1.理不尽な宮廷の日常
アレンは、今日も宮廷錬金術師としての任務に追われていた。
王都内の魔法装置の調整、新薬の開発、さらには他の錬金術師の失敗の尻ぬぐいまで。降りかかる任務の重さは、もはや彼の肩では支えきれないほどだった。机の上には修理中の機材、未完成の資料、そして調合中の薬品が無秩序に積み上げられ、アレンの精神状態そのものを映し出しているようだった。
手元の試薬瓶を見つめながら、アレンは深く息を吐いた。夜更けの実験室は静まり返っているが、精神的な圧迫は限界に近かった。特に今日は、王命による調合で、軽微な失敗が発覚したのだ。
「アレン、なぜこんなことになったのだ!」
低く響く叱責の声の主は、直属の上司である宮廷錬金術師長グラフト。彼の分厚い眉間の皺は、不機嫌さを隠そうともしなかった。アレンの隣には、部下であり助手のミリアが立っている。栗色の髪をきっちりと結い上げ、冷静な眼差しで記録板を抱える彼女は、アレンの数少ない理解者の一人だった。
「私の指示を軽んじ、単独で進めたのではないか?」
グラフトは、責任をなすりつけるように言い放つ。
「いえ、それは…」
反論が喉までせり上がる。しかし、アレンはグッとその言葉を飲み込み、謝罪の言葉だけを並べるしかなかった。失敗の原因は明らかだった。グラフトの不正確な指示こそが問題だったのだ。だが、この場でそれを口にすれば、待つのはさらなる叱責と理不尽な罰だとわかっている。
視線の端で、ミリアがわずかに動くのが見えた。彼女がアレンを庇おうと口を開きかけたのを、グラフトは軽く手で制した。その仕草に、アレンは全てを悟った。グラフトは、彼女の前で自分を優秀に見せつけ、誰かを貶めることで地位を固める男なのだ。そして今、その役割を押しつけられているのが自分だった。
努力も工夫も認められず、結果だけで評価される日々。上司の思惑に振り回され、心を砕かれる。気持ちはどんどん沈み、錬金術への情熱は、乾いた砂のように指の間からこぼれ落ちていくようだった。
ふと、窓の外に目をやる。遠くに見える夜の賑わいも、今日はやけに疎ましく映る。
自分には、自由を楽しむ時間も場所もない。この塔に閉じ込められている限り、ただただすり潰されるだけだ。
自分もいつか...
静まり返った実験室で、アレンは寝不足の頭で、叶わぬ夢を起きたまま見ていた。