11.王都の暗雲
アレンとミリアが魔物討伐の計画を練っていた頃、遠く離れた王都では、事態が深刻化していた。
アレンとミリアが去ってから一ヶ月。王都全体を動かす心臓部である魔晄炉の出力が不安定になり、魔導灯は点滅を繰り返し、公共機関は運行が安定しなかった。
錬金術師長グラフトは、アレンの担当であった魔晄炉の調整を誰も正確に引き継げないことを知っていたが、プライドからその事実を隠蔽しようと躍起になっていた。
グラフトは、アレンが残した膨大な量の研究資料や魔導具の設計図を漁り、彼がいなくとも問題ないと証明しようと試みた。
しかし、彼の独善的なやり方では、アレンの持つ常識外れのひらめきや、ミリアの冷静で精密な解析能力を補うことはできなかった。
新しいプロジェクトは軒並み停滞し、成果は全く上がらなかった。
「なぜだ…!なぜこの私に、あの二人の真似ができないのだ!」
グラフトは研究室で怒鳴り散らした。
彼の苛立ちは募る一方で、部下の錬金術師たちを怒鳴りつけ、無理な実験を重ねるようになった。
それは裏目に出て、彼の独りよがりな研究は、さらなる失敗と、王都の資源の無駄遣いを招いた。
魔晄炉の不調は次第に王都全体に影響を及ぼし始める。
街の機能が徐々に麻痺し、市民の間で不安が広がっていった。
夜には魔導灯が消え、街は闇に包まれ、人々は恐怖におののいた。貴族たちの間でも不満が高まり、大臣は事態を重く見てグラフトを呼び出す。
「グラフト、これは一体どういうことだ!王都の機能が麻痺しつつあるではないか!」
大臣の叱責に、グラフトは冷や汗を流す。
彼は、アレンの才能を過小評価していたこと、そしてミリアの辞職を招いた自分の行いを後悔し始めていた。
しかし、今さら正直に告白するわけにはいかない。
「げ、原因はまだ不明ですが、早急に解決いたします」
グラフトはそう答えるのが精一杯だった。
アレンが築き上げた、誰もが当然だと思っていた便利なシステムが、実は彼の天才的な手腕によって支えられていたという事実に、王都の人々はまだ気づいていなかった。
この小さな亀裂は、やがて大問題となり、王都全体を巻き込む騒動へと発展していく。
グラフトは、自身の過ちを正すため、そして失われた栄光を取り戻すため、行方をくらましたアレンとミリアを追うことになるだろう。
彼の心には、次第に狂気じみた計画が芽生え始めていた。
「二人がいなくとも、私が全てを支配して見せる…!」
彼は、より強力な力を王都に供給するために、危険な古代錬金術に手を染めようとしていた。
それは、禁忌とされる危険な研究だった。
グラフトはもはや引き返すことができなかった。
彼のプライドと名声は、アレンとミリアの存在によって深く傷つけられていたのだ。
王都の地下深くにある彼の私的な研究室では、不気味な光を放つ魔石が脈動し、得体の知れないエネルギーがうごめいていた。
彼は、そのエネルギーを制御しようと、複雑な錬金式を組み、危険な触媒を次々と投入していく。
もしこの実験が失敗すれば、王都全体が壊滅的な被害を受けることは避けられなかった。
しかし、グラフトの狂気は、そんな理性的な思考を凌駕していた。




