晩餐会のマナー
──「ミーティア・ハスク」大広間 10/03/夜
「"ヤバい"?」
「どういうことじゃ」
フランは私の表現を真似して聞き返した。
「あー、なんていうか……」
「アマナはおるんか?」
「いる」
「イレミアも」
「後は軍関係者……」
この世界には皇国騎士団とは別に軍隊がある。
私が前いた世界の軍隊を真似たような階級制のしっかりした現代的な組織だ。
といっても貴族側の私兵だから正確には民間軍事会社みたいな言い方が正しいのかもしれない。
だから兵士の総数でいえば皇国騎士団よりは遥かに少ない。
このへんは、それこそ教師になるときにフランから聞いた覚えがある。
「私も顔見知りの将校が並んでる」
「つまりアマナの昔馴染みじゃな」
「ギマランの肩身は狭いじゃろうが」
「お主が"ヤバい"と言うほどかのう?」
「いや、ほかのやつらがなんかすごい」
「私の知らない男と女が3組ぐらいいるんだけど」
「明らかに普通じゃない」
「……ったく、夜会で魔法は御法度なんじゃがのう」
「行儀は悪いんじゃが仕方ない」
「レヴィア、ちょっと」
「私ですか……」
「お主なら周りに感知されずにできるじゃろ」
「ひとつ貸しですよ」
「ガメついやつじゃなぁ」
小言を言い合いながらフランはレヴィアの近くに寄っていく。
そして私の陰で向こう側から見えないようにレヴィアのへその前あたりに収まった。
するとレヴィアは指で輪っかを作ってフランの顔の前に持っていく。
「う~む、あれは……」
フランはひとりで、うんうん言いながら唸っていた。
「何してんの?」
「私の手に擬似的な望遠レンズを作っているのですよ」
「この屋敷内には遠視の魔法が周囲に気取られやすい仕組みができています」
「へえ」
「妙な感覚があると思ってたけど、そういう結界かなんかだったのか」
「結界~?」
「そんな感じしませんけどね~」
「教授はどうですか?」
「私も分からん」
「それ以前に魔法による結界ではないようだねぇ」
「だがヒスイには分かる」
「えっ、魔法じゃないの?」
じゃあ、なんだっていうんだよ。
「レムノルミニア家の秘伝みたいなものらしい」
「まあ、戦争屋だからねぇ」
「この手の覗き見や盗み聞きを防ぐのにご執心なのさね」
「私の経験上、各家に伝わる秘伝は具体的な方向性がある魔法に感応します」
「ふうん……」
「しかし私が体内で僅かな火の魔法を使い」
「手先の温度を上昇させるだけなら感知されません」
「そもそも何かを見るための魔法ではないのですから」
「なんで温度を上げると遠くが見えるんだ?」
「指の熱を空気中の水分と反応させて湯気を作り」
「それを風の魔法で整えることによって焦点可変レンズを作っているのです」
「あなたがいた世界を知る魔法使いはヴェイパーレンズと呼んでいました」
「簡単に言えば蜃気楼の応用ですね」
「うひ~、流石はオストロムンド家のご当主」
「良くそんな器用なことができますね~」
確かに蜃気楼を起こす用途なんていうのは本来であれば"覗き見"の真逆の概念だろうしな。
私だと相手の視界を奪うような見せないための使い方しか思い浮かばない。
「それなら水の魔法でレンズを作っちゃダメなの?」
「恐らく水の魔法で直接光を屈折させると」
「レムノルミニア家の秘伝に引っ掛かってしまい」
「周囲の人間に魔法を使っていることがバレます」
「なるほどな」
「それってもっと突き詰めればなんでもできるんじゃないか?」
「いえ、これは謙遜ではなく私はこういう細かいことが苦手なのです」
「大気を応用した他者に察知されない魔法であれば」
「それこそアマナさんのほうが得手としているはずですよ」
「アマナさんってすごいのねぇ~」
「だからギマランがエスコートしてるのかな~?」
美結が呑気なことを言う。
だが意外と核心を突いているのかもしれなかった。
「そういえばギマランって皇族の中で武闘派なんだよな」
「そうね……」
「なんでしたっけ、レヴィアさん」
「"戦火のギマラン"ですね」
レヴィアは短い問い掛けだけで美結の意図を察して答えた。
「彼は今世代の皇子の中でただひとり」
「戦争で立てた武勲によって皇位継承権を上げた実力者です」
「戦火を広げてるから"戦火のギマラン"か」
「巻き込まれる庶民からしたら迷惑なことこのうえないな」
「はぁ……大陸戦争で"皇国の魔女"とか言われてたアマナとお似合いかもな」
「……"最強の聖女"と謳われるあなたも十分アマナさんにお似合いですよ……」
レヴィアが私に顔を寄せてボソッと呟いた。
ため息の理由どころか私の気持ちまで見抜かれている。
こいつは本当に察しが良いやつだな……。
「う~む、ついでに他の卓も見とったが大体わかった」
長いあいだフランが唸ってると思っていたら、ほかの連中のことも覗き見してたらしい。




