが達成された今となっては居座る理由もない。


 だが、警邏隊長フィリックにとっては単純な話ではなかった。


 警察署長から命じられたのは、面倒な市議会議員の要望に応えておとなしくさせておくことであり、同時にメーカー本社の人間が自動人形を持ち帰ってしまわないか監視することでもあった。警察署長が厭うのは市長の機嫌を損ねることであり、市長はせっかく確保できた高価な新型自動人形をメーカー本社に回収されることを阻止したがっているのだ。


 監視役である自分が現場を離れることは署長の意向に反する。人間にとって危険な菌糸が露出するような作業を許可して一時的にでもモースの監視から外れることは、フィリックの立場だけを鑑みれば難しかった。


 この街に住む市民たちの安全を鑑みれば、問題を引き起こした自動人形の調査を今ここで製造メーカーの研究員が行うことは、何事にも優先されるべきであるのは明白だったが。


 多大な葛藤を抱えながら、フィリックは重い口を開く。


「……自分が、この現場を離れることは……。」


「モース研究主任。今回我々が行うのは調査のみ、対象を本社へ持ち帰る予定はありませんね?」


 フィリックの言葉を遮るように、無機質な声を発したのはリーピであった。


 それは、あくまでモースに作業内容を確認する自動人形としての立場からの言葉であったが……むろんリーピの意図は、フィリックの葛藤を打開することにある。


 自動人形メーカー本社の人間が調査を終えて帰った後、今回確保された自動人形が警察署内に保管されてさえいれば、とりあえずは市長の意向は通るのだ。ついでにフィンク議員の応対も引き受け、丁重に帰らせることが出来れば、フィリック警邏隊長が与えられた責務は全うされることになる。


 たった今、一言で葛藤を片付けた作業用自動人形が並の思考力ではないことに気づきつつも、フィリックは首を縦に振った。


「……では、人形体内の菌糸露出を最小限に、調査は手早く済ませてください。現場は、こちらの警備用自動人形に監視させます。」


「んじゃ、俺たちは気密扉の向こうでしばらくお喋りといくか。お前も若いってのに隊長に据えられちまって、お偉いさんの顔色を窺って働かなきゃならないのは、堪えるだろ、えぇ?」


 来た時とは逆にフィンク議員に連れられる形で、この場を離れていくフィリック警邏隊長。彼とのおしゃべりを続けようとするフィンク議員の狙いは、この調査時間中もフィリックが面倒な来客の応対に努めていたという事実を作る所にあるだろう。


 無言のまま自分たちをじっと監視し続ける二体の警備用自動人形の前で、全身に防護服を着こんだモースはようやく対象の調査を開始した。顔面を防護マスクで隙間なく覆い、くぐもった声で彼はケイリーに指示を与える。


「保管箱を開けてください。」


「実行する。」


 モースの指示に従い、拘束されている自動人形が押し込められた箱のふたを、ケイリーが慎重にゆっくりと開いていく。


 開封した途端に内部から逃亡しようとすれば、ケイリーの膂力によって蓋を押さえつけられるだろうし、現場を監視している警備用自動人形たちもまた取り押さえに掛かるだろう。


 とはいえ、実際のところは警戒の必要などなかった。箱が完全に開かれ切った後も、件の自動人形は硬く身をちぢこめたまま、一切動こうとはしなかった。


「内部菌糸の状態確認に入ります。菌糸飛散防止用のゼリーを準備してください。」


「こちらに。」


 次はリーピがモースの傍に近付き、チューブ状容器の先端からいつでもゼリー状の薬剤を押し出せるよう準備し、モースが自動人形の外殻を開くのを待つ。


 箱の中でじっとうずくまっている自動人形の頭部には、今なお本来のヴィンスの顔面が貼りつき続けていた。もはやほとんどの眉毛や睫毛が抜け落ちて、血の気も失せ、劣化は誤魔化しようもない。この顔で花屋の店員として働いていたら、来客からは気味悪がられていたことだろう。


 それでも、もともと人間の肉体の一部だった顔面の腐敗がまるで進行していない様は、やはりこの自動人形の体内で繁茂している菌糸が特異な性質であることの証でもあった。


 モースの手で顔を持ち上げられ、その角度のままで姿勢を維持するようにと手を離されても、この自動人形は表情一つ動かさず、従順なままであった。


 先日までヴィンス本人として振る舞い、饒舌に喋り、朗らかに接客していたのと同一個体だとは、とても思えない豹変ぶりである。


「側頭部から下顎体にかけて切開し、菌糸のサンプルを取得します。対象内部の湿潤状態は正常域ですが、可能な限り速やかにゼリーの塗布を行ってください。」


「準備完了です。いつでも切開開始可能です。」


 ヴィンスの顔面が貼りついている隙間へと、人形パーツ剥離用の薄刃を差し込んでいくモース。ピンセットで菌糸の一端をちぎり取り、採取用ケースに密封した。


 モースによるサンプル採取が済んだのを確認した後、措置箇所へすぐにチューブの先端を当てがい、リーピはゼリー状の薬剤を押し出して塗りつけていく。


 このチューブ状の携行容器は、モースがフィンク議員の屋敷の中で滅菌剤を充填していたものに他ならない。即ち、このゼリーは切開部からの菌糸飛散を抑止すると同時に、人形内部の菌細胞を破壊し、枯死させていくための薬剤であった。


 市長の意向ゆえにこの個体を本社まで回収できないのならば、この場で人形体内の菌糸活動を停止させる他にない。


 モースは既に下していた決断を実行したのだ。


「続いて後頭部から脊椎部にかけて切開します。先ほど同様、切開部位に薬剤の塗布を。」


「続行可能です。」


 ケイリーが対象の自動人形の身体を支えるのも兼ねて押さえつけ、モースが切開を行い、リーピがそこに薬剤を塗布する。この作業を、確保された自動人形の身体数か所に対して繰り返した。


 自動人形の内部構造を誰よりも詳細に把握しているモースは、どの部位から滅菌剤を流し込めば全身に浸透するかについても把握している。


 屋外の滅菌作業などで豪快に吹き付けられる白粉状の薬剤と違い、ゆるゆると浸透していくゼリー状の滅菌剤。これが自動人形の全身に行きわたって効果を発揮しきるには時間がかかり、今日中であればまだこの自動人形が完全に活動停止することはない。


 フィリックが命じた通りに場を監視している警備用自動人形たちが聞いているため、モースは口頭においてはあくまで人形体内の保全用湿潤ゼリーを処置しているとの体裁を続けた。


「最後に、両膝蓋部から切開して、同じ措置を行います。立たせる必要はありません、このままの体勢を維持させてください。」


「了解した。」


 ケイリーは頷き、箱の中で両ひざを抱えるように蹲る体勢を取っている自動人形の両肩に手を置いて支え続ける。


 自動人形メーカー本社の人間が出て行った後、無事に自分の手もとに今日拘束された最新型の自動人形が残されているのを確認した警察署長は、ひとまず市長の意向通りに事が運んだことで一安心するだろう。


 その後、時間差でこの自動人形が機能停止していることに気づいても、もう遅い。


 チューブ容器からゼリー状の滅菌剤を対象の内部へと押しだし切り、リーピはモースへと告げた。


「薬剤の塗布、完了です。」


「開口部の接合を行います。菌糸漏洩を起こしていた箇所については、特に念入りに。」


 一通りの措置が済んだ後、モースは切開部位に結合用の樹脂を塗り込んで隙間なく接着させ、自動人形の外殻及び表皮の切開痕が綺麗に埋められたのを確認してから、元通りに収納箱を閉じさせた。


 真っ暗で狭い箱の中、孤独にじわじわと機能停止していくのを待つだけの自動人形は、もともとヴィンスのものだった顔面に変わらず一切の表情を浮かべていない。


 ただ、自分が作り出した存在に事実上の別れを告げるモースの声は、やはり寂しげであった。


「……これにて、対象となる自動人形の内部構造調査、および保全措置は完了です。」


「後処理を済ませ次第、調査の完了を、ここまで案内していただいた署員の方にもお伝えしにいきましょう。」


 リーピも答え、ケイリーと共に片付けの作業を始める。モースも念入りに周囲を液状の滅菌剤で清拭し、防護服を脱いで袋に密閉し終えてから、気密扉の向こう側で会話を続けていたフィンク議員とフィリック警邏隊長の元へと向かった。


 気密扉を開けた先、フィンク議員はいかにも面倒な老人のごとく、フィリック警邏隊長の前で長話を続けている最中であったが、リーピとケイリーが戻ってきたのを見て即座に話頭を転じた。


「よぉ、終わったか。奴は、まだ俺のバカ息子の顔面を被ってやがったか?」


「はい。顔面部の劣化は進んでいましたが、かろうじて腐敗は進行していませんでした。」


「フン、生気が抜けきったツラ、ってとこか。見ずに済ませて正解だった。もともと、二度と顔を拝むつもりもなかったがな。ひとまず、俺はもう死んでることが分かり切ってる息子の失踪捜索願いを書かなきゃならん。死体も“未発見”ってことになってるわけだからな。」


 フィンク議員は顔をしかめて、悪態をついた。


 それは彼なりの強がりだったのかもしれない、フィンクの皺まみれの表情は明確に苦々しげであった。


 こちらも胸中に寂しさを抱え続けているだろうモースは淡々と、来た時よりは心なしか沈んだ声色でフィリックへと告げる。


「予定していた調査は完了いたしました、これ以上の菌糸漏洩を防ぐため応急の修繕を行っております。ただ、体内の菌糸が相当に衰弱していたため、あの自動人形は養分液の補充が無ければ菌糸枯死を引き起こし活動停止に至る可能性があります。」


「ご丁寧に、報告ありがとうございます。自分のほうから上の者へと報告を入れておきます、お帰りはこちらです……。」


 フィリック警邏隊長も、極力表情こそ動かさなかったものの、急に押し付けられた応対がとりあえず無事に終わったことで胸をなでおろすような声とともに、一同を署の出口へと案内した。


 ケイリーとともに彼らについて行きながらも、リーピは無機質な作業用頭部パーツの中で静かに思考を続けていた。


 ひとたび殺人を犯し、ばかりか被害者の顔面を文字通りに奪ってまで自己の保存を実行したはずの自動人形。そんな個体が、今ここでおとなしく滅菌剤を体内に浸透させられ、活動停止の措置を粛々と受け入れていることへの違和感と不可解さが、ずっと頭の真ん中で渦巻き続けていた。


 だが今は、自分たちをも含む自動人形の製造主であるモースが、表情には示さずともずっと悲しげであることもまた、より強い印象をリーピの中に刻んだのであった。

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