聖女の抑止力
──「ミーティア・ハスク」大広間 10/03/夜
「そのときに私はアマナに」
「"本気出せ"みたいなこと言っちゃった」
まさかこういう方向性で本気を出すとは思わなかったんだって。
「"本気"?」
フランはどうにも私の話がピンときてないようだった。
それと同じく卓を囲んでいた面々も微妙な表情をしている。
ただひとり、レヴィアを除いて。
「ヒスイさんはどうして、この国が貴族派と皇族派で」
「東西や南北に割れていないのだと思いますか?」
レヴィアは急に突拍子もない話を振ってくる。
でもこれは関係がある話なんだろう。
「さっきお前やフランが説明してくれたような理由があるからだろ?」
「そうですね、しかもそのうえ」
「貴族派と皇族派で分かれていても」
「それぞれの家で政略結婚が1000年以上続いてきた結果」
「我々の世代では最早、誰もが血を分けた兄弟姉妹なのです」
レヴィアが言う兄弟姉妹は実際にはもっと広い意味な気がする。
「血縁っていう意味でも身内なのは私も知ってるよ」
さっきの話であった汚い金のコネクションだけじゃないのは分かる。
文字通り"血"のつながりなんだ。
「ですがそれだけが内戦が起こらない理由になるのでしょうか」
「あなたがいた世界でも血を分けた諸侯や王家が骨肉の争いを繰り広げていたはずです」
「そうだな」
私はあんまり知らないけど、たぶんそう。
「軍事貴族複合体が立ち上げられたときも」
「なぜ国が二つに割れるような戦争にならなかったのでしょうか」
「うーん、なんで?」
私は知識がなさすぎて、まったく察しがつかなかった。
「あなたはお昼に"皇族派に加担するメリットが薄い"」
「そういった主旨のことを言ってましたよね」
「ああ、言ってた」
私は段々とレヴィアがどこに話を持っていきたいのか察しがついてきた。
「実際、学院派どころか学院の人間そのものであるエストランスにしろ、フランにしろ、貴族派と組んでたほうが都合が良いんだもんな」
「そうじゃな」
「あやつの研究の大部分が貴族の加担なしでは進められんからのう」
「じゃからエストラの"導きの子ら"は表向きには軍事貴族の兵隊として各家に協力しておる」
「裏向きには皇族派の中にも紛れ込んでおるがのう」
「お前が貴族派……ってか学園長なんてやってレヴィアとズブズブな理由は?」
「はん、なんでわしがここで明かさないといかんのじゃ」
「まだ秘密じゃよ」
「第三者から伺える動機を言ってしまえば」
「フランさんは聖女と個人的なつながりを得るために学園長をやっているのですよ」
「おい」
フランが低い声を上げた。
「ちなみに私とズブズブな理由は秘密です」
「他人の事情は明かしておいて自分は秘密ってお前……」
「それはともかくフランと聖女との個人的なつながりっていうのは私みたいなやつのこと?」
「ふふふ……ヒスイさんは例外的な元聖女ですけどね」
「あなたの活躍には異世界聖女の力が関係していたことなんて」
「ほとんどないのですから」
それは本当にそうだな。
私はこの世界に転移してからも魔力なんてものは備わらなかったし、ギフトも私の個人的な感情にしか役に立たないものだった。
結局は前の世界でも周囲に避けられていた原因の腕っぷしだけが、この世界で役に立った。
でもあのギフトがあるときは、かなり気がラクだったな……。
「それにしてもフランがイフィリオシア家に聖女を引き入れるため、じゃないんだな?」
たぶん芽衣とも話したばっかりの"真の聖女"関連の理由なんだろう。
「ええ、そうです」
「しかしそれはイフィリオシア家が特殊なだけであって」
「生粋のイフィリオシア家の人間以外には関係がない話なのですよ」
「とくに外様の成り上がりでイフィリオシア家に加わったフランさんにはね」
「おい」
またフランが低い声を上げているがレヴィアは素知らぬ顔をしていた。
「ああ、お前が全体的に言いたいことが分かったよ」
「皇族派に加担したり、うちの学園の関係者になったりしておくと」
「家系に聖女を引き込むチャンスが増えて」
「その血を取り入れることができるわけだ」
「もちろん聖女が子を成せなかった場合でも」
「家門に聖女がいるということは非常に大きな意味を持ちます」
ふうん、ってことは……。
「基本的に宮廷魔法師団とのつながりを作れる皇族派にならないと聖女を引き込みにくい」
「その一方で貴族派に加担して貴族が持つ甘い汁を吸うと、その代償に聖女とのつながりができにくい」
「だけど例外的な抜け道がアウラミライ侯爵学園ってことか」
皇族派だってシンプルな甘い汁がないわけじゃないんだろうけど今は話がややこしくなるから聞かないでおこう……。
「ええ、そのためにもフランさんは学園長をやっているのです」
「つまりフランさんはイフィリオシア家にこだわっていない」
「あと200年か300年くらい長生きした後は自分で集めた聖女の血脈で」
「フランさん独自の派閥を作る気なのでしょう」
「あくまで私の予想ですが……」
「おいおいおい、勝手に言わせておけば……」
私はフランの抗議の声を気にせずに話を進める。
「貴族派を維持しながら聖女とのつながりを作れる……」
「そのせいで誰もが学園の運営側に加わりたくて」
「それが繰り返されて何百年も積もっていくうちに」
「どんどん教師連中の社会的な地位が高くなっていったわけだ」
「あぁ~、そういうことだったんですね~!」
「ようやく学園の講師になったときに周りが妬んでた理由が分かりました~」
しばらく黙っていたルドミラは呑気な声で頷いている。
「お前さん、そんなことも分からずに学園に入ったのかい」
ギリエラは、そんなルドミラの様子を見て呆れた顔をしていた。
「だって学園長に、いつの間にか講師のポストを用意されていたんですよ~」
「お主の前任者は神経がまともじゃったからのう」
「聖女の横暴さに辟易してやめてしまったんじゃよ」
そういう旨味があってもやめるくらい聖女の態度は酷いわけだ。
私からすると、そこまででもないけどな。
馬鹿なガキどもであることは事実だけど。
「皇族派になって家に引き入れる云々で言うなら聖女以前に」
「皇子や皇女とのつながりができるのも大きい気がするけどな……」
「そこは割合の問題ですね」
「単純に聖女のほうが的が多いのですよ」
「当てやすいほうを狙いに言ってるだけの話か」
まあ極論、聖女と皇族の両取りができたら最高なわけだ。
「それに、そのメリットは貴族派でも同じことが言えます」
「あぁ……お前とかアマナとか」
「七大貴族の直系っていうのは余所のやつからしたら」
「皇女と同じようなもんか……」
なるほどな……。
じゃあ、ますます学園に肩入れする価値は高い……。
「学園にいれば聖女、皇族、七大貴族の一石三鳥もあり得るってことか」
全員と政略結婚なんて出来ないにしても人脈は築けるわけだ。
「そういうことです」
それでここまでが前フリと……。
「ふうん、そういうことか……」
「え、ヒスイさん今ので分かったんですか~?」
ルドミラはポカンとした顔で私に尋ねた。
「何百年も聖女の取り合いを色々な家がしてきたから」
「聖女の血も色々なやつらに散ってるわけだ」
「そして今の世代でも色々な家に現役の聖女がいる」
「もちろん皇帝直轄の宮廷魔法師団が召喚をしてるだけあって」
「皇族派は、つねに聖女に恵まれている」
「要は、なんだかんだ"どの勢力も聖女を持って"るんだ」
私は、わざと聖女を物みたいな言い方で表現して話を締めた、
さっき芽衣とした会話が頭をよぎる。
アマナの恋の抑止力にサフィがなってるとかいう話。
「莫大な魔力とギフトなんぞという訳の分からない力を持った聖女を、じゃな」
フランが私の話に合いの手を入れた。
私はルドミラとギリエラに聞こえないように腰をかがめてフランに耳打ちする。
位置的にレヴィアにも聞こえちゃうけど、こいつも多分"深く知ってる側"の人間だろ……。
「……"核抑止"ってこと?……」
私は弟との会話で覚えた中途半端な知識にある単語をフランに囁いた。
「……そうじゃ……」
「……聖女はそれぞれが核弾頭みたいなものなんじゃよ……」
「だからこの国は1000年以上にわたって割れていないのだと」
「私は考えています」
具体的な単語は出ない説明だからか、レヴィアが耳打ちせずに話をまとめた。
はぁ……それだと学園の教室っていうのは、とんでもない空間になっちゃうな。
アウラミライ侯爵学園が"爆心地"だと感じた私の考えは最悪の方向性で文字通りの意味……。
それどころか学園は核ミサイルの製造地みたいなものだった。
芽衣がやってきたことを考えれば、それが良く分かる。
20万の生き物を一発で吹き飛ばす。
それはまさに核爆弾みたいな力だよな。
あいつが規格外ってこともあるけど、ほかの聖女でも千や二千の人間を一瞬で消し飛ばすことはできるはずだ。
「う~む、わしも改めてこの話をしてみて」
「お主の言った"本気"というのが呑み込めたのう」
「確かにアマナは"本気"じゃ」
レヴィアはここまでの説明を私にすること込みで話を振ってくれたのか……。
持つべきものはなんとやらだな……。
「アマナが聖女を持たない状態で動く」
「それはつまり"無干渉"を強制されているアマナがパワーバランスを乱さずに動く」
「"本気"で事態に向き合う気がある」
「そういうことを意味してるんじゃろうな」
私はアマナが恨みつらみで聖女を引き入れてないのだと思ったけど、それは明確な専守防衛の姿勢を見せるためだったんだ。
なんでアマナの家が"無干渉"を強制されているのか、私はまだ知らない。
それ以前に根本的な疑問としては"無干渉"じゃないといけないアマナが、どうしてヤバい聖女まみれの空間に入ることになったのか、私には分からなかった。
でもきっと何か理由や目的があるんだ。
それを「把握してない私や学園の運営側は杜撰過ぎないか?」とも思うがフランも知らなそうだし、アマナが隠すに足る理由があるに違いない。
つまりアマナは"入学"したんじゃない。
アマナは学園に"潜入"したんだ。
私は「無干渉なら潜入とかするなよ」とも感じながら、そんなことに今さら思い至った。
……"無干渉"の体裁は保ったままでいられるように目的を隠してるんだろうな。
「なあ、あいつらって家系に聖女がゼロだったりする?」
「ええ、そうです」
「従姉妹の従姉妹の従姉妹や大昔の祖先まで辿ればいるかもしれませんが」
「基本的に現在の近親者にはいません」
私がヤバいと感じた連中は、ある意味ではヤバくない穏健なやつらだった……。
非核武装の状態で聖女と渡り合うための人選。とくに聖女のことをなんでも知ってそうなアンダイトがキーパーソンなんだろう。
「そうか……」
「私はあの面子がいることを聞いたとき」
「アマナさんがどのような条件で選んだのか察しがついていました」
「流石にお主は聡いのう」
「政争ばっかりしているのに」
「こんなことにも察しがつかないから、あなたは成り上がりきれないのです」
「はん、オストロムンドの当主に言われたら耳が痛いわい」
「ですが本職ではないのですから仕方ありませんよ」
レヴィアが変なフォローをしていた。
そもそも大学みたいなとこの学部長が本職なんだからフランは政治屋じゃなくて研究者なわけで……。
良くもまあ学部長と学園長を兼業なんてできるもんだ。
そういえばエストランスは首都魔法学院の塔に籠もりっきりで出張ってきてるのは影武者って話だし、下手したらこいつも……。
「高貴なる血を持つ紳士淑女の諸君」
私が余計なことを考えていると魔法か何かで増幅されたリセの声が大広間に鳴り響いた。




