46.領主の思惑
エテルナ村近隣を治める領主レオンハルトは、窓辺に立ち、遠くの地平線に目を凝らしていた。
彼の隣に控える執事が、淡々と報告書を読み上げる声だけが、静寂な執務室に響く。
「このたび、村の完全移転が完了いたしました。錬金術師のアレンなる者が村に来てから、今年でちょうど五年目となります」
五年。
その言葉が、レオンハルトの胸に重く響いた。
この領地の中で、エテルナ村はかつて最も貧しく、活気を失った場所だった。
過疎化が進み、老人ばかりが残され、いずれ村は地図から消えゆく運命だと、誰もが諦めていた。
レオンハルト自身も、莫大な費用と労力をかけてまで救済する意味はないと判断し、静かに見捨てていた村だった。
しかし、そこに現れたアレンという若者は、わずか五年という歳月で、その常識を根底から覆した。
「あの朽ちかけた村を立て直した上に、それをまるごと、新しい場所に移動させたというのか。……信じられん」
レオンハルトは感嘆の声を漏らした。それは、ただの驚きではなかった。
アレンは、単に便利な道具を作っただけではない。
村人たちの生活を根底から豊かにし、税収を異例なほどに増加させ、そして何よりも、彼らの心を一つにまとめ、前代未聞の大事業を成功へと導いたのだ。
それは、技術者としての非凡な才能だけでなく、人心掌握に長けた為政者としての非凡な才をも示していた。
レオンハルトは、胸にこみ上げる苦い記憶を呼び起こした。
十年ほど前、領地随一の経済力を誇るルベールを失った苦い経験だ。
ルベールの商人は、豊かな経済力を背景に独自性を主張し、我が領地から離れていった。
その裏には、我々が強大になることを快く思わない王都からの支援があった。
商業都市ルベールは「王都直轄の自治領」として、この手から永遠に離れてしまった。
その時の無力感と後悔は、今も彼の心を蝕んでいる。
しかし、アレンが持つ力は、ルベールのそれとは全く違う。
ルベールが単なる経済力だったのに対し、アレンの技術は、生産性だけでなく、人々の心を動かす力、そしてゴーレムという潜在的な軍事力さえも秘めている。
このまま放置すれば、エテルナ村はルベールと同じ道を辿るだろう。
いや、それ以上の脅威となり、領地全体が王都の干渉を受ける口実となりかねない。
そうなってしまう前に、この若者を自らの懐に引き入れ、その力を領地全体の未来のために使わせる。
それが、レオンハルトのたどり着いた唯一の結論だった。彼は、決意に満ちた目で執事を見据え、静かに指示を出した。
「もはや、領地の生き残りを賭けた、静かなる戦いは始まっている。エテルナ村の錬金術師と村長を、早急に私の元へ招集せよ。彼らの存在は、この領地の運命を左右する」




