魔女の処刑場/名門学園
──「アウラミライ侯爵学園」医務室 10/02/朝
入学してからの半年間、私はよく我慢してきたと我ながら思う。
本当だったら、もっと早く聖女連中をシバき倒していたはずだ。
それだけ毎日毎日、騒動に巻き込まれていたし、そのほとんどに命の危機がつきまとっていた。
そして今朝の夢の中で、ついにそれが私の死として結実した。
私が2回死んだのは夢の中の出来事だ。3回目の死からはもっと酷くなる。
無数の死を経験し、夢に抗えなくなったとき、死んだ夢の私と同化したとき、
現実の私も死ぬのだろう。
もしくは限りなく現実に近い見立ての中で私が死んだ。
類まれな文筆家に書かれた物語で、天才役者に演じられた劇中で、
私自身が“演じさせられた”現実の最中で。
これは誰かが私に仕掛けた呪い。呪いとは見立てだ。
たとえば人形を人間に見立て、壊す、燃やす、念じる、祈る、崇め奉る。
その中でも最上の呪いは人を人に見立てること。
呪う相手本人が相手自身を呪うようになってしまえばそれが一番いい。
同級生に何かあればサフィが悲しむ。彼女を悲しませないためにも聖女連中を野放しにしていた。
聖女をどうにかしようと思うたびにサフィの顔が脳裏をよぎり、私がうまく切り抜ければいいだけの話だろうと自らを呪う日も数えきれないほどあった。
だけど──
サフィが巻き込まれるなら、もう悠長なことは考えていられない。
呪いで誰かを殺すためには結局、見立てたものを殺し切るしかない。
今回はそれが私自身だったということ。
学園内の流れを扇動している何者かがいる。
聖女たちのテリトリーをかき乱しているのは私を殺すための次善策なのだろう。
ただ、本当に私をどうにかしたいのだったら──
狙っていることがわからないように他の生徒も殺して狙いをバラつかせておくべきだったわね。
そもそも舞台ができすぎているのよ。
聖女に溢れた名門学園。聖女にまみれた学級。聖女は誰もが圧倒的な魔力の聖魔法を扱える。
そんな女子生徒たちが、つねに騒動を起こしている。
お互いに聖女だから大丈夫だと加減もなしに聖魔法を打ち合っている。
まるで闇魔法の名家の令嬢たる私を殺すために築き上げられた処刑場だ。
この半年間、サフィと毎日過ごせていたこともあって、だいぶ勘が鈍っていたけれど、
やっと頭が冴えてきたわね。
ここまで状況を自覚できていれば術中であろうと問題ない。
私がこんなにも隙を晒すとは少し色にボケすぎていたのかも。
そこまで考え至ると同時に私は"レテ"を解除し、すかさず自由になった口で呪言を唱える。
「──女神の眠りを蝕み給え。陰よ、陰よ、陰よ」
声にもならないような声だったのだけれど目の前のイレミア医師はこちらに視線を寄こした。
サフィがいないときにいくらでも説明するから、どうにか黙っていてくれないかしら……。
ここまで自問自答しているあいだに聖女たちの位置は魔力をもとに捕捉済み。
そもそも教室にいることはわかっているから捕捉する必要さえなかったのだけれど、ひとつ前の夢と同じシチュエーションだとは限らないし、用心するに越したことはない。
そして視認せずに教室全体を包み込む破壊を伴わない闇魔法を放った。
すでに中は何もかもが静寂に包まれているはずだ。
そう、本来は異世界聖女ごとき、文字通り勝負にならないのよ。
魔法がどうこうという問題ではない。事を起こすにあたっての考え方が根本から違うのだ。
だからこそ今回の呪いの元凶は厄介ね。
相手は少なくとも私と同じ領域まで肉薄している。
2回死んだのはノーカウント。サフィを助けるときはテンパってまともに動けないのだから。
「朝の会が終わったら、また様子見にくるからねー」
サフィは医務室の扉の前までたどり着いていた。
「ええ、助かるわ」
私は思わず笑顔で言葉を返す。