10.新たな技術と新たな問題
アレンとミリアが協力して作り上げた魔導具は、村の生活を劇的に変えつつあった。彼らの個人的な「退屈しのぎ」は、村全体を巻き込む壮大な計画へと発展し、日々新たな発明が生み出されていた。
「アレンさん、この魔導具、もう少しこうすれば、もっと効率が上がりますよ」
ミリアはそう言って、目を輝かせながら設計図を書き換えていく。アレンの荒削りな発想を、ミリアは宮廷仕込みの精密な錬金術で完成させていく。彼女にとって、それは退屈な宮廷での研究とはまったく違う、純粋な探求の喜びだった。アレンもまた、彼女が心から楽しんでいるのを見て満たされていく。
「ミリアがいてくれて助かるよ。やっぱり一人じゃ限界があるからな」
アレンの言葉に、ミリアは嬉しそうに頷いた。二人の間には、宮廷時代とは違う、より親密で、恋愛に似た感情を伴う信頼関係が築かれつつあった。共にいる時間が、二人にとって何よりもかけがえのないものになっていた。
しかし、二人の研究は、新たな問題に直面する。彼らが作る魔導具は、その性能を維持するために定期的な魔石の補充が必要だった。王都から持ち込んだ魔石は残り少なく、このままではすぐに枯渇してしまう。
「どうしよう、このままではせっかく作った魔導具がただの飾りになってしまう」
アレンは頭を抱えた。村人たちの喜ぶ顔を思い浮かべるたびに、この錬金術がただの自己満足で終わってしまうのではないかという焦りが、アレンの心を蝕んでいく。村の人々の生活を再び不便に戻すことだけは避けたかった。
その時、二人の会話を耳にしたリリィが割って入った。彼女は、アレンが困っているのを見て、いてもたってもいられなかった。
「魔石が足りないって、どういうこと? アレンさんが持ってきた魔石は、もう全部使っちゃったの?」
リリィの素朴な問いに、アレンは優しく答えた。
「そうなんだ。もう残り少ない。実は、魔石は魔物の体の中にできるんだ。だから、魔石がなくなったら、魔物を倒して手に入れる必要がある」
リリィは初めて聞く事実に、驚きに目を丸くした。村人にとって魔物とは、畑を荒らし、家畜を襲う、恐ろしい存在でしかなかった。まさか、その魔物が、この便利な魔導具の材料になっているとは思いもしなかったのだ。
すると、彼女は不安そうな表情で言った。
「そうなんだ…。でも、魔物なんて、私たちには無理だよ…」
リリィの言葉に、アレンとミリアは顔を見合わせる。幼い頃から村に住むリリィにとって、魔物は決して立ち向かうべきものではなく、ただひたすらに避けるべき脅威だった。
ミリアは、そんなリリィの不安をよそに、研究者としての好奇心に駆られていた。
「宮廷の文献でも、魔石の採取には魔物の討伐が不可欠だと記されていました。危険な場所ほど、価値の高い素材があるものです」
ミリアの目が、再び研究者特有の冷徹な光を帯びた。彼女の心には、危険を冒してでも、未知の素材を手に入れたいという探求心が芽生えていた。
「わかった。村長に相談して、魔物の討伐方法を探ってみよう」
アレンはそう決意した。彼は、この小さな村で、宮廷では決して味わうことのできなかった、純粋な錬金術の冒険に心を躍らせていた。しかし、魔物をどうやって安全に討伐するかという新たな課題に直面し、二人はその方法について話し合いを始めた。
遠く離れた王都では、アレンとミリアの不在によって、静かに破滅へのカウントダウンが始まっていた。グラフトの狂気は、二人の天才を失ったことでさらに加速し、危険な古代錬金術に手を染めようとしていた。
穏やかな村の生活と、王都の暗雲。二つの世界は、やがて交錯し、物語を新たな局面へと導いていく。
 




