嫌な予感
──「ミーティア・ハスク」前庭 10/03/夜
駅前ロータリーのタクシーみたいに馬車が行き交っている庭まで芽衣を見送り、もう一度私は会場に戻ることにした。
超上流階級の御者っていうのは食いっぱぐれないみたいで木っ端貴族がこぞってやりたがるらしい。
生徒の異世界聖女たちが住む寮館は、ここからそれなりに近い。
芽衣を乗せた御者は、またこの屋敷までアンデイルを迎えに戻ってくるんだろうな。
ご苦労なこった……。
屋敷の様子はといえばパーティが本格化してきたようだった。
廊下から出るときにチラッと見た大広間は数百人単位の綺羅びやかな貴族連中で溢れていた。
さて、どうしよっかな……。
とりあえずアマナのまわりが空いてたら会いに行くか。
細かいところは意味不明なままだが芽衣のおかげで要点は分かったわけだし。
それにしても……。
私は全体の話とは別に抱いた嫌な感じを思い出す。
アマナと芽衣の"関係性"を知ることばっかりに囚われて私は一向に肝心の話を切り出すことができなかった。
結果的に今回は良い具合に話がまとまったわけだけども……。
「せーんせっ」
馬車が出たり入ったりしてる庭で少し考え込んでいた私の耳に高すぎず低すぎず丁度聞きやすい感じの明るい声が鳴り響いた。
「……珍しいな」
「お前がリセの晩餐会に来るのは」
私は少し動揺しそうだったが、すんでのところで顔に出さず応じる。
……顔に出てないよな?
「こんなところで何してるのかなー?」
「馬車を見てた」
「馬車マニアなんだよ、私は」
「なにそれ、あははっ」
私の適当すぎる嘘を聞いて金髪碧眼の女子がコロコロと笑っていた。
透き通るような金髪を中央で分け、横髪の一部を編み込んで左右に流している。
フリサフィ・イフィリオシアがそこには立っていた。
「アレンがイセヤ先生のエスコートするっていうから見に来たの」
「でもいませんね?」
「ああ」
「あいつもここに来るのは珍しいから」
「早々に貴族連中に囲まれちゃってさ」
「私は面倒くさいから逃げてきた」
「ふーん、馬車見てたわけじゃないんですね~」
「馬車も見てたよ」
私は少しおどけた調子で言ってみる。
「じゃあ、あの馬車は?」
サフィが指さした馬車からは一人の男が出てくるところだった。
「さ、サフィ、待っておくれよ」
なんだあの気弱そうな男は……。
「だいぶ質素だな」
「でも悪くない」
「でしょー」
私たちの視線を受けながら馬車から出てきた男が駆け寄ってくる。
「あっ、イセヤ・ヒスイ様」
「お初にお目にかかります」
「私はパドレウス・イフィリオシアと申します」
短い金髪を上品に撫で付けた男は、せかせかと私に挨拶をした。
さっきイレミアの隣にいたやつと似てるな。
雰囲気と体格は全然違うけど。
「ああ、よろしく」
「今日は身内同士で来たのか」
「ええ、ですがサフィとは血のつながりはありません」
「かなりの遠縁でして」
「どちらかといえばフランチェスカ大伯母様の家系です」
フランの身内か。
どうにもきな臭いな……。
「それではお嬢様方」
「まいりましょう」
そう言ってパドレウスは私のほうに視線を送った。
「先生も馬車なんて見てないで」
「いっしょに行こっ」
「そうだな……わかった」
しかしお嬢様とはね。
フランの身内だから当たり前といえば当たり前だが、この男には私の歳が割れてるようだった。




