4.スローライフの静かな安らぎ
エテルナ村での生活が始まり、アレンはまず簡単な農作業や家事から始めた。シャベルで耕す土は、薬品の匂いとは違う温かな生命の香りがした。種をまき、小さな命を育む喜びに心が満たされる。斧を振るって薪を割り、井戸から水を汲む。単純な作業の繰り返しが、宮廷時代には決して得られなかった静けさと落ち着きをアレンにもたらした。
通いのお手伝いとしてやってくるリリィは、いつも明るかった。畑での作業帰り、頬に土をつけた彼女が「こんにちは、アレンさん! 今日も良いお天気だね!」と声をかける。その無邪気な笑顔と自然な明るさが、アレンの心の緊張を溶かしていく。
「これが、理想の生活……」
アレンは、初めての村の朝を浴びながらそう思った。宮廷の厳格な秩序、過剰な責任、同僚の嫉妬――それらから解放された自分を感じ、心底ほっとした。村人たちも温かく、井戸端で交わす世間話が、宮廷時代には味わえなかったゆったりとした時間を心に染み渡らせる。
ある日、畑の隅で草刈りをしていた老人がアレンに語りかけた。
「都会から来る住人なんて長らくいなかったが、君がここにいてくれるのは嬉しいもんだ」。
その言葉に、アレンの胸は温かくなった。彼はただ逃げ出したかっただけなのに、この村の人々は、過去や肩書きに関係なく、ありのままの自分を受け入れてくれた。宮廷では、小さな失敗も厳しく糾弾された。
だがこの村では、薪割りに失敗しても村人たちはそんなこともあるさと笑って助けてくれた。それがアレンにとって何よりも貴重だった。
一日の終わり、暖炉の前でアレンは静かに息を吐いた。それは疲労からではなく、心が満たされている証だった。暖炉の炎が心地よい音を立て、アレンの心に安らぎをもたらす。
先の事は何も想像できなかったが、この村での暮らしにほのかな期待を抱いてた。
ある日の夜。リリィが作ってくれた温かいスープを飲んでいた。一口飲むたびに、体の芯から温かさが広がる。彼女はもう帰った後だが、その温かさはアレンの心にも残っていた。
この村での生活は、彼にとってただの逃避行ではなかった。それは、自分自身を取り戻すための旅だった。自然の中でのスローライフは、彼が自由であることを初めて実感させてくれるものだった。
この穏やかな時間がいつまでも続けばいいと、アレンは心から願っていた。だが、その願いは、やがて彼自身の創造欲によって破られることを、彼はまだ知らなかった。