お勉強しといてるよ
──「ミーティア・ハスク」大広間 10/03/夜
「もっと悪くなるとはどういう意味なんじゃ?」
サフィとパドレを見送り、一段落してからフランが口を開いた。
「私が真面目に一晩考えても解決してないから」
「一晩?」
ギリエラは呆れたような顔で私を見ている。
「もっと真面目に考えんかい」
「と……言いたいところじゃが」
「お主が一晩ちゃんと考えても分かんないもんが他の人間に分かるはずもないでな……」
流石にフランは付き合いが長いだけあって私の言うことを良く理解してる。
「え~、そりゃヒスイさんには分かんないでしょ~」
「だってバ──」
「あ、痛っ」
ルドミラが何かを言う前にレヴィアが脇腹をつねって黙らせていた。
「ルドミラ、お主なーんも分かっとらんようじゃな」
「このデカいのは図体がデカいだけではないんじゃよ」
「脳みそもデッカいんじゃよ」
まるで自分のおもちゃを自慢するかのようにフランは得意げな顔になっている。
だとしても、なんだその表現。
「あぁ……今日も調べに来ていましたよね」
「聞きそびれていましたが収穫はありましたか?」
「いや、ぜーんぜん」
「ほら、やっぱバ──」
「おごッ」
今度は、つねるどころかレヴィアがルドミラの脇腹に肘鉄を入れていた。
よっぽどレヴィアは私を馬鹿呼ばわりされたくないみたいだ。
「はぁ……私は前々から気になっていたんだが」
「高い権力を持つやつほどヒスイを気に入ってるのは、どうしてなんだろねぇ」
「あぁ~、言われてみればそうだな」
ギリエラは年食ってるせいもあるんだろうけど人間関係が良く見えてるな。
えーっと、アマナ、サフィ、レヴィア、フラン……。
あとは……アレン、は数に入れなくてもいいか。
芽衣みたいな異世界出身を除いて交流があるやつは、ほとんど今の世界の権力者だな。
「なぜでしょうね」
「やはり重責を負うものはヒスイさんの自由な振る舞いに惹かれるのでしょうか」
「お前はともかくフランは十分自由だろ」
その理屈は通んないって。
「お主は十分失礼なやつじゃな」
「なに、今に始まったことじゃない」
「なーんでお主が偉そうなんじゃよ」
「うわ、ほんとに仲良さそう」
「学園長にもまともな友達がいたんですね」
私たちのやり取りを眺めながらルドミラは引き気味の表情になっていた。
小物臭い雰囲気に反してフランだろうが私だろうが構わずズケズケ言うくらいには肝が太い。
「良いな~、私も権力者に気に入られたいな~」
少しのあいだ黙って聞いていた咲良美結が口を挟んだ。
「あれ、お前どっかの七大貴族と婚約してるんじゃなかったっけ」
「彼ったら最近政争に敗れちゃって」
「ちょっと落ちぶれ気味なのよね~」
「そっか、そういうのがあるのか……」
「男は大変だな」
「女性にもありますけどね」
「ヒスイさんが無縁なだけです」
「確かに女の政争好き代表みたいなのは真隣にいるもんな」
私はフランを横目でチラリと見遣る。
「政争好きで悪かったのお?」
「別に悪いとは言ってないさ」
「それに、お前が政争ばっかりなのは私がやらない分を肩代わりしてるからだろうし」
「お主は良く分かっとるな」
「だろ~?」
やっぱり何かにつけてフランに話を振っちゃう、私は。
「あんたそれで例の件だけど」
「どうして何も分かんなかったんだい」
本題から随分と離れてた会話の内容をギリエラが強引に戻した。
やっぱしっかりしたやつだな。
「改めて理由を聞かれても難しいな……」
「単純に私がこの世界のことを知らなすぎるからじゃないか?」
「生徒の誰が貴族派で皇族派で……とか分かんないしさ」
「あっ、それ私も~」
「学園に入ってみたら聖女がそんな派閥争いしててびっくりですよ」
ルドミラがボケっとした顔で声を上げた。
「外に漏れないようにしとるからの」
「聖女の実生活なんてのを知っとる国民のほうが少ないんじゃよ」
「だからまあ私は目下勉強中って感じ」
「ヒスイさんがお勉強ですか……」
レヴィアはなんか嬉しそうだ。
私が蔵書室に行く機会が増えるからかな?
「そのへんは私とルドミラには分かんないからねぇ」
「教室持ちの連中にどうにかしてもらうしかないか……」
「お前ら講師は本業があるわけだもんな」
ギリエラにしろルドミラしろ学園には非常勤で務めていて普段は首都魔法学院の教授とか准教授って感じみたいだし。
「忙しそうなのにすごいよ、本当」
私が珍しく褒めたせいでギリエラは却って怪訝そうな顔をしていた。
「お師さんがやれって言うからには仕方ないさね」
「あ~ん?」
「わしは払うもんは払っとるじゃろがい」
ギリエラはフランの数十年来の弟子らしい。
フランは外見が子どもみたいなのにギリエラは年相応の見た目をしているもんだから変な感じだ。
もっとも、この世界ではイレミアとアマナみたいに歳上が歳下に教えを請うことは珍しくないみたいだけど。
「あっ、そうそう」
「私もお給金見てびっくりしちゃいましたよ~」
「学院でもそれなりに良い額もらってますが」
「そんなの雀の涙に見えるぐらいなんですもん」
「アウラミライ侯爵学園は七大貴族の総意によって成り立っていますからね」
その総意の筆頭っぽいレヴィアが口を出した。
いわゆるパトロンってやつだな。
「お前の財布からも出てんのか」
「いえ、私は懐が痛まないように工夫していますが」
「エミドガルシア家は身銭を切っているのではないかと」
エミドガルシアは土を司る七大貴族だし、ルドミラの縁者がいるかもしれない。
「へえ」
「やっぱお前は人ん家の台所事情に詳しいんだな」
「それもありますが彼らの宗家決めの仕組みが複雑なことは有名ですからね」
「そのせいで零さなくても良い泡銭を零してしまっているのですよ」
頭がスパッと決めないと、そういう弊害も出ちゃうもんなんだな。
そう考えると親戚付き合いが少なそうなアマナとかは意外に貯め込んでるのかも。
「ぐふふ、それなら私の師匠とか、その関係者の種銭が」
「私のポッケに入ってるのかもしれないわけですね~」
「好い気味だぜ~」
ルドミラが悪い顔で笑っていた。
こいつもロクでもないやつだな、おい。
「でも皇族側だって金を出してるだろ?」
「そこまで身が痛むような出費はありません」
「名目上は土地代が皇族持ちということになっていますが」
「そもそもあそこは国有地なのです」
それなら出費も何もないじゃん。
やることがセコいな。
いや、本当は貴族側の持ち分にしておけば取れるはずの土地代が取れてないってことだから、どっちみち国のマイナスであることに代わりはないのか。
「なるほどな」
「でも今日の昼に聞いた感じだとお前の蔵書室は違うっぽいよな」
「ええ、蔵書室は真の緩衝地帯です」
「筆頭司書や現場の権限は私にありますが」
「建前としての管理者は皇妃のエミカ様となっています」
「つまり貴族側と皇族側で完全に二分されているわけですね」
「じゃあ、お前と皇妃でイーブンってことか」
「それってすごくない?」
「それはもうお前が七大貴族の代表として皇妃と対等な立場だと言ってるようなもんだろ?」
「ふふっ……そうでもありませんよ」
「エミカ様は他にも貴族側に干渉できる様々な権限を握っていますからね」
「蔵書室の管理者という書類上の権力は、その一端に過ぎません」
「わ~、レヴィア様が笑ってるところって」
「私、初めてみたかも」
ルドミラが物珍しそうな顔で言葉を漏らした。
ふうん、私なんかは見慣れてるけどな。
レヴィアは周囲に随分と怜悧な人間だと思われてるのかも。
「あ、あんた……」
「ん?」
その一方でギリエラは唖然とした顔でたじろいでいる。
「ほ、本当に勉強してるんだねぇ……」
「いやいや……さっき言ったじゃんか」
「あ、あぁ……」
「そんな信じられない物を見たような顔すんなよ」
「なぁ、ギリー」
「こいつも捨てたもんじゃなかろう」
「そうさね……」
「逆に言えばヒスイが知識を欲するくらい」
「学内はマズい事態ということじゃな」
「……なーんで今までわしらは危機感を持っていなかったんじゃろうなぁ」
「そのことなんだけどさ──」
アマナ、サフィ、芽衣との秘密事を隠しながら私は自分が把握していることを手短に説明した。
「ギフトでなんかされてるねぇ……」
ギリエラは訝しげな目付きで虚空を見詰めている。
「少なくともヒスイさんが変になっていることは事実でしょう」
「私のことも覚えているのか覚えていないのか怪しいぐらいでしたから」
「今晩は意識がハッキリしているようですが……」
ふと私はアマナがイレミアのことを考えられるようになったことを思い出す。
どうせ昨日は医務室でベタベタしてたんだろうが、そこからアマナはイレミアについて意識できるようになったみたいだ。
そして私も……今日の昼にレヴィアと身体が当たるうちに鮮明になった気がする。
う~ん、意識できなくなった相手を直接さわったりすると元に戻るのかな……。
「あ~、レヴィア様が拗ねてる~!」
「かわい~!」
「ねー、教授。レヴィア様がこんなに感情豊かだって知ってました?」
「い、いや私も知らなかったねぇ……」
さっきからギリエラは、たじろぎっぱなしだった。
「こほん」
「そんなことよりも本題の続きをしましょう」
心なしかレヴィアは恥ずかしそうだ。
というか恥ずかしいんだと思う。
「それにしてもギマランを巡って揉めた生徒が倒れてたとはね~」
「私も盲点だったわ~」
「えー、ギマランはお前の教室の生徒なのにさ……」
「だってぇ、まさか1年生と2年生が対立するほど人気とは思わないじゃない」
「確かにそうだな」
美結の感想に私は普通に納得してしまった。
それにしてもアマナが死んだことを伏せながら、どうしてギマランが切っ掛けだと私が知っているのかを説明するのは骨が折れた……。
「そういえばギマランのやつは今日はおるんか?」
「私が着いたころにはいたよ」
「なぜかアマナのエスコート相手としてな」
「はぁ~?」
「まったくサフィとのあれが失敗したばかりで……」
「……………………………………」
フランはひとりでブツブツ文句を言っていた。
「どうやら皇族側も動き出してるみたいじゃな」
「"無干渉"のアマナにギマランが直々にちょっかいをかけるとは……」
「お前だって間接的にちょっかいかけてたわけじゃん」
「お主……わかっとらんな」
「ギマランは男じゃぞ」
「わしがやってたようなこととは根本的に意味が違うわい」
……あ~、そっか。
すっかり男女関係って言葉の意味を私は忘れていた。
「最強無敵のお主からしたら人間の男女なんてもんは」
「自分以外の他人という意味しかないんじゃろが」
「普通は結婚とそれに伴う政略的な要素が入ってくるんじゃよ」
「ギマランって許嫁がいるんだから」
「それはマズいんじゃないの~?」
やっぱ美結は恋愛関係に強いんだな。
見た目がピンク色なだけあって。
私は超いい加減な感想を抱いた。
「それを無視するほど今日はアマナに用があったということなんじゃろ」
「ヒスイ、いま二人はおるんか?」
「ん、ちょっと待ってな」
私は最初にギマランを見付けたあたりを眺めてみる。
うーん、いないな。
いや、さっきよりも奥の楽団から手前に来てる。
……なんだ、あの卓。
「いる……けど、なんかヤバいぞ」
「"ヤバい"?」
「どういうことじゃ」
フランは私の表現を真似して聞き返した。




