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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
19/22

依頼10:特定個体の枯死処分措置 1/2

 ヴィンスになりすましていた自動人形の逮捕現場にて、ラーディと共に警察から身元確認を済ませ、解放されたリーピ。


 狼狽が抜けきっていないラーディを念のため自宅まで送り届け、花屋で待たせていたケイリーと合流し、リーピはフィンク議員の待つ屋敷へと戻った。


 既に警察部隊の動きは議員のもとへ届いているのか、リーピとケイリーが依頼達成の報告をしに戻ってきた頃には、フィンク議員は通話機に向かって盛んに喋りまくっていた。


「……いいか、もう一度言うが、お前らが拘束したのは俺の息子になりすましていた自動人形だからな。我が子の尊厳を多大に棄損されたんだ、俺が無関係なわけないだろ!……どんな手続きが必要だろうが知ったことじゃない、ともかく、この俺が直接確認しに行くまで、俺の息子になりすましていた野郎は警察署の中で丁重に保護してろと、そちらのお偉いさんに伝えろ。分かったな!」


 彼が通話機を置くまでじっと待っているリーピとケイリーの前で、フィンク議員は酷使した喉を潤すように水を一口飲み、ふっと溜息を吐いた。


 通話機越しの警察に向かって青筋を立てていたフィンク議員の表情は既に一変し、今は再び謀略を巡らせる沈んだ目の色へと戻っている。意図を通すためなら容易く態度も豹変させる、政治家らしい振る舞いであった。


 目の前のソファに座るよう促しながら、彼はリーピ達に向けて喋り始める。


「奴らの描いたシナリオ通りであれば、俺の息子は真面目に花屋で働いていたはず、だったからな。あちらの都合が変わっただけで、父親である俺を急に部外者扱いするだなんて道理は通らんだろ。」


「仰る通りです。息子さんが本人ではないことを証明するための調査も、あくまで秘密裏に行った内容ですからね。今回の依頼につきましては、具体的に示された達成手段から外れる形となってしまいましたが……。」


「構わん、既に秘書から報告は入っている。よく機転を利かせてくれたな、おかげで一般市民に目撃者は居ない。警察が集まってるのを見物にいった野次馬も、人間が逮捕されたのではなく、見知らぬ自動人形が一体回収されただけだと噂しあってるだけだ。」


 ヴィンスになりすましている自動人形が警察に拘束される現場を、アントンの花屋ではなく人通りのない路地へと移したリーピの判断は、やはり最善の選択であった。


 そもそも一般市民から目撃されなければ、逮捕されているのがヴィンス本人ではないと説明してまわる手間も不要だ。さらに、アントンの花屋に警察部隊がドカドカと乗り込み、菌糸漏洩の恐れありとして滅菌剤が噴霧されれば、アントンもまた重大な損失を被ることとなっただろう。


 いつも通り密偵のごとく立ち働く秘書は、そんな複数の懸念が見事に回避された経緯を全てフィンク議員へと報告したらしい。リーピが詳細を告げるまでもなく、フィンク議員はことの成り行きを把握しきっていた。


 議員の傍らに立っていた黒スーツ姿の秘書が、リーピに向けてずしりと重い封筒を差し出した。


「ヴィンス氏の名誉を守る依頼についての成功報酬です、ご確認ください。」


「謹んでお受け取り致します。ところで、モースさんはどちらに?」


「彼なら、まだ俺の屋敷の中で事態対処に当たってもらっているが……どうした、お前らはもう帰ってもいいんだが、久々に会えた父親の顔が恋しいのか。」


 フィンク議員は、少々際どい冗談を口にする。


 自動人形であるリーピとケイリーの身からすれば、製造メーカー本社の技術主任であるモースは確かに父親に相当する立場ではあった。


 とはいえ、我が子を喪ったばかりのフィンク議員の前で、その冗談に反応するのは多少なりと憚られた。自らそんな冗談を口にするフィンク議員の心境も、常人が容易く持ち得るものではなかったろうが。


 どう返答するのか、と気にしているケイリーから横目を送られつつ、リーピは間を置かず答えた。


「いえ、フィンク議員の息子さんであるヴィンス氏になりすましていた自動人形は、メーカー本社が回収指示を出していた製品でもあります。現在は警察部隊によって確保されていますが、モースさんとしては、一刻も早く回収に向かいたいのではないかと。」


「あぁ、そのことか。奴には、政治家の端くれとして俺からアドバイスを与えてある。いくら自動人形メーカー所属の研究主任だろうが、警察に直接出向いたところで門前払いを食わされるのがオチだ。だから、少なくとも連中が確保した人形を勝手に処分できないように、ロタークの本社じきじきに圧を掛けるべきだと伝えている。」


 そもそも、メーカー本社から出されていた回収指示が通っていないのは、市長の意向が原因である。


 表向きは、自動人形の“権利”を尊重するとの名目で、人形の廃棄処分に反対している市長。


 だが実態としては、水面下で活動する非合法な人形解体業者の存在を黙認し、彼らが解体し売却する高額な人形パーツの利益、さらにはそのパーツを組み立て直して非公式に販売される自動人形から得られる利益を、市長が吸い上げているのだ。


 製品回収を知らせるメーカーからの文書も以前一度届いていたが、市長が揉み消している。市長邸宅の使用人であったディスティの過失で紛失したことにされた、例の文書だ。


 殊に今回拘束された自動人形は、これまでにない性能を発揮した最新鋭の個体であるとのことで、解体してパーツを売却すれば儲けは莫大となるだろうと期待される。


 ゆえにメーカー本社からの製品回収指示には、いよいよもって従う気など市長は起こさないだろう。とはいえ、メーカー本社からの要請を二度にわたって無視したとなれば、企業から巨額の訴訟を引き起こされた際に勝ち目は薄くなる。


 長年、この街の市議会議員として市長のやり口を近くで見てきたフィンク議員には、市長に隙を晒させる手立てを見出すことも容易いようだった。


「奴が常套手段に頼れば、とりあえず時間稼ぎに走るだろう。警察が確保した対象を収監する手続きを進めている最中だの、警察内部への立ち入りに必要な書類を揃えてくれだの、こういう事態でしか使わないような制度ばかり盾にしてな。だが奴が時間をかけるほどに、言い逃れの余地は削られていく。政治家には政治家のやり方で対処するだけだ、何にしても、お前らが心配することじゃない。」


「そこまでお考えだったのですね、出過ぎた真似を失礼いたしました。では、今回の依頼も完了いたしましたので、自分たちはこれにて……。」


 リーピが別れの言葉を口にしかけたところで、慌ただしい足音が廊下から近づき、応接室の扉が手荒に開かれた。ケイリーとリーピは、何事かと身構える。


 が、騒音の主は他でもない、自動人形メーカー研究主任のモースであった。


 表情を浮かべる事自体が稀なモースであったが、彼は今、ハッキリと焦燥を示しながら喋り始めた。


「警察の方から予想外の返答が来ました。先ほど拘束された自動人形については、今すぐにでも確認に来てもらって構わない、と。ただし警察内部での手続き上、タイムリミットは今夜まで、明日以降は面会を許可できないとのことです。」


「……そう来やがったか。許可だけは出して、十分な準備時間を与えず満足な調査もさせずに追い返す、って腹積もりだな。まぁいい、どう転ぼうが想定済みだ。モースさん、メーカー本社の研究主任であるアンタに、ここでわざわざ待機してもらってるわけだからな。」


 ニヤリと口元を歪めて笑みを浮かべつつ、フィンク議員は語る。市長の魂胆を知り尽くしている彼であればこそ、想定可能な対応であった。


 自動人形メーカー本社からの依頼をことごとく拒んだわけではない、という事実を残すためだけの措置。わざわざ譲歩してやったと言わんばかりに、市長は拘束した自動人形との面会だけを時間制限付きで許可したのだ。


 本社から人を呼び寄せていては、今日の夜には到底間に合わない。ゆえに、既に同じ街の中、フィンク議員の屋敷でモース研究主任が待機している状況は好都合に違いなかった。


 しかし、最たる懸念事項をモースは口にした。


「こちらとしては、拘束された個体が間違いなく回収対象となっている自動人形だと確認でき次第、即座にロターク本社へと連れ帰りたいのですが……。」


「その行為を市長が許可する確率はゼロだ、断言できる。あの市長ほど私欲の強い男は居ない、高値で売れる人形の素体は意地でも引き渡さないだろう。今回のなりすまし事件の犯人だ、警察の取り調べが先だ、連れ去るのは公正な取り調べを受ける権利の侵害だ、などと喚き散らしてな。」


 フィンク議員は、想定される市長の判断を躊躇なく言い切った。


 これまで度重なる人形メーカー本社からの要請を、この街の市長からことごとく軽視され続けてきたモースとしても、その判断には十分に納得のいくところだったのだろう。


 彼は少し俯き、そして苦い決断を下すかのように重々しく口を開いた。


「あの個体が、これ以上菌糸漏洩を続けるようなリスクは看過できません。本社へ連れ帰れないことが明確となった時点で、私はあの個体内部の菌糸を枯死させて活動終了処分を実行します。」


「ま、そりゃ理にかなった判断だが、ウチの市長にとっちゃ気に入らん判断だろうな。バラせばいい値段で売れるハイエンドモデルの自動人形が、一瞬でただの抜け殻になっちまうんだから。」


「こちらとしても貴重な研究対象を失うのは痛手ですが、この街の住民全員を危険に晒しかねない状況は放置できません。」


 言いながら、モースは応接室の棚に置いていた私物のカバンを開け、中からひとつの薬瓶を取り出した。


 それは一般的に用いられる粉末状の滅菌剤とは似ても似つかない外見であったが、瓶のラベルに記載されているのは紛れもなく自動人形に使用される菌糸を殺処分するための成分であった。自動人形の製造や問題対処を担当する者として、外出時には常に持ち運んでいるのだろう。


 透明かつ粘性を有する内容物の液体を携行用のケースへと移し替えつつ、モースは先ほどからフィンク議員と向き合ったまま座っているリーピとケイリーに告げた。


「きみたち、私と一緒に来てくれますか。ことがどう転ぶにせよ、現在警察に確保されている自動人形を調査するためには、その内部構造を開けて調べなければなりません。当然ながら人間にとっては危険な菌糸が露出するため、自動人形でなければ作業には適しません。作業内容は私が指示します、手伝ってもらえれば助かるのですが。」


「承ります。僕らも街の住民の一員として、危険をそのままにしてはおけません。ケイリーも、共に行きますね?」


「あぁ。モースさんのお役に立てるのならば、従う。」


 即座に首肯したリーピとケイリーを前にして、モースは慣れない笑みを浮かべた。


 製造元の研究主任と、製品である自動人形。それが疑似的な親子という関係と重なり合うとすれば、まるで親の仕事を子供が手伝う意思を示しているかのような状況であるとも取れた。


 出来の悪すぎた息子ヴィンスを、今度こそ名実ともに喪ったばかりのフィンク議員は、視線を逸らしながらフンと鼻先で嗤っただけであった。

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