サフィとヒスイの約束
──「ミーティア・ハスク」中庭 10/03/夜
「私はいつも寂しそうな先生に幸せになってほしかった」
「だからといって私が先生といっしょになったらアマナが可哀そう」
「しかも先生は私に興味ないもんね?」
「それなら先生とアマナがいっしょになるのが一番なんだよ」
……この世界は私にどうしろっていうんだ。
「そうか」
「ごめんな、そんなこと言わせて」
アマナだけを救おうとしてたわけじゃなかった。
私を救いたかったのか。
サフィ自身の願いは一切顧みずに。
「謝らないでよー」
「私に魅力がないだけ」
「そんなことないだろ」
「お前は色々なやつに好かれてる」
「人としても、女子としても」
私はお前のことを良く思う人間をたくさん知ってるんだ。
「それに私はお前に興味がないわけじゃない」
「ただ接点が少なかっただけなんだよ」
「いっしょにいる機会が多ければ私のことも気にしてくれた?」
「ああ、いくらでも気にかけてやるだろうさ」
「というか、お前がそんなこと言うもんだから」
「もう今から気にかけちゃうぐらいだよ」
「もー、話聞いてましたー?」
「私と先生がいっしょになっちゃダメなんだよ」
「お前の感情に──
そんなの関係ないだろ」
自分のことなんてお構いなしに周囲のやつらのために行動する。
それはサフィが"真の聖女"で"救世主"じみた人間だからなんだろうか。
もしくはサフィ自身の人間性なんだろうか。
それとも"真の聖女"だなんだも全部引っくるめてサフィっていう人間なんだろうか。
私には分からない。
私はサフィのことを全然知らない。
だけど、そんな私にもひとつだけ分かることがある。
子どもが自分を犠牲にして他人を幸せにする義務なんてあるわけがない。
「なんでお前がアマナのことを気にして人を好きか嫌いか選ばないといけないんだよ」
結局こいつもアマナと同じ穴の狢だ。
アマナがサフィのために死んだように、サフィもアマナのために自分の想いを殺していた。
ただの優しくて友達に甘い馬鹿なガキが二人いるだけの話だったんだ。
「それに私の孤独なんてお前が気に病むことじゃない」
「でも先生……」
「今さらどうすればいいの?」
「お前がアマナといっしょにいたければ、そうすればいい」
「お前が私といっしょにいたければ、そうすればいい」
「それだけのことだよ」
私はサフィの両肩に手を掛けて、その綺麗な碧眼を見詰めながら言った。
「じゃあ、今日は先生といっしょにいたいな……」
「なーんて言うと思いましたか?」
「は?」
サフィは余裕に満ちた眼差しで私を見ている。
「くす、あはははは」
「私を諭そうとしても無駄ですよー?」
「先生とアマナには絶対にくっついてもらいます」
「もう決めたことだから絶対に曲げませんよ?」
「なんだそりゃ……」
「お前も変なやつだな」
なんか私が想像してたような心情とは違うみたいだった。
「そんなんで辛くないのかよ」
「辛い?」
「どうして?」
「好きな奴らが自分を置いて付き合ったりしたら辛いだろ、普通は」
そうは言っても私は普通を知らないから想像だけど。
「悲しいとか嫉妬とか」
「なんか色々ある……よな?」
「なんで先生が言っておいて疑問形なの」
「好きな人たちが幸せになったら嬉しいに決まってるよー」
大したやつだ……。
サフィの瞳には全然よどみがなく、どこまでも澄んだ碧色だった。
「はぁ……わかったよ」
「私の負けだ」
「やったー」
「私の勝ちぃー」
サフィは本当に嬉しそうにニコニコと笑っている。
これが"真の聖女"か。
確かに"救世主"に相応しいのかも。
何も顧みずに他人の幸せを自分の幸せとして捉えることができる。
そんなやつ、まずいない。
ただ、すごいせいで逆に限度を知らないのが問題だな……。
「でも、もう危なっかしいのはやめろ」
「アマナと先生が仲直りした時点でやめる気だったから」
「もうやりませんよー」
「仲直りっていうのとは、またちょっと違うけどな……」
「だけどさあ、この後はどうすんだよ」
「アナマはお前のことが大好きなんだぜ?」
「愛しちゃってるくらいに」
芽衣との話で出たプラトニック・ラブってやつだ。
「そのままで良いと思いますけど?」
「え?」
「きっとアマナは先生といっしょにいたら」
「私のことが好きなままでも我慢できずに色々しちゃうんじゃないかなー」
それはそう。
「私が気まずいだろ」
お前に片思いされてるのを知りながらアマナとベタベタできるわけないって。
「あーそっかぁ」
「先生ってやっぱり繊細ですね」
「……私に"意外と繊細"じゃなくて」
「"やっぱり繊細"って言ったやつはお前が初めてだよ」
ちょっとむず痒い気持ちになった。
「そんなの普通わかるよー」
サフィはまたクスクスと笑っている。
「あっ、そうだ!」
「もうみんなでいっしょに付き合っちゃいません?」
そんなの良いわけないだろ……。
やっぱ完全にぶっ飛んだ人間性してやがる。
「それが通るなら苦労しないよ……」
「えー、一回試してみましょうよー」
「やだよ、恥ずかしい」
「そんなことしたらイレミアが嫉妬で狂い死んじゃうだろ」
「イレミア先生も誘う?」
「無茶言うな」
全員で付き合うなんてことしたら芽衣も変な輪の中に入れる必要があるわけだし。
できるわけがない。
やりたくもな……くもない。
いや、やっぱ無理だって。
「そういえば私ってイレミア先生のこと」
「あんまり良く知らないんですよねー」
「へえ」
「私はアマナとイレミアがいっしょにいるところは昔から少しは見かけたんだけどな」
「それなら私が行く夜会にいないだけかな?」
「二人が深い仲なのは今朝知ったぐらいなんだよー」
「アレンが言ってたとか?」
「そう、今朝アレンから聞きました」
やっぱあいつがタイミングを見て情報を流したりしてんだな……。
まったく……。
「とにかく埒が明かないし」
「自然に任せるしかないんじゃないか?」
「そもそもなんで私が自分の恋路を打ち合わせしてるんだよ……」
サフィに流されてたけど良く考えたら意味不明な状況だった。
「この話は今日はもうこれくらいでいいよな?」
これ以上続けると変な羞恥心でクラクラしてきそうだ。
「先生が話を掘り返してきたんじゃん……」
「切り上げても良いけど先生が幸せになるって約束して?」
「ああ」
「お前が救いたいと感じないような人間になってみせるさ」
「孤独じゃない人間になってね」
お前がこれだけ想ってくれてる時点で私は孤独じゃないよ。
「わかってる」
「その代わり、私たちをくっつかせるためとか言って」
「アマナと友達やめたりすんなよ」
「やめないよー」
「じゃあ先生、指切りしよっ」
そう言いながらサフィは右手を差し出した。
「良くそんなの知ってるな」
サフィは意外と私が前いた世界に詳しいのか。
「ふふふ、勉強熱心でしょー」
私が小指を立てながら右手を出すとサフィがその指を絡めとる。
「ゆーびきりげーんまん」
「嘘ついたら……」
嘘ついたら何させる気なんだ……。
「みんなで付き合ってもーらう」
「ゆーびきったっ」
この約束は何が何でも守らないとヤバい。




