表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
13/23

依頼7:遺体安置所にて 1/2

 街の貧困地区で行き倒れていた少女、ディスティの身元についての調査はほぼ一日で完了した。


 彼女が以前、市長邸宅にて使用人として働いていたこと、そして邸内での窃盗事件の容疑を掛けられ、証拠不十分として逮捕には至らなかったものの責任を取らされて追い出されたことまでは、リーピの推測した通りであった。


 だが、ディスティの両親についての情報を探った際には、想定外の経緯が明らかとなった。


「アントンさんの花屋にまつわるトラブル、覚えてます?実在しない道路拡張工事を口実に、店舗および土地からの立ち退きを市役所直々に店主へと強要した事件です。実際には、親族が出店するために便宜を図った市議会議員秘書の企みでしたが。」


「あぁ、リーピが市長婦人に働きかけたことで、真相が明るみに出たんだよな。公務員が直接詐欺に関与したということで、首謀者である議員秘書には即日更迭という厳格な処分が下されたはずだ。」


「その議員秘書の娘が、ディスティさんです。」


 探命事務所内で調査報告書をまとめる作業に入りながら、リーピはケイリーにも内容を伝えていた。ケイリーは暫しの沈黙のみ返した。


 市長から直接処分を下されて議員秘書の座を追われた人間には、当然ながらこの街での居場所もない。


 コツコツ働いて溜めた金で花屋を開こうとしていた市民の、その夢の成果を奪おうとした者を極悪人と見做すことは、あらゆる市民にとって容易である。仮に不起訴処分となったとしても、悪名は世間に広まっている。他所の街へと逃げたところで、あらゆる人間から白眼視されることは間違いない。


 この先の労苦に娘だけは巻き込むまいとして、市長邸宅での使用人として置いて行ったのだろうが……娘であるディスティも、冷遇の憂き目からは逃れられなかったのだ。


「当時の件について携わっていたおかげで、この調査だけはスムーズに済みました。が、他でもない僕がディスティさんの人生を過酷にした元凶である、と彼女自身に知らせるのは酷でしょうか。」


「そもそも悪事を企てた彼女の肉親こそ、元凶に他ならないだろう。とはいえ、敢えて告げて彼女の記憶を掘り返さねばならない情報でもないか。」


「ディスティさんにも聞こえる場でチャルラットさんへ調査報告するに際しては、内容を取捨選択する必要があるかもしれませんね。」


 調査結果報告の準備が整った旨を伝えるため、チャルラットの連絡先へと通話するリーピ。


 街の至る場所に通じるとはいえ、携行できるワケではない、菌糸による通話網。複数の拠点間を定期的に移っている闇医師チャルラットからは、先日ディスティを匿った雑居ビルの一室へつながる番号を伝えられていた。


 交換手が接続した後、通話機から聞こえてきたのは少女の声……ディスティの声であった。


「こちらチャルラット医院です。ご予約でしょうか?」


「リーピ探命事務所です、以前ご依頼にあった調査完了のお知らせのため連絡いたしました。ところで、あなたはディスティさんですね?もうお身体は問題ないのですか。」


「……えぇ、おかげさまで。今は、チャルラット先生から通話番を任されてます。その、先日は本当に、助けていただきありがとうございました。私が支払うべき報酬については、まだ、手立てがないんですけど……。」


 通話越しの声とはいえ、助けを求めた際の衰弱しきった雰囲気とは打って変わって、すっかり回復した様子で喋るディスティ。


 支払う労力とリターンについてシビアな見方をするチャルラットからは、病み上がりであろうがお構いなしに仕事をあてがわれているようであったが、市長邸宅での使用人として働いていたディスティにはソツなくこなせているようであった。


 リーピは間を置かず返答する。


「お支払いについてはご心配なく、都合がついた時で構いませんので。ところで、チャルラットさんは近くにおられますか?」


「いえ、チャルラットは今、お仕事で出かけています。ここにいるのは私と、作業用自動人形だけです。私が連絡内容をお聞きして、お取次ぎいたしましょうか。」


 後ろ暗いところの多い街では、死亡診断書を作成するだけの闇医師も暇ではないのだろう。


 ディスティをいきなり現場に連れて行くわけにもいかないチャルラットは、彼女の護衛と監視を兼ねた作業用自動人形だけを置いて出かけたらしい。


 ちょっと言葉を選んだ後、リーピは口を開いた。


「チャルラットさんがお戻りになってから、折り返し通話いただければ幸いです。今回の調査内容というのは、他でもないディスティさん自身の身元について、ですので。ご本人に取り次がせるわけにもいきません。」


「そうです……か。私の身元について……。」


「ご心配なく、チャルラットさんが知りたがっていたのは、あくまでディスティさんが裏社会の人間と繋がりを有していないかという点です。あなたが市長邸宅を追い出されるに至る経緯を知ったとしても、闇医者である彼にとっては信頼を揺るがせる結果にはならないでしょう。」


 もとより世間に大っぴらに出来ない仕事を続けているチャルラットにとっては、ディスティの親が公務員の身で不正を働いていようが、ディスティ自身が窃盗の被疑者になっていようが、大した問題ではないだろう。


 自らの過去を明かされることについて一旦は声を暗くしたディスティであったが、さらに重大な事を思い出して自ずと小声になっていた。


「そういえば、私が持っていた書類についてですけれど……」


「あの書類は、顧客の私物として事務所で丁重に保管させていただいております。決して外部へ流出させることはございませんので、ご安心を。」


 ディスティが市長邸宅から追い出されることになった直接の原因、商品回収を求める自動人形メーカーからの書類は、それを握りつぶそうとした市長の思惑に反して、今なお現存している。


 この書類の存在はディスティにとって、市長に対する反抗の手段であると同時に、市長邸宅内での窃盗容疑を濡れ衣ではなく事実とする物に他ならなかった。表沙汰となれば、ディスティには実刑が確定し、自らの意向が通っていないことを知った市長は念入りに事態のもみ消しに掛かるだろう。


 いずれにせよ、持ち出した本人が所持し続けているよりは、リーピの探命事務所内に保管しているほうがよほど安全であると思われた。


 傍らで自らを監視している作業用自動人形に効かれていることも気にしているのだろう、ディスティはそれ以上聞きただすことなどなく、リーピからの説明を聞きおえて声色を元に戻していた。


「それでは、後ほどチャルラットの方から連絡いたします。……その、先日私を助けていただいた件への報酬につきましては、いずれ必ずお支払いしますので……。」


「はい、いつでもお待ちしております。ご都合がつきましたら、謹んで受け取らせていただきます。では、失礼いたします。」


 支払う目処などまだまだ立っていないであろうディスティからの申し出を断ることなく受け入れ、リーピは通話を切った。


 通話を切る間際にも報酬支払いについて念を押すように告げたディスティの声色には、律儀さのみならず、他人に借りを作ってしまうことへの恐れもにじみ出ていた。


 一方的に弱い立場へと追い込まれたあげく、ひとりぼっちで死にかけた少女は、ごく短期間に人間社会の冷たさを己が身に刻んでいたのであった。


―――――


 後ほどチャルラット本人から掛かってきた通話により、リーピとケイリーはあらためてディスティの匿われている雑居ビルの一室へと赴いた。


 扉を開けてリーピ達を出迎えたのは、ディスティであった。起き上がって行動できるようになってすぐ、来客の応対も任されているらしい。


 自動人形特有の決まり切った笑顔を浮かべ、リーピは口を開いた。


「リーピ探命事務所より参りました。無事に回復されたようで何よりです、ディスティさん。」


「おかげさまで、ありがとうございます。チャルラット先生がお待ちです。」


 ディスティはぺこりとお辞儀しつつ、リーピ達を部屋の奥へと案内する。


 熱にうなされて立ち上がれない状態だったのが、つい先日のことだとは思えないほど、若いディスティは体力を回復させていた。


 とはいえ、ただでさえ華奢な身体がさらにやせ細った姿は、殊に骨ばって見えた。チャルラットの下で働く看護師としての体裁のためか、ディスティは私服の上に白衣を羽織らされていたが、肩幅が服のサイズに全く届いていない。襟のすぐ外側に薄くとがった肩先の形があった。


 チャルラットは奥の部屋で、今しがた済ませた仕事で持ち出した書類の整理を行っている最中であった。


 以前来た時と比べて、部屋の中が手狭になっていることにリーピは目聡く気づいた。戸棚やデスクの位置が動かされ、チャルラット自身が寝るための簡易ベッドも仕事場の中に置かれている。


 家具が動かされた後に出来たスペースには、手術用の仕切りで囲まれた小部屋が出来上がっていた。自分と同じ部屋で寝る羽目にならないよう、ディスティ用の部屋を応急的にとはいえチャルラットは作っていたのだ。


 ディスティが連れてきた来客の姿を横目で確認し、彼は口を開く。


「どうもリーピさん、ケイリーさん、わざわざご足労おかけしましてすんません。こちらも色々お頼みしたいことがありましたんで、来てもろて助かりますわ。じゃ、ディスティさん、しばらく通話番と来客対応を頼みますよ。」


「はい。」


 綺麗な角度でのお辞儀を披露してから、ディスティは部屋の入口の方へと戻っていった。


 やせ細っておらず、着ているのも薄汚れた白衣ではなく使用人の装いであれば、さぞ見栄えの良い姿であろうと思われる佇まいであった。


「さっそく彼女に来客対応を任せているのですね。ディスティさんであれば首尾よくこなしそうですが、少々不用心かもしれません。」


 ディスティの背を見送った後、リーピはチャルラットへ告げる。


 誰がやってくるともしれない、雑居ビルの一室。その実質的な門番に据えられるのが、見るからに非力な人間の少女というのは、確かに適さぬ配置である。


 リーピと視線を合わせたケイリーは、互いに思い至った案が同じであると判断し、無言のままにディスティの居る入り口付近へと向かった。今ここにいられる時間だけとはいえ、要人護衛用も兼ねて作られた自動人形であるケイリーなら不審人物に対する物理的な対処も可能である。


 一方で、当のチャルラットは、さほど返答に迷うこともなく口を開いた。


「ウチみたいな闇医者に用があるんは、ほとんどお得意様ばっかりですんでね。一見さんがアポ無しで来ることはあらへんから、顔覚えてもらうのも兼ねてディスティさんに接客してもろてるんですわ。」


「急患が駆けこんでくる可能性はないのですか?」


「いくら裏社会の人間でも、本気で身体治したいときはわざわざ闇医者の所に来ません、マトモな医者を頼ります。ウチに急患担ぎこんできたんは、先日のリーピさん、アンタが初めてとちゃいますか。点滴一本打つだけでディスティさんが復活できたから良かったものの、あれで回復せんかったら俺もお手上げでしたよ。」


 リーピに対してあれこれと喋りながら、チャルラットは整理していた書類の束をあちこちのファイルに分けて挟み片付けている。


 後ろ暗い生業で食っていく他にない闇医師であれど、元来は彼も喋るのが好きなのだろう。無機質な作業用自動人形を連れて仕事するよりは、多少なりと会話できるディスティを身近に置くことを受け入れた理由は、その振る舞いから何となく読み取れた。


 とはいえ、常に万一の事態に備え、我が身を守る手段を優先する判断もまた、チャルラットが手放すことなどない。


「他に、予告なしにウチの医院を訪れる人間が居るとすれば……ディスティさんの身柄狙いですやろ。そんな連中が居れば、の話ですけど。俺も仕事場に荒事を持ち込まれるんは御免なんで、もしディスティさんを寄越せっちゅう奴が乗り込んで来たら大人しゅう差し出すつもりで、あの子を入り口のすぐ傍に置いてるんです。」


「僕らが彼女の命を救った経緯を鑑みれば、そのような事態は受け入れ難く感じることでしょう。しかしご安心ください、ご依頼にあったディスティさんの身辺調査では、今のところ彼女の身柄を狙う存在は居ないと判明しています。調査報告をまとめた書類です、どうぞ。」


「中身、確認させてもらいます。」


 ディスティについての調査結果を報告することが、そもそもリーピ達がここに来た主目的である。


 リーピから受け取った報告書にチャルラットは手早く目を通し、その表情に浮かんでいた緊張の色を多少は緩めていた。


「なるほどねぇ、ディスティさん、更迭された市議会議員秘書の娘さんやったんやねぇ……ま、叩いて埃が出そうな人間を身内ごと追い出せて、市長さんとしては一件落着っちゅうのが現状ってわけですか。」


「ディスティさんが隠し持っていた書類については、彼女自身の安全を確保するためにも、調査報告には未記載とさせていただいております。書類は既に処分されたことになっている、という認識を維持しておくことが最善と判断できます。」


「その面倒な書類を、おたくの事務所で預かってもらえるんやったら、こちらからも深入りはしません。ほな、ディスティさんはホンマに他に行き場があらへんちゅうことですね。今後も頑張って働いてもらうこととしますわ。」


 裏社会の住民たちが主な顧客となる闇医師、その手伝いをする看護師として働くのは、まだ社会経験の少ない少女にとっては気苦労の絶えない道だろう。


 しかし、自身にも肉親にも悪評が立った今、表社会に出て働くことは……殊に、人命よりも経済が優先される街においては、いよいよもって荊の道となってしまう。「行き場がない」というのは、住む場所というだけの意味ではなく、まさに暮らすこと全般についてディスティが陥った状況だった。


 今、調査報告書を読み終えたチャルラットは、その場で紙幣を幾枚か掴んで差し出した。


 リーピはすぐには手を伸ばすことなく、確認の言葉を口にする。


「今回の調査依頼は、あくまでディスティさんを受け入れていただいた見返りとしてお引き受けしたものであり、報酬の請求はいたしませんが。」


「まぁ、口約束ではそういうことになってますけど、後になって俺が探命事務所さんをタダ働きさせたっちゅう話になっても、かなわんでしょ?額面で後に残せるように、お支払いさせてもらいますわ。身辺調査の相場、だいたいこんなもんですかね。安すぎやったら言ぅてくださいよ。」


「いえ、では、確かにお受け取りいたします。領収書をお書きしますので、少々お待ちを。」


 携行している未記入の領収書綴りを取り出したリーピにペンを差し出し、チャルラットは現金を手にしたまま律儀に待っている。


 彼の真面目さは、裏社会の人間を相手にしつつ、組織に属さず個人で仕事を続けられるだけの信頼を築いてきた経歴に相応しい気質であった。ディスティのことを本気で案じることこそせずとも、彼女に必要な配慮は欠かさぬだろうと期待できる人間でもあった。


 受け取った現金を数えなおして財布に収め終え、リーピは口を開く。


「確かに、お受け取りいたしました。」


「ほな、この調査の件は片付いたところで……また別件で、お願いしたいことがあるんですわ。あらためての依頼、出させてもろて宜しいですか?」


「承ります。詳細をお聞かせください。」


 リーピはペンを返し、自前の筆記具とメモ帳を取り出して頷いた。自動人形の記憶能力ならば紙媒体での記録も不要であったが、顧客とのやり取りはその場で形にして残すのが通例である。


 新たな依頼について話し始める時、チャルラットの表情は僅かながら険しさを覗かせた。


「仕事自体はいつも通りです、死体がある場所に行って、俺が死亡診断書を書いて、それを役場が受け付けて、最後に市長さんが一応目を通せば、何事もなく終わり。せやけど、今回の死体はどうにも厄介なワケありらしいんですわ。まぁ、病院の外で見つかる死体なんて、ほぼ全部ワケありですけどね。」


「その遺体が、事件性が強い現場で発見されたのでしょうか?」


「さすが探命事務所さんや、冴えてはりますなぁ。それも、そんじょそこらの事件やあらへんのですわ。市議会議員の息子さんが殺害された事件、言ぅたらピンと来はります?」


 チャルラットは、リーピと真っすぐ視線を合わせながら告げた。


 自動人形であるリーピの目を覗き込んでも、人間のように感情の揺れを見出せるわけではない。それでも、相手の胸中を探り、また値踏みもするのが習慣となっているチャルラットにとっては、世間に明かされない情報を口にする際の癖であるらしかった。


 むろん、リーピは即答した。


「該当する案件については存じています。しかし、その件は一般には事件としては報道されておらず、単なる事故の可能性もあるとして扱われていたはずです。工業地区における無人の倉庫にて、身元不明の男性の遺体が発見されたとされる一件でしょう?」


「そうそう、議員の身内が殺された、なんて言ぅたらどえらい騒ぎになりますやろからなぁ。話がちゃんと通じてるようで何よりです。いや、公になってない情報でも、俺なりに仕入れる筋は持ってますんでね。小耳に挟んだのは、その被害者の遺族、つまり父親である市議会議員が、犯人捜しに本気やっちゅう話です。」


 そこまで聞かされて、リーピも今回の依頼が想像以上に厄介であると確信を得た。


 倉庫で殺された男の父親、すなわちフィンク議員は、息子が落命した一件が殺人事件であることに疑いの余地を見出していないのだ。


 表向きには、あれは身元不明の死体が発見されただけ、という話になっている。フィンク議員の息子、ヴィンス氏は死んですらおらず、心を入れ替えて無職から脱し、街の花屋で真面目に働いている……ということになっている。


 そういうことにしておけば、万事は丸く収まり、フィンク議員も我が子が非合法ビジネスの場で殺されたなどという不名誉を蒙らずに済むのだ。市長の腹積もりも、そこにあるだろう。


 だが、真面目なフィンク議員は、実の子が辿った末路の真実について、己の認識を偽ることは出来ないらしい。


 リーピが事態を呑み込んだのを確かめるように間を置いてから、チャルラットは再び話し始めた。


「遺体を見て、死亡診断書だけ書くのが俺の仕事ですけど……今回、俺に話を持ってきたのは警察の方なんですわ。」


「奇妙な話ですね。警察であれば、まさに遺体の検分を行う専門の医師が居るはず。チャルラットさんにわざわざ頼む必要など本来はありません。」


「でしょ?あちらさんからは『事件性のある遺体の対処のため検死官が多忙で手が回らない、事故で発生した遺体の死亡診断書だけ作成してくれればいい』とだけ伝えられてます。要するに警察は、さっさと事故として処理してしもて、この件を水に流してしまいたいらしいんですわ。」


 警察が触れたがらない件であったことは、警邏隊員であるトロンドと共に現場を特定した際にもリーピには知れていた。


 現場付近に明らかな死臭が漂っていても本部は捜査部隊を派遣しようとせず、人間であるトロンドには感染の危険があるにもかかわらず、直接遺体を視認せよとの命令を下していたのだ。


 結局、自動人形であるリーピとケイリーが遺体を直接確認したことで、一応ながら捜査は正式に開始されたようだが、遺体回収後も警察本部は火消しのことしか頭にないらしい。


 現場が市によって黙認されていた非合法な自動人形解体設備、その現場で働いていたフィンク議員の息子が殺害され、犯人はおそらく自動人形、それもメーカー側から回収指示が出ていたが高額なパーツ欲しさに市長が無視したため今なお市民に紛れて活動中の個体……と、厄介な要素のフルコースなのだから。


 この件を事故として処理する一環に巻き込まれたチャルラットであったが、彼にとっての大きな懸念は別にあった。


「わざわざ自前の検死官を使わない、っちゅうのは……議員さんからの物言いが入って、死亡診断書の不手際が“発覚”したら、担当した外部の人間のせいに出来るから、ですやろな。」


「何事も無ければ、チャルラットさんは言われた通りに死亡診断書を書くだけで仕事を終えられるでしょうけれど、後日トラブルとなる可能性が高いというわけですね。」


「そもそもが、顔面を綺麗に剥がされた遺体ですやろ?どっからどう見ても意図的ですやん、これが事故やとしたらどんだけ奇跡的な事故なんや、っちゅう話ですわ。」


 事件性のない遺体ということで死亡診断書が受理されれば、速やかに遺体は身元不明人物として処理される。火葬されて灰になってしまえば、他殺の痕跡が残る遺体という決定的な証拠は消滅する。


 死亡診断書への記入不備についてフィンク議員からの指摘が入った場合は、臨時に雇って死亡診断書を作成させた医師チャルラットに責任を負わせればよい。警察の目論見は、そんなところだろう。


 現状について語るチャルラットは表情らしい表情を浮かべてはいなかったが、困窮する状況であることには違いなかった。


「本音を言いますと、こんな仕事引き受けるやなんてまっぴら御免ですけどね。でも、市長さんの機嫌損ねて医師免許を取り上げられたら、今の仕事を続けられんようになるのは確実なんですわ。断れませんねん。」


「状況は理解しました。ところで、そのお仕事の期日はいつですか?」


「今週中、つまりあと二日です。遺体の保管よりも、警察の面々が議員さんの介入を止めてられる期限ってとこなんでしょうな。」


「では、それまでに対処を考案いたします。困難な仕事となりそうですが、僕も確実なお手伝いを約束いたします。」


「頼んますで。」


 チャルラットはじっとリーピを見つめ、ようやく頼もしげな色を目に浮かべて頷いた。


 虚偽の死亡診断書を作成し、事件性をかき消して事故として処理する闇医師。その仕事に手を貸すことは正しい行いとは言い難かったが、リーピは己の中に躊躇を見出せなかった。彼が自動人形であり、人間らしい葛藤を持ち得ないためだけではない。


 チャルラットの立場を守ることは、ディスティがようやく得た居場所を守ることとも等しかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ