アマナの人脈
──「ミーティア・ハスク」大広間 10/03/夜
「う~む、ついでに他の卓も見とったが大体わかった」
長いあいだフランが唸ってると思っていたら、ほかの連中のことも覗き見してたらしい。
「とりあえずお主に説明しとくとじゃな」
「まず並んどるアマナとイレミアのすぐ横にいたのは精鋭異端審問官じゃな」
「精鋭異端審問官?」
聞くだけでヤバそうな感じだ。
「言うなれば殺しと拷問の免許を持った異常者じゃよ」
「アンダイト・ルフス」
「表向きは司祭じゃが」
「実際には国内の異端信仰者を狩りまくっとる」
「懐かしい名前じゃないか、お師さん」
ギリエラはどうも因縁があるっぽいな。
「わしも夜会で見たのは久しぶりじゃな」
「異端狩りとはいえ人数を殺りすぎて」
「ここ最近は表舞台に出られなくなっていたんじゃがのう」
「やっぱそういう系か」
「お主は顔を見ただけで良く分かったのお」
「あやつは偽装のプロでもある」
「普通のやつは一目見ただけでは朗らかな司祭としか思わんのじゃ」
「司祭ってことは国教会の人間?」
「平時はな」
「戦時下じゃと軍事貴族の比重が強くなる」
「国教会より貴族の過激派が異端審問のお墨付きを与えとるんじゃよ」
「貴族の中にも色々あるんだな」
「当たり前じゃ」
お墨付きねぇ……。
「二人目はエストランス・マンサ」
「貴族派の汚い金を資金洗浄して国教会に流しとるやつじゃな」
「周りからの異名は"殺しの教導者"」
その手のやつはこの世界にもいるんだな。
私は弟から昔聞いた死の商人の逸話を思い出しながら聞いていた。
「わしもそれなりに付き合いがある」
「おいおい」
「あやつは数多くの孤児院も支援しとるからな」
「表向きは慈善事業家として評判が良いんじゃよ」
「ちなみに慈善事業の中で孤児院支援を選んでる理由は?」
私は察しが付いてるのに聞いてしまった。
「お主の心配には及ばん」
「アマナの知る範囲ではエストランスが孤児を変なことに使ったという話はない」
あー、良かった。
殺しはまだしもアマナの知り合いにそれ系がいるのはちょっとな……。
「それもまたエストランスが荒稼ぎしても周囲から目の敵にされない理由の一端じゃ」
「要は軍事貴族の兵隊育成担当なんじゃよ」
「それで"殺しの教導者"か」
「エストランスの兵隊は"導きの子ら"と呼ばれとる」
「倫理的にもしっかりした教育が施されとるわけじゃ」
「戦勝地への略奪は余程のことがない限りやらん」
「じゃあ他の家にもそこで育った連中がいるわけだ」
「うむ、かなり多い」
「しかも質が良い」
「大陸戦争のときはアマナの部下にも多かったじゃろうな」
「うわ~……怖い話ですね」
「国の裏側って感じ」
ルドミラはリアクションの割には落ち着いた顔をしている。
「この程度は裏側でもなんでもないわい」
「せいぜい路地裏の入り口くらいの話じゃよ」
「二人は男側がアマナの古株じゃな」
「女は連れじゃ」
「三人目は?」
「そっちは逆に女側がアマナの知り合いじゃろう」
「それに比較的、清廉潔白な知り合いじゃ」
「ミドベクティア・シルトラーナ」
「でも私が見た感じだとヤバそうだったけど」
……女側がアマナの知り合いか。
「それは家や業績よりもミドベクティア個人の資質じゃろうな」
「わしは妙な噂を聞いたことがない」
「お主の類まれな洞察力でだけ感じ取れる真に隠れた異常者なんじゃろう」
「ミドは私の知り合いでもありますね」
「彼女は七大貴族に顔が広いのですよ」
「お前から見てどう?」
「まず平民の命はなんとも思っていないでしょうね」
「ですがそれはこの国では珍しいことではありません」
「ヒスイさんの印象に私は察しが付きますが……」
「人前で言うのは少しためらってしまいますね」
どんなやつなんだ……。
「気になるわねぇ」
「それはともかくシルトラーナって家名は私の教室にもいるわよ~」
「うむ、単純に縁者が多いんじゃよ」
「それにシルトラーナ家はイレミアの祖先が出入りしていたこともある」
「どっちかっていうとイレミア寄りの知り合いなのか」
「そうかもしれんの」
私は少し安心した。
「翡翠が見た将校の顔見知りって誰がいるの?」
美結が私に問い掛けた。
次の男でも探す気かな。
「魔王討伐の旅で世話になったやつらで……」
「あの中で一番縁があったのは少将をやってるやつだったかな」
「ケイヒェン・アダーゲートって名前」
「中間名は忘れた」
「もう爺さんだよ」
「あら、残念」
「ケイ卿か」
「まるでクーデターでも起こしそうな面子じゃな」
「けっこうヤバいの?」
私の記憶では温厚な爺さんだった気がする。
「本人の人間性はともかく」
「むしろ本人の人間性が良くて人望が篤いからこそ危険じゃな」
「あやつが本気で兵隊集めをすれば」
「ニ月も経たずに10万人は有志が集まるじゃろう」
「軍事貴族の重鎮なんじゃよ」
「彼個人の私兵も数が多いですからね」
「1000人くらいは即座に動かせますよ」
「そんな大勢に慕われる人間ってのはすごいな」
「……今にして思えば、なんで国の軍隊でもないのに」
「少将とかの階級があるんだ?」
そもそもケイヒェンとつながりがあった当時の私はヘルメス皇国の軍人なんだと思ってた。
「七大貴族が金を出し合って作ったのは"アダスブルグ"と言うんじゃ」
「貴族派の戦争屋が組み上げた軍事貴族複合体」
「つまり七大貴族がヘルメス皇国の中に別の小国を作り上げたようなもんでのう」
「それで階級があるんじゃよ」
「明らかに私がいた世界の軍産複合体をもとに設計されてるな」
「皇国騎士団は?」
「そっちはナチュラルに発展した組織じゃからな」
「お主がいた時代を参考にした階級だのなんだのはない」
「騎士団長を頂点として諸侯が各領地の兵士を引き連れとる」
なんか予想していた以上に貴族派のほうが優勢っぽい。
聖女の存在を無視すればの話だけど。
「皇国騎士団が近代化されてないのは、わざとっぽいな」
私は芽衣との会話を思い出しながら口を挟んだ。
「そうじゃな」
「この国は意図的に文明の発展を遅らせとる」
「それならアダスブルグ?を作ったりしたらヤバいんじゃないの?」
「実際そのときは内戦一歩手前までいったらしいんじゃが」
「なぜか国が二つに割れることはなかったんじゃ」
「お前にしては珍しく曖昧な物言いだな」
「なにせわしが生まれる前のことじゃからのう」
随分と大昔の話みたいだ。
このへんは、まだまだカラクリがありそうだな……。
そういえば他にも気になることがあるんだった。
「イレミアのエスコート相手なんだけどさ──」
「お主には隠してもしょうがないから言っておく」
私が言い終える前にフランが口を開いた。
「あれはパドレの従兄弟じゃよ」
「名をマグワイアと言う」
「わしの学部で手を加えたそれなりの期待作でもあるんじゃ」
「魔法応用生物学部って、そういう……」
魔法で人体改造しちゃうぜ学部ってことか。
「てっきり私は魔獣とか世話してるんだと思ってたよ」
「お師さんの外見を見ればわかるだろう」
「逆に私は魔獣が多いのさね」
だからギリエラは若作りしてないんかね。
「それぞれ得意な方向性が違うわけか」
「でも私からしたらパドレのが化け物じみてるけどな~」
「くふっ」
「くす……くふふふふ」
フランが気味の悪い笑い方をしていた。
なんだなんだ。
「お主はやはり目が高いのお!」
「そうなんじゃよ~!」
どうやらパドレを化け物扱いされて喜んでるみたいだった。
「学部の連中もギリーを含めて分かっとらんからのお」
「私は各自の運動性能を評価してるだけさね」
「パドレの理念は分からんでもないんだが」
「うむ、逆にそういう評価や環境がパドレの知性と信仰心を育んだのじゃ」
「結果オーライというやつじゃな」
「あいつの弁舌みたいなのは人為的なものってこと?」
「ある程度はな」
「そこから先はあやつ自身の資質じゃよ」
「話は変わるんじゃが」
そこまで言ってフランは一息ついてから続きを話した。
「マグワイアはわしが送り込んだからともかく……」
やっぱそうか。
イレミアも大変だな。
「戦争中でもない平時で連中が結託しとるのはマズいのお」
「確かにヒスイが言う通り"ヤバい"卓じゃ」
「シルトラーナ家の主催する互助会"風の連団"は相当な規模ですからね」
「全員が人死慣れしているわけではありませんが」
「誰もが風魔法のエキスパートです」
「何かあれば家系の者も含めて相当な人数を出せるでしょう」
「それにアンダイトも私らにしてみればロクでもないが」
「初代聖女信仰の正統教義には則っているわけだしねぇ」
「信心深い連中からすれば真っ当なやつか」
「ええ、あなたの御国で言うところの"徳が高い"人物ですね」
私の疑問にレヴィアが説明を買って出た。
「現時点で死後は守護聖人として祀り上げられるのが内定済み」
「それほどに誉れ高い狂信者なのですよ」
「彼が旗を上げれば国教会の過激派も穏健派も問わず」
「貴族側の聖女原理主義者も加わるでしょう」
「そのうえ騎士修道会もかなりの人数です」
「エストランスは?」
「手駒だけで言っても2万は堅いのお」
「やつの場合は各地に散っとるから三月から六月は兵隊集めに時間がかかるじゃろうが」
「彼女の場合はむしろそれが優位性となっています」
「各地と各家に"導きの子ら"が散っているために」
「いくらでも情報を集められるのですから」
彼女?
エストランスは中年の恰幅が良い男にしか見えない。
「そのせいで、どの家も今やエストランスに手出しできんくなってもうた……」
「あと今のうちに種を明かしておくんじゃが」
「今いるエストランスは影武者なんじゃよ」
「本物は首都魔法学院の塔に引きこもっとる」
「はぁ?」
「ややこしいな……」
でもレヴィアの言葉の意味は理解できた。
「うへぇ、なるほど~」
「さっきからエストラ学部長と名前がいっしょだなと」
「不思議に思ってたんですよね~」
「何学部なんだ?」
「考古学部じゃ」
「この国の土地は辺境に行けば行くほど」
「七大貴族の遠隔領地ばかりになる」
「じゃから遺跡の発掘作業は貴族に取り入るのが基本……」
「それであいつは金が必要と」
「袖の下なしで遺跡を調べたりすると貴族に門前払いを食らっちゃうわけだ」
「そうじゃ」
「しかもエストラが貴族派から資金洗浄した金は首都魔法学院にも流れとる」
うわぁ。
「……お前は?」
「わしはまだ癒着が少ないほうじゃ」
「エストラが囲っとる貴族連中に限って言えばじゃが」
癒着も何もフランの真隣にはレヴィアがいる。
「もとよりわしはアウラミライ侯爵学園側のルートで貴族とズブズブじゃからな」
「でもエストラとの関係はゼロではない?」
「わしとエストラは持ちつ持たれつじゃ」
腐った国だな~。
「この人が勝手にオストロムンド家の情報をエストラさんに流したりするから」
「私はいつも困っているのです」
レヴィアが大して困ってないような口調で言った。
「その代わりエストラ経由のエミドガルシア家の情報をお主に流しとるじゃろがい」
「あぁ……だからさっき、お前は人ん家の財布に詳しかったのか」
「そういうことですね」
「私がお昼にあなたに言った"グル"というのもこういうことです」
「すべての勢力が今晩のような社交界を通じて入り乱れ」
「結局は全員が共犯の片棒を担いでしまうので」
「お互いに突っつき合えない状態なのですよ」
汚い金で膨らみきった風船を突っつくと破裂した中にいるのが身内かもしれない……そういう感じかな。
「ありがと」
「大体わかったよ」
「わしには礼のひとつも寄越さんくせに」
「レヴィアには甘いのう」
「いやいや、みんなありがたいって」
「まあ、それはともかく……」
「話だけ聞くと──
あの卓は"かなり揃ってる"な」
「無論じゃ、信仰、情報、魔法使いの質、頭数」
「それぞれが担いつつ各自の専門性も高い」
「勢力のバランスも、国教会、学院派、貴族派、軍事貴族複合体と非常に良い」
「明らかにアマナが"選んで集めた"人材じゃ」
「皇族派はいない……」
「念の為に聞いときたいんだけど」
「駒を動かす側にとって基本的に聖女は皇族派だよな?」
「そうじゃな」
「今の学内の派閥対立は聖女たちの個人的な嗜好であって」
「原則として宮廷魔法師団が聖女まわりの利権を管理しとるからのう」
聖女個人は頑なに引き入れないあたり、この半年間に積もったアマナの聖女に対する恨みつらみが伺える……。
私はうっすらと背筋が寒くなるのを感じた。
やっべ……昨日のアレが原因かも。
「大陸戦争が終結して1年になる」
「戦後のアマナはああいう連中とつるんでなかったんじゃがのう」
「なーんで急に……」
フランは私の顔をジロリと見上げた。
「お主……」
「なんか隠しとるな?」
「か、かくしてないよ?」
今日は朝からこんなふうに詰め寄られてばっかだな……。
「いま言っておけば後がラクですよ」
レヴィアまで詰めてきた。
こいつが聞きたがるなら言ってもいいか。
「わかったよ」
「ぶっ倒れた聖女たちの説明をしたときに言ってなかったんだけどさ」
「その後にアマナから相談されて……」
「はん、アマナが生徒を昏倒させたことくらいは、わしも分かっとるわい」
「えぇ~?」
「そうだったの?」
フランと美結は正反対の反応だった。
「そのときに私はアマナに」
「"本気出せ"みたいなこと言っちゃった」
まさかこういう方向性で本気を出すとは思わなかったんだって。




