7.副錬金術師長の決断と、最果ての村での再会
アレンが宮廷を去った後、副錬金術師長のミリアは、錬金術師長グラフトの理不尽な振る舞いに苦しめられていた。グラフトは、アレンという才能ある人材がいなくなったのをいいことに、ミリアを完全に支配しようと画策する。執務室でミリアの肩に手を置くといった執拗なセクハラ行為を繰り返し、ミリアが拒絶するたびに、彼は研究に必要な情報をわざと教えず、重要な会議の日時を直前に変えるなど、巧妙に彼女を追い詰めていった。彼のやり方に周囲の錬金術師たちも同調し、ミリアは宮廷で孤立していった。
「こんな場所、アレンさんがいたから耐えられたのに……」
アレンがいなくなった今、宮廷はミリアにとってただの息苦しい檻でしかなかった。彼の不在とグラフトからの嫌がらせに、ミリアの心は限界を迎える。そしてある日、彼女は決断を下した。
「宮廷錬金術師を辞職させていただきます」
グラフトは驚きと怒りをあらわにするが、ミリアの決意は固かった。
「ただ静かに研究できる場所を探したいのです。グラフト様とは、もう、ご一緒できません」
ミリアはそう言い放ち、宮廷を去った。グラフトは彼女を追おうとしたが、ミリアは巧妙に痕跡を消し、王都を離れる。彼女の頭の中には、アレンが漏らした「静かに錬金術を探求したい」という言葉が蘇っていた。ミリアは、アレンが残したわずかな情報を頼りに、彼の行方を追うことにした。彼が愛した錬金術の自由な探求が、そこにあると信じて。
ミリアの旅は、決して楽なものではなかった。宮廷の豪華な生活を捨て、質素な旅装に身を包む。持参したのは、わずかな旅費と、アレンが残した錬金術の研究資料だけ。馬車を乗り継ぎ、時には歩き、ミリアはアレンの足跡をたどっていく。
旅の道中、ミリアはアレンとの日々を何度も思い返した。初めて彼と出会った日のこと。グラフトの理不尽な要求に二人で頭を悩ませたこと。そして、夜遅くまで実験室にこもり、新しい錬金術の理論について熱く語り合ったこと……。彼のそばにいるだけで、どんな困難も乗り越えられると信じていた。それなのに、彼は突然、何も言わずに消えてしまった。
「どうして、何も言ってくれなかったんですか……」
ミリアの心には、アレンへの心配と、置き去りにされた寂しさが入り混じっていた。それでも、彼女の足は止まらなかった。アレンが求めた「静かな場所」がどこなのか、手がかりはほとんどない。しかし、彼の錬金術への情熱を知るミリアは、彼がきっと王都から遠く離れた、静かな場所にいると直感していた。
ついにミリアは、王都から遠く離れた小さな村にたどり着いた。王都の喧騒とはかけ離れた、静かで穏やかな空気が流れている。その村は、最近になって優秀な錬金術師が移り住んだという噂が立っていた。村の名前はエテルナ村。ミリアは、この村の雰囲気が、アレンが求めていた「静かな場所」だと確信する。そして、村のはずれに立つ、ごく普通の小さな小屋を見つける。
小屋の煙突からは、温かい煙がゆっくりと立ち上っていた。その煙は、まるでアレンがそこにいると囁いているかのようだった。ミリアの心臓は高鳴る。アレンが愛した錬金術が、この小さな場所で息づいている。
彼女は、震える手で小屋の扉を叩いた。扉が開くと、中から明るい声が聞こえ、薪を抱えた少女が顔を出した。ミリアの視線の先、少女の後ろには、かつての恩師であり、今もなお慕い続けるアレンの姿があった。
予期せぬ再会に、ミリアは言葉を失う。旅の疲れも、宮廷での苦悩も、すべてがこの瞬間に報われたように感じた。
「アレンさん……」
ミリアの瞳には、安堵と、再び会えた喜びの涙が浮かんでいた。