5.退屈が呼び覚ます才能
エテルナ村に移り住んで数週間が経った。
王都での騒がしい日々から解き放たれ、静かで穏やかな生活はアレンの疲れた心を満たしてくれた。しかし、その安らぎは、やがて彼の心に別の感情を呼び起こし始めた。それは、静かで心地よい暮らしに忍び寄る、退屈という名の影だった。
最初のうちは、何もかもが新鮮だった。冷たい井戸水に顔を洗う感覚、斧を振り下ろすたびに響く乾いた音、湧き水で湿った土の香り。宮廷の実験室で嗅いでいた薬品やインクの匂いとは全く異なる、生命の息吹を感じさせる香りだった。
その一つひとつが心を癒してくれた。しかし、日を追うごとにその新鮮さは薄れていく。畑仕事は単純で、慣れてしまえば刺激はほとんどない。薪割りも水汲みも、やり方は一定で、進歩や成長を感じることはなかった。体を動かすことには満足感があったが、彼の頭の中は常に空っぽだった。
「せっかく自然に囲まれているのに、何も作れない、成長もない……」
ある晩、アレンはぼんやりと暖炉の炎を見つめていた。その日の出来事を頭の中で反芻するが、どれもこれも単調で、心に響くものがなかった。ただ生きているだけで、何も生み出していない。そんな虚しさが、影となって壁に揺れていた。
ふと、アレンは棚に置かれた荷物の存在を思い出した。無意識に手を伸ばし、その中から一つの古い革の表紙に触れる。それは、宮廷での研究の際に自分のために書き留めていた錬金術のノートだった。上司の命令で研究していたつまらない調合式とは違い、そこには自分の純粋な好奇心から生まれた理論や、新しい術式のアイデアがびっしりと書き込まれていた。
ページをめくるたびに、かつてどれほど熱心に研究に没頭していたかを思い出す。新しい理論、未解明の術式、未知の素材。それらに心を躍らせた日々が、遠い過去のように感じられた。
アレンはノートを閉じ、暖炉の炎を見つめた。炎はゆらゆらと揺れ、壁に映る彼の影は、まるで彼がただ生きているだけで、何一つ生み出していないことを象徴しているようだった。
「何か、しなければ」
彼は、自身の内側から湧き上がる創造欲を感じていた。それは、宮廷のプレッシャーとは違う、純粋な好奇心からくるものだった。
その夜、アレンはほとんど眠ることができなかった。頭の中は、宮廷から逃げてきたはずの錬金術のことでいっぱいだった。どうすればこの単調な生活を、自分の手で変えられるだろうか? 水汲みを効率化する方法、畑仕事を楽にする道具、そして何より、この静かな村に新しい「何か」をもたらす方法。
アイデアが次々と浮かび上がり、彼の胸を熱くさせる。
翌朝、アレンはいつものように薪を割る。だが、その手つきは昨日までとは違っていた。ただの作業ではなく、この単純な動作をどうすればもっと楽に、速くできるかという思考が加わっていた。彼の中に眠っていた錬金術師としての本能が、静かに目覚め始めていた。