半年ぶりに飲む紅茶
──「アウラミライ侯爵学園」医務室 10/02/朝
私はイレミアの言葉を聞き届けた後も口を開かず──
ティーカップを持つ彼女の手に、ただ自分の手の平を重ね続けていた。
そうだ。私はイレミアに入れてもらった紅茶を飲むときは必ず彼女の手に触れてから、ティーカップを持つようにしていた……。
でもこの手は記憶の中にある冷たさよりも、さらに冷たい。
だから私は左手を彼女の親指側に沿わせて両手でイレミアの手を包みこんだ。
「学園生活はいかがですか」
「毎日揉め事続きで大変よ」
先に口を開いたのはイレミアだった。
「アマナ様の話はサフィ様から聞いていました」
言葉を続けながらイレミアは私の両手に右手を添える。
「あの子は医務室に良く来るのかしら」
「ええ、体調が悪くなったご学友に度々連れ添って」
「そう……」
お互いに両手を取り合ったまま再び黙り込む。
温かな沈黙が流れ──
少し経ち、
私はようやく紅茶を飲むことにした。
──「アウラミライ侯爵学園」教室棟廊下
あれからしばらくして"授業がなくなった"と語るサフィが昼過ぎに戻って来た。
朝会の後にまた来ると言っていたけれど教室で何十人もの聖女たちが倒れていたせいで、それどころではなかったのだという。
教師陣は大騒ぎしていたが原因は不明ということになったらしい。
学園内で聖女たちが大量に昏倒させられていたなんて大問題どころの騒ぎではない。
皇族や七大貴族の子息たちが通う以上、外部からの接触や侵入を遮断するために何十人もの手練れの騎士たちが警備隊として編制されている。
そのうえ選りすぐりの宮廷魔法使いが施した厳重な結界も施されている。
なのに生徒の身に何かあったとなれば本来は学園長のクビが飛ぶだけでは済まない話のはず。
七大貴族はもちろん、皇国騎士団と宮廷魔法師団も巻き込こんだ大事になるだろう。
そしてこの話は皇族の耳にも必ず入る。
はぁ……。
だから私は聖女たちに対抗することを我慢していたのよね。
だけど今回の件に関しては結局──
──「ここ最近は聖女同士による諍いが多発して」
──「そのたびにケガ人が出ていたから……」
──「今回の一件そのものを隠蔽しつつ」
──「生徒による揉め事の結果で起きた事故ということで学園側は話をまとめるようだよ」
とアレンが言っていた。
私のせいで担任の伊勢谷先生の責任が追求されたら忍びない。
そうならないように後で学園長に根回ししておきましょう。
まあ、そんなことはさておき。
「恩を売った大人を紛れ込ませておく……か」
私は放課後に廊下をひとり歩きながらつぶやく。
どうしてそんなことを思ったのやら。
そもそもイレミアは古くからの弟子で孤独な私にとって家族同然の存在。
恩を売る云々以前の間柄であり、私がイレミアのために何かするのは当たり前なのだ。
イレミアを良い地位に就かせたいとか、身内を学園内に紛れ込ませておきたいとか、そういった意図はあるにしても……。
さらに、いくらサフィの前で嘘を付くためとは言っても、なぜそんな思考が出てきたのか。
だけど、あのときは“本気でそう思っていた”。
──「アウラミライ侯爵学園」前庭
イレミアは、どうして私が彼女を推薦したのかわからないと言っていた。
それはサフィがいたから気を遣って私と近しい関係ではないかのように演じてくれたのだと思う。
きっとサフィから話を聞くうちにイレミアは私の機微を察してくれていた……はずだから。
それにしても、どうして入学以来、学園内でイレミアに会うことがなかったのだろう。
そして会いに行こうとも思わなかったのだろう。
サフィには忘れていたと嘘をつき、イレミアには"弟子から挨拶に来い"なんて養護教諭相手に無茶なことを半分本心で言ったのだけれど……。
本当に忘れていたわけではない。
ただイレミアの存在が"意識に上がって来なかった"のだ。
これは相当まずい。
入学以来、半年にわたって"何か"を仕掛けている名も知れぬ存在。
相手は私が知らない手段、私が知らない方法、私が知らない魔法で攻めてきている。
まあいいや。
なんにせよ──
「まずは作戦会議ね」