異常な世界の普通の女子
──「ミーティア・ハスク」中庭 10/03/夜
私はサフィの言葉を聞いて倒れるんじゃないかと一瞬感じたが、そうはならなかった。
でも気分としては相当ヤバい。
血の気が引くってこういうことを言うんだなと人生で初めて実感した。
私はパドレを先に大広間に行かせ、サフィと二人で外側から中庭に入って喋ることにした。
「さっきの話だけど」
「私とアマナがどうこうってのは置いといて」
「なんでお前は今日になって急にそういうことするんだ?」
「今日になって?急に?」
「何言ってるの、先生」
サフィは私が言ったことがよっぽど面白いのか、クスクスと笑っていた。
「私は学園でアマナといっしょの教室になってからの半年間」
「ずっと先生とアマナを応援してたんですよ?」
「それなのに二人は喧嘩ばっかりしちゃって……」
ヤバい。これ以上聞くと取り返しがつかなくなる。
こいつと喋るのは本当にマズい。
「応援なんてされた覚えないけど」
「もー、先生って鈍感なんですか?」
「あんなに私が変なことやってたら普通わかると思ってたのにー」
私の直感がこの場から逃げろと全力で叫んでいた。
「先生がアマナの前でカッコいいとこ見せれるように」
「私が毎日アマナのピンチを作ってあげてたんだよー」
何言ってるんだ、こいつ。
「……お前、頭おかしいんじゃないのか?」
私は思わず口から言葉が出てしまった。
だがサフィはポカンとした表情を浮かべている。
「なんで?」
「だってお前……」
サフィがわざと危険な状況にズカズカ入っていって、余計に問題を大きくして、アマナを危ない目に合わせてる。
そんな当てずっぽうで意味不明な私の予想は当たっていたのか。
だとしても、なんでそんなことをしているのかは分からなかった。
だからそんなわけないだろうと私は思っていたのに。
こんな理由でそんなことするやつがいんのかよ……。
「私とアマナを仲良くさせる方法なんて他にいくらでもあるだろ」
「確かにいくらでもあるけどさー」
「アマナが私のことを好きなのに」
「その私が直接アマナと先生の仲を取り持とうとしたら」
「アマナは嫌がりますよね?」
やっぱアマナに好かれてることも分かってたのか……。
ここまでサフィが言ってることは何も変じゃない。
でもそれは私が前いたような世界での話だ。
女子同士の恋愛っていうのを外せば現代の女子中学生とか高校生が"普通"にやるようなことなんだ。
両思いだけど素直になれない友達の仲を取り持って、くっつかせようなんていうのは。
でもこの国はそういう場所じゃない。
アウラミライ侯爵学園はそんな平和な空間じゃない。
だけどサフィは、そんな"普通"の女子みたいなことを半年間もしてきた。
芽衣みたいな聖剣の一振りで20万の魔族を皆殺しにするような女子がいる教室で。
佐苗みたいなちょっと秘密がバレただけで担任を殺そうとするような女子がいる教室で。
アレンみたいな無数の人死の上に立って皇子をやってるような人間がいる教室で。
日本の庶民の癖に貴族の真似事をして、ただの人間なら一発で塵も残らず消えるような魔法を躊躇なく打ち合う異世界聖女で溢れた教室で。
そんな"異常"で危険な空間でサフィは"普通"の女子みたいなことをやり続けてきた。
芽衣や佐苗みたいな前の世界から精神性がぶっ飛んでいたやつらはともかく、私は"普通"の生徒たちがトチ狂ったことをやるのは仕方がない面もあると思っている。
いきなりこんな"異常"な世界に召喚されて、"異常"な力を持つ聖女なんて役割を押し付けられて、国教会の"異常"な連中に担ぎ上げられて。
"普通"の女子がされたら、そりゃああいう人間性になるさ。
変な場所で変なやつらに変なことをやらされたら、変になるのが当然で"普通"のことなんだ。
でもサフィは違う。
最初から"異常"な世界に生まれて、最初から"真の聖女"なんて宿命を背負って、貴族社会でも国教会でも"異常"な連中と接し慣れている。
それなのにサフィは変じゃない。まるで"普通"の女子みたいなことをしている。
変な場所で変なやつらといっしょに変なことをやっているのに、ぜんぜん変になっていない。
それこそが本当の"異常"なんだ。
「先生ー?」
「……なに?」
私は愕然と立ち尽くしていた。
だけどまだ、まだだ。
「もういいならアマナに会いに行ってきてよー」
「黙っちゃって悪かったな」
「まだ話は終わってないんだ」
「ふーん」
「何を聞きたいんですか?」
「お前さ」
「わざと聖女の揉め事に首突っ込んで」
「危ないとか思わないの?」
「危ないけど平気だよ」
「アマナが守ってくれますから」
「その守ってくれるアマナを危ない目に遭わせて悪いと感じないのか?」
「アマナには悪いけどそこは仕方なくって……」
「じゃないと意味ないですからねー」
「先生が駆け付けてくれた日は、いつもアマナが機嫌良さそうだったよー」
マジか、それなら私も嬉──
って今は惚気てる場合じゃない。
「闇魔法は聖魔法に打ち消されちゃうじゃん」
「万が一、アマナが死んじゃったらどうすんだよ」
実際には2回は死んでる。
生き延びられるのにわざと死ぬ、ほとんど自殺みたいな死に方だけど。
「アマナが"普通"の聖女相手に死ぬと思います?」
お前のその過剰な信頼がアマナを死ぬほど追い詰めてたんだよ……!
私は思わず怒鳴りそうになった。
思わず怒鳴りそうになるのも……人生で初めての経験だ。
「お前の言いたいことはわかるよ」
「アマナがそんなんで死ぬわけないってのは」
「そもそも死んじゃうような状況じゃないと」
「先生に助けられて、きゅんとしないよね?」
「だからなるべく危ない状況を選んでましたよー」
そんな日々が続いたせいでアマナはサフィが聖女を利用して自分を殺そうと企んでるなんて考えに至ってサフィのために自ら死んだ。
実際、サフィのやってることは殺そうと企むのと変わりない危険度なわけだ。
でも目的は殺すためじゃなくて私とアマナをくっつかせるとかいう斜め上の方向性だった。
「それでも結局、先生が最強だから絶対に助けてくれる」
期待に応えられない教師で悪かったな。
「私がいない場所だといくら強くても助けられないだろ」
「ちゃんと先生が来るタイミングでやってますよーだ」
でも私は昨日の朝は間に合わなかった。
どういことだ?
まだ何かあるのか……?
「間に合わなかったらどうするんだよ」
「アマナが本当に危なくなったときに」
「先生が間に合わなかったことって一度もありませんよ?」
そうなのか?
「へえ」
「ところで昨日の朝ってお前はなんかやろうとしてた?」
「そういえばみんな倒れちゃってましたよね」
「私が何かする予定はなかったかなー」
サフィの言葉に嘘がなければ、まだ……他にいる。
学園の聖女たちを荒れさせた原因が。
「たとえばなんだけどさ」
「お前の前で1年生の聖女と2年生の聖女が20人くらい」
「教室で喧嘩しそうになってたらどうする?」
「うーん……」
「止めに行くかなー……」
「自分が怪我するかもしれなくても?」
「喧嘩してたら見過ごせません」
「アマナがいなくても?」
「先生が来そうにないときはアマナもいないほうが良いよ」
「無駄に危ないだけですしー」
そうか……。
流石は救世主候補だな……。
それならアマナのことも救おうとしてほしかった。
いや、救おうとした結果が"私とくっつける"で、そのために危険すぎる茶番を演出してたのか。
「はぁ……」
「話は変わるんだけど」
「アマナに好かれてるのが分かってるなら」
「お前がアマナと付き合ってやれば良かったじゃんか」
「アマナはそれで良いかもしれないけど……」
「先生はアマナを取られたら嫌ですよねー」
「私は先生にもアマナにも幸せになってほしかったんだよ?」
あれ。
なんか引っかかるな。
「私は別に嫌じゃないさ」
「お前らが生徒同士で良い感じになってくれるなら」
「それに越したことはない」
「ふーん、じゃあ私がアマナ取っちゃおっかなー」
サフィはわざとらしい口調で言いながら私の目を見詰めていた。
まるで私の反応を伺ってるみたいだった。
「お前がアマナを取るっていうかさあ」
「それ以前にお前って、そのー……」
聞きにくいなあ……。
だけどもう、そんなことを躊躇してる場合じゃない。
いいや、聞いちゃえ。
「女子同士で恋愛できるの?」
「えー、どうなんでしょうね」
「恋愛ってしたことないから分かんなくて」
ここ2日間の私みたいなこと言ってるな……。
「は?」
「アレンは?」
「ただの友達だよ?」
さっきは意味ありげに秘密とか言ってたのにな。
その瞬間、これまでとは異なる頭を刺すような予感が私を襲った。
「それならさ……」
「アレンとアマナだったらどっちと付き合う?」
「アマナ一択だねー!」
「アレンと芽衣だったらどっち?」
「芽衣ちゃんかなぁ」
サフィが答えるたびに私の焦りが強くなっていく。
「アマナと芽衣だったら?」
「……アマナ」
私はさっきまでの嫌な感覚とは別次元の焦燥感を覚えていた。
だから聞かずにはいられない。
聞いてはいけないのに。
「じゃあ──
私とアマナ」
「先生」
サフィは私が見たことのない凄惨な顔で笑っていた。
「私はいつも寂しそうな先生に幸せになってほしかった」
「だからといって私が先生といっしょになったらアマナが可哀そう」
「しかも先生は私に興味ないもんね?」
「それなら先生とアマナがいっしょになるのが一番なんだよ」




