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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
15/23

達成報告:および次なる依頼

 リーピとケイリーが遺体安置所での作業を済ませた翌日の夕刻、チャルラットは直接ふたりを呼び寄せて直接報酬を支払った。


 首尾は上々であったらしい。基本的に無表情なチャルラットであったが、大きな仕事とリスクを乗り越えた実感を噛みしめていたためか、顔色は明るかった。


「予想通り、死亡診断書の作成にフィンク議員さん自身が立ち合われましたけど、途中で帰りはりましたわ。遺体にはちゃんと顔がついてましたから、事件性も見出せませんし、そもそもあの人の息子さんの遺体やないってのがハッキリ分かりましたからね。」


「これでフィンク議員があっさり諦めるとは考え難いですが、少なくとも、死亡診断書を作成したチャルラットさんに対して因縁をつけることはないでしょう。」


 紙幣の束を収めた封筒を受け取りながら、リーピは答えた。


 本物の自分の息子が殺害されているのではないか、とのフィンク議員の疑惑は真実を捉えてはいたのだ。が、発見された遺体が明らかに別人の顔であれば、引き下がらざるを得まい。


 単に顔を確認できない状態であったとしても、顔面を剥がされた遺体を単なる事故死として片づけることについて異議を申し立てることは出来ただろうが……前日にリーピが遺体に装着させた顔面パーツは、まるで本物のごとき外見を形作っていたらしい。


「それにしても、あんだけリアルな死体の顔、たった一日で良ぅ準備できましたね。あんなん、オーダーメイドさせたら金も時間もかかるんとちゃいます?」


「いえ、愛玩用自動人形向けに一般販売されているスペアの顔面パーツです。僕やケイリーが変装する時のために、常用しているのとは大きく容貌の異なる顔面バーツを事務所には常備してあるんです。」


「それにしても、リアル過ぎましたわ。俺も死体の顔だけなら見慣れてましたけど、ホンマに死ぬ瞬間のまま固まった人間の表情そのものでしたからね。」


「ご覧の通り、愛玩用自動人形は実際の人間を細部まで模倣した表情筋を再現しておりますので。」


 言いながら、その代表格としてリーピは微笑んでみせた。高級モデルの自動人形らしく、それが作り笑いであることさえもハッキリと伝わるほどに精巧な表情変化である。


 それだけに、あの遺体に被せられた顔面パーツが浮かべた断末魔の表情が、真に迫るものであったことの理由は……チャルラットもあまり深くは考えたくない様子であった。


「ともかく、この度はえらい助かりましたわ。俺が力になれることやったら、また遠慮なくご連絡を。せやけど、さすがにこれ以上、人の身を預からせるんは勘弁してくださいよ。」


「はい、ディスティさんの件は、僕らとしても例外的な対処でしたので。ところで、ディスティさんのお仕事は順調ですか?」


「ぼちぼち慣れていってもろてる所ですね。最近は看護師っちゅうことで現場にもついて来てもろてます。人死にが出た現場の空気吸ぅても吐いたりせぇへん、思いの外しっかりした子ですわ。」


 市長邸宅の使用人としての立場から追い出され、身寄りもなく、誰にも助けてもらえず、体調を悪化させて倒れていたところから、どうにか助けを借りて這いあがってきたディスティ。


 彼女の芯の強さは、体力を回復させた今になって外見にも明瞭に現れていた。


 リーピとケイリーがこの部屋に入ってきた時も、医院の受け付けとして来客を出迎える彼女の目つきは、研ぎあげられた刃のごとく澄んで鋭かったのだ。


「そういや、聞きました?ディスティさんが、なんでおたくの探命事務所への連絡先を知ってはったんか。」


「機会があればディスティさん本人にお聞きしようと思ってはいたのですが、まだ聞いておりません。彼女の身の上を調べあげたばかりですので、一旦は詮索を控えようかと。」


「気遣いの出来る人形さんやなぁ、リーピさんは。そんなこと、あの子自身は気にせぇへんでしょうけど。一般には公開してない連絡先がどっから漏れるんか、俺も気になって聞いてみたんですけどね……。」


 リーピの探命事務所も、チャルラットの医院も、それぞれ人助けを目的としているとはいえ、時には公的に明かせないような内容の仕事も引き受ける。まさに、フィンク議員の息子の遺体を事故死として処理した、今回の件のように。


 それゆえに、自分たちの存在を表立って宣伝することはなく、連絡先は信頼のおける相手か、利用したことのある顧客にしか知られていないはずである。


 下手に目立つべきではない人間として、チャルラットとしても無関心ではいられなかったのだろう。


「……ディスティさんの場合は、見知らぬ女性からいきなり知らされたそうですわ。何でも屋さんみたいな、人助けしてくれる事務所がある、言ぅて。ディスティさんが弱り果てた様子でフラフラ歩いてたのを、その女性が見かねはったんでしょうね。」


「初対面のディスティさんに、僕らの探命事務所の連絡先を教えるだなんて、その女性の思惑が知れませんね。」


「ホンマに変わった人だったらしいですよ、大通りでじーっと立ちっぱなしで、行きかう人々の靴を延々と観察してた、とか。」


 それだけの情報で、リーピは充分に心当たりがあった。


 靴職人のラーディである。以前は書店で来客たちの靴を観察し続けるという不審行動をしていたが、普段はより効率よく不特定多数の人間と遭遇できる往来で、靴の観察をしているとの本人談であった。


 リーピの表情に変化を見出したのだろう、チャルラットは問うた。


「流石は情報で商売してはるリーピさん、その謎の女性にもう見当がつきはったんですか?」


「はい、もちろん以前、うちの事務所を利用された顧客ですので。彼女の個人情報は明かせませんが、悪意をもって連絡先を広めるような方ではありません。チャルラットさんの医院を利用することは決して無い、とも断言できます。」


 権力者との繋がりもなければ、裏社会とのかかわりも一切持ち得ない、一般市民。


 そんなラーディの親切心ゆえの行動がきっかけとなって、ディスティをチャルラットの元へ運び込み、さらに遺体への細工という依頼を自分たちが引き受けることになった経緯こそ、人間社会の妙であるのかもしれなかった。


「その女性、ホンマに親切心のつもりやったんかもしれませんね。おたくとしては災難な話やけど、こないして縁も出来ましたし、悪い話やなかったっちゅうことかな。」


「ディスティさんの命と、チャルラットさんのお仕事、どちらもお助けできたのは僕らとしても好ましい結末です。それでは、長々とお邪魔いたしました、またのご利用をおまちしております。」


「お互い、あんまりお世話になりたくはない仕事ですけどね。ほな、またよろしゅう。」


 リーピはチャルラットと別れを告げ、医院の出口へと向かう。


 入り口すぐの場所に作られた受付デスクでは、ディスティの真隣りにケイリーが椅子を置いて座り、何事か話し込んでいた。自動人形であるケイリーは立ちっぱなしでも疲労することなど無いのだが、来客用の椅子をディスティが用意したのだろう。


 他人に対する警戒心はディスティの中で緩められることなど無いようであったが、ケイリーは自動人形であればこそ、彼女が気を許せる相手となっているらしかった。女性型自動人形のなかでも要人護衛を担当する前提で作られたモデルなだけあって、ケイリーが頼もしい印象を抱かれがちであることも関係あるだろう。


 近づいてきたリーピに反応してケイリーと共に顔を上げた時、ディスティは頬を僅かに緩めていた。ケイリーも、心なしかいつもより明るめな声色でリーピへ尋ねる。


「もう帰るのか、リーピ?」


「はい、あまりお仕事をお邪魔するわけにもいきませんし。ケイリー、あなたもディスティさんと話が弾んだのですか?」


「相談に乗っていただけだ。とはいえ、私では明瞭な解決策を示せなかったが。リーピは、この医院に飾る花を見繕うことはできるか?」


 あまりに殺風景な、雑居ビルの一室に過ぎないチャルラット医院。


 これまで独り身の男だけで、そもそも死亡診断書を書くだけが仕事の大半で、患者を招くこと自体ほぼ無く、定期的に位置を移転する前提で運営されてきたため、必要最低限以外の物は何も置かれていない。


 生死の境を彷徨う状況から回復し、かろうじて自分の居場所を定め、人心地ついたディスティは、体裁だけでも医院らしく、目を安らがせる装飾が欲しいと感じはじめたのだろう。


 リーピはすぐに答えた。


「でしたら、僕らが定期的に通っている花屋さんで、良さげなお花を探してきましょうか。ディスティさん自身は、お仕事もあるでしょうし、あまり人目に付く場所に出るのも憚られるかもしれませんので、次にお邪魔する機会があれば花瓶とお花をお持ちしますよ。」


「い……いいんですか、その、代金とか……。」


「お構いなく、高いものでもありませんし。快気祝い、という人間の習慣に沿っての行動です。」


「……じゃ、じゃあ、お願いしてもよろしいでしょうか。たびたび助けていただいてばかりで、すみません。では……お大事に。」


 人間を見送る時のような言葉をディスティから掛けられつつ、リーピとケイリーはチャルラット医院を後にし、事務所への帰途についた。


 厄介ごとに巻き込まれた人間を安泰へと導き、さらには街としても穏便に済ませたい一件を波風立てず収める。まさに、リーピが探命事務所を営むうえで大きな目標としている働きが出来たと言える形で収まった一件であった。


―――――


 とはいえ、今回の一件が予定通りに片付いたということは、思惑が通らない側の立場にある人間にとっては不都合極まりない結果に終わったということでもある。


 引き受けた依頼内容や顧客情報を完全に秘匿して活動している以上、リーピ達が依頼を引き受けた顧客と相対する立場にある人間が依頼を申し込むこともまたあり得ないことではない。


 探命事務所には同日の夜、思わぬ人物からの依頼が舞い込んだ。


 他でもない、自分の息子が殺害された事実をなかったことにされようとしている、フィンク議員である。


 通話機による連絡はあえて避けたのか、事務所にやって来たのはフィンク議員直筆の封書を携えた秘書であった。彼は夜の湿気を吸ったようにつややかな黒コートの隠しポケットから封書を取り出し、事務所にて出迎えたリーピへと告げた。


「お忙しい中、急なご依頼を失礼いたします。議員からは、ぜひ読んでいただいたその場でお返事を戴きたい、と。」


「拝読いたします。」


 フィンク議員の秘書から封書を受け取ったリーピは、素早く文面に目を通す。


 この秘書はそもそも、先日リーピ達が警察の遺体安置所へと潜入した際、警備員たちに混ざって監視を続けていた男である。遺体の保管場所へ、外部の人間や死亡診断書を作成する医師が入ろうとすれば、即座にフィンク議員へ連絡する……常日頃より、議員の密使として使われている男なのだろう。


 しかし、さすがに頭部パーツを全て取り換え作業用自動人形そのものの姿となっていたリーピとケイリーが、まさか今目の前にいるのと同一個体だとは思いもよらぬらしい。彼はただじっとリーピの返答を待っているのみであった。


 フィンク議員からの手紙の内容は端的であり、幸いながら読むのにさほど時間はかからなかった。




〈以前、バカ息子へお灸を据える手伝いを引き受けてくれたこと、感謝している。今回もまた、俺の息子ヴィンスに関することで、そちらの手を借りたい。


 ヴィンスの身辺調査だ。


 実の息子について依頼するのも妙な話かもしれないが、今の状況を明確にするため必要な措置だ。


 俺は、今の自分の息子が本物ではないとほぼ確信している。顔は同じ、名前も住所も変わっていないが、明らかに中身が違う。先日から真面目に花屋で働き始めたようだが、本物のアイツには絶対あり得ないことだ。


 警察には一応話をしたが、連中は全く取り合う気が無いらしい。議員である俺に聞く耳を持たないとなれば、ほぼ確実に市長が口止めしてやがる。


 身元不明の遺体がつい先日、街の倉庫区域で発見されたそうだが、それも無関係の事故死遺体として焼却処理された。死体の顔を安置所まで直接見に行ったが、確かに息子じゃなかった……俺の直感は、無駄足じゃなかったと睨んでるが。


 人間の探偵は信頼できない、奴らには大抵、市長の息が掛かってる。人形であるお前たちなら、嘘は吐かないと期待している。


 俺の息子“ヴィンス”として振舞っている存在について、徹底的に調べ上げてくれ。奴が偽物だと証明できる証拠を見つければ、報酬は上乗せする。


 どこの誰が、何の目的で俺の息子になりすましてやがるのか、本物のヴィンスはどこにいるのか、については別に分からなくていい。ただ“奴がヴィンス本人じゃない”ことさえ分かればいい。


 この手紙を秘書に持って行かせる、引き受けるか否かはその場で答えてくれ。〉




 手紙を一読した後、目の前でこちらの顔を直視しながらじっと待ち続けている議員秘書に向かって、リーピは迷いなく答えた。


「承りました、この依頼内容をお引き受けいたします。」


「快いお返事、ありがとうございます。こちら、着手金となります。では、自分はこれにて失礼いたします。」


「円滑な調査報告をご期待ください、とよろしくお伝えを。」


 秘書はずしりと分厚い札束が入った封筒を事務所のデスクに置いて差し出し、頭を下げてそそくさと帰っていった。


 彼が出ていくのを見送り、事務所から十分に遠ざかったのを確認し……ついでに、彼が何も不審な物品を残していかなかったことまでチェックし終えてから、ケイリーは口を開いた。


「引き受けて構わないのか?フィンク議員の息子ヴィンスは、現状なんの事件にも巻き込まれず生き続けていることにしておかないと、面倒が起きるはずだろう。アントンの花屋の店員として収まっていれば、波風は立たない。」


「しかし僕らが引き受けない理由はありませんでした。フィンク議員の息子さんが実際には殺害されているだろう事件について、表向きには、僕らは一切関与していないのですから。これだけ大口の依頼、さらに上乗せされる成功報酬を前にして、自動人形が依頼引き受けを躊躇することは本来ありえません。」


「議員の秘書が直接ここに来て、依頼内容を示したこの場で反応を見ていたのは、我々が完全に今回の件と無縁であることを確認するためでもあったのか。」


 政治家としてのキャリアが長いフィンク議員だからこそ、採り慣れた手段であったろう。


 むろん、それは感情の揺らぎが存在する人間に対して行えばこそ効果のある探りの入れ方だったろうが、人間に近しい思考回路を有する自動人形についても、効果のない手段ではなかった。対立する二項間のジレンマを迅速に処理することは、高度な自動人形であるほど難しい。


 ともあれ、引き受けた以上、フィンク議員の息子ヴィンス氏についての身辺調査は実際に行わねばならない。


「この調査依頼には、本腰を入れて取り組みましょう。僕らが、今『ヴィンス』と呼ばれている存在について十分な情報を得ていないのも確かですからね。」


「人間ではないことだけは、ほぼ確実だが……我々にとっても、それが憶測ではなく、確信として扱える事実にしておくべきだからな。」


 損益の関係だけであれば、依頼者との間にしか発生しない。


 が、役目を与えられるのみならず、この街で生活する一員として行動するリーピとケイリーにとっては、不穏の元となる存在が身近にいる時点で“他人事”ではなかった。


 渦中の存在が、自分たちにとって縁深く、これから先も足繁く通うであろうアントンの花屋で働いている店員となれば、なおさらであった。

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