42.お試しの提案
「楽になるというが、それはつまり、私たちの自給自足の暮らしを奪うということかい?」
ハルカが静かに問いかける。
この言葉は、他の年寄りたちの気持ちを代弁していた。
彼らが守ってきたのは、豊かな森と畑で自分たちの力で生きてきた。
それは単なる仕事ではなく、村の絆であり、誇りだった。
ハルカは続けた。
「私たちは、アンタのように賢くはないんだ。この村は、私たちの手で、何世代もかけて築き上げてきたもんだ。それを、全部捨てろっていうのかい?」
「……違います、ハルカさん。」
アレンは言葉に詰まり、視線を落としながら、震える声で答えた。
「俺は、皆さんから何かを奪いたいわけじゃありません。この村が、今後何世代にもわたって、皆さんがもっと幸せに暮らしていけるように、そう願っているだけなんです……!」
集会所の空気は、期待と不安の間で揺れ動き、アレンはただ立ち尽くすしかなかった。
その時、村長が静かに立ち上がった。
「ハルカさんの言うことも、アレンの言うことも、どちらもこの村を思う心だ。だからこそ、ここで結論を急ぐ必要はない。新しい村へすぐには移住できないだろう」
村長は続けた。
「だから提案したい。まずは、公共の施設だけでも自由に利用できるようにしようじゃないか。温泉や配給所を試してみて、本当に便利か、私たちの暮らしに合うのか、みんなで確かめればいい。」
この「お試し」の提案は、新しい技術の恩恵だけを先に享受できるという、非常に画期的な解決策だった。
伝統的な生活を守りながらも、新しい利便性を試せるという点は、特に保守的な考えを持つ年寄りたちにとって大きな魅力となった。
彼らの間でも、新しい温泉施設や集会所への期待はひそかに高まっており、村長の提案は多くの住民の心を動かした。
この段階的なアプローチが、長年の暮らしを急に変えることへの不安を和らげたのだ。




