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年上の弟子

──「アウラミライ侯爵学園」医務室 10/02/朝


 サフィが部屋を出てからイレミア医師が口を開いた。


「それで?」

「ああ、都合が悪ければ説明しなくても構わないよ」


 さて、この人にはどこまで明かすべきか……。


「ちゃんと説明しますよ」

「あなたの助けが必要になるときもありそうですし」


「ははは、私がアマナ嬢の助けになる……ね」

「あなたが唱えた呪言についてだが」

「あんなものは聞いたことがない」

「私がアマルティマ家、もといあなたに師事した何年間もの時期を含めてもね」


 そう、私がイレミア医師の前で良い格好をしたいのは、これが理由。


 単純に私が師匠のようなことをしていた時期があったのだ。


 どうしてもそのときの感覚が抜けなくて、この人の前だと格好つけたくなってしまうのよね。


「たまたま私の教室で大量の聖女たちが暴れていることに気付きまして」

「そんなところにサフィが行ったら危ないから全員沈静化させたんですよ」


「相変わらず途方もないことを平然と言う人だな、あなたは」

「それにレテも使っていたようだから」

「他にも色々と仕込んでいたのだろう……」

「まあいい、ところで紅茶でも飲むかね」


 口癖が少し私に似ている。突拍子もなく話を切り換えるところも私に似てるわね。


 私が自分で自分のことを知る限りにおいては。


「はい。喜んでいただきますわ」


 今に至るまでこの人との交流を保ち続けているのは自分に似ているから?


 そんな変な理由で他人を気にかけることがあるのかしら。


 そもそも傍から見たら似ている要素なんて見当たらないはず。


 ともかく例のゼステノ侯の社交界で推薦する前から年少者の私が訳あってイレミア医師に闇魔法の手ほどきをしていたのだ。


 ちなみに初めて知り合ったのはもっと昔。


「学園の中だと一応は先生のほうが目上ですし……」

「私のことは、きみとか、アマナ君とか、そんな呼び方で構いませんよ」


「そうかね、アマナ君」

「私からすると七大貴族の令嬢なんてものは学園の内外問わず遥か高みにいると思っていたのだが」


 イレミア医師は緩やかな手つきで茶葉を用意しながら話を続ける。


「それに私のことなんて忘れていたのではないのかね」


 そういえば医務室に入ってきたときにも言っていた。


 "それに"と言った割には、この問いかけは前後の文脈がつながっていないわね。


 無理やり話を変えるほど、そのことを気にしているのかしら。


「そんなことはありませんよ」

「ただ師匠として見栄を張って挨拶に来なかっただけです」

「弟子から挨拶に来てほしかったので」


 これは半分嘘で半分真実。


 より正確に言えば、その話をしていたときは隣にサフィがいたから“この人が学園内にいることを忘れていた素振り”をしてみせたのだ。


 案外その手のことが絡むと私は演技が上手いのね。


 サフィが本気で私が忘れていたのだなんだと言っていたらの話だけれど。


 バレていないことを祈るわ。


「相変わらず難しいな、君は」


 心なしかイレミア医師のまとう空気がやわらかくなった気がする。


 年下の子どもに弟子だなんだと言われて気を許すとは、ずいぶんと稀有な性格の人だ。


「入ったよ」


 イレミア医師はソーサーがない真っ白で薄い陶磁器の天渕を左手で持って私に手渡してくれた。


 でも持ち手がイレミア医師のほうを向いていたので私は右手をかざし──

 彼女の人差し指から小指までの外側を沿うようにして受け取らざるを得なかった。


「穏やかな優しい香りですね」


 温かいカップに対して彼女の指は冷え切っていた。


「私は柑橘類が苦手だから……」

「ここにあるのは何も混ぜていない茶葉だけだよ」


 イレミア医師の指に触れるうちに彼女と過ごした日々の記憶が脳裏に甦る──




 この人に闇魔法の座学を叩き込んだこと。


 いっしょに魔法の修練に明け暮れたこと。


 何年間も寝食をともにしていたこと。


 この人が幼く孤独だった私の姉代わりになってくれたこと。


 この人が入れてくれた紅茶を数え切れないくらい飲んだこと。


 体温が低いこの人の手を握るのが好きだったこと。


 イレミアが──

 私にとって本当の姉と呼べる存在だったこと。




 イレミアが右利きだということも私は知っている。


 そして彼女もまた、私の弟子なのだから、その利き手を私が知っていることを分かっているのだ。






「イレミア、私はずっとあなたを待っていたのよ」


「私もアマナ様を待っていたのです」





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