捏造された伝説
──「ミーティア・ハスク」客間 10/03/夜
「先生が思い当たっている話の一節はこうです」
「人の世が爛熟を極めたとき」
「地は汚れ、海は濁り、黒き雨が降りしきる」
「光のない大地に赤き星が落ち」
「救世主たらんとする聖女が彼方に降り立つ」
随分と抽象的で、それぞれの部分が何を指しているのか良く分からない。
でも伝説なんていうのはそんなもんか。
伝説?
「伝説って昔あったことを言うんじゃないの?」
「そうなんですよ」
「この一節だけだと"予言"に感じますよね」
これから聖女が出てくるって感じの言い回しだよな。
「この後に初代の異世界聖女の活躍が語られるんです」
「なるほどな」
「それって実際にあったん?」
「そこが肝心なところで宮廷の蔵書には当時の細かい資料が残ってるんですよ」
「恐らく首都魔法学院でも調べがつくはずです」
「そりゃそうか」
「前いた世界でも1300年前くらいのことなら」
「公の歴史はそれなりに分かるわけだし」
「一応、表に出回っている物では初代聖女が伝説と同じような活躍をしたと記されています」
「でも宮廷の歴史書では、そんな記述はありませんでした」
「聖女信仰を作るために無理やりでっち上げた捏造の歴史ってことか」
「それが奇妙なところで宮廷の蔵書は禁書ではないんですよね」
「それなりの地位があれば誰でも目を通すことができるんです」
確かに変だ。
なんで隠さないんだ?
「お前がさっき中庭で言ってた話の意味が分かってきたよ」
「はい、私たちの近現代の知識だけじゃないんです」
「もっと人々に流布してはいけない知識がたくさんあるはずなのに……」
「なぜか野放しになってるわけだ」
国の連中は何考えてるんだ……。
「本気で歴史を捏造する気なら、そのあたりも国民が分からないように手を回すよな」
「だけどやってない」
「なんでなんだろうな……」
私が頭を絞ってもどうせ分かんないだろうな。
脳みその出来の問題じゃなくて……私の頭には生活感がある人間の観点が足りない。
「お前だったらどうする?」
「え?」
「わ、私ですか……?」
芽衣は目を逸らしながら口を開こうとしたり閉じようとしたりしていた。
要は、もにょもにょしてる。
「倫理観とか気にしないでいいからさ」
「何言っても私は引いたりしないよ」
「えっと……私が皇帝や七大貴族の立場だったら」
「最初の聖女を召喚した時点で全部を秘密にして国民に知られないようにすると思います」
「異世界の知識、召喚の方法、聖女の正体……他のすべても」
「聖女の正体?」
「あー、そっか。異世界から来た聖女って」
「わざわざ明かす必要がないよな」
「はい」
「もとより聖女の正体を隠しておけば」
「近現代の知識を隠す一手間もなくなるので」
「そうだよなあ……」
「でも実際には近現代の知識も上流階級のあいだではダダ漏れで」
「聖女の出身も分かりきってるもんな」
正直、この手の違和感は私が転移してきたときから感じていた。
「うーん……あ!」
「時間の流れがどの世界でも同じで」
「初代聖女が召喚されたときは西暦700年くらい」
「だから近現代の知識を隠す気がないというよりも」
「そもそも知る余地がなかった」
「っていうのはどう?」
藤原のなんとかさんが身分制度がなくなる未来を知るわけないもんな。
「だとしても普通は私たちの世界の文明が進みすぎたことに」
「どこかの時点で気付くはずですから……」
「産業革命っていつぐらい?」
「明確に発展した第二次産業革命は1860年あたりからだった気がします」
「諸説あるようですけど」
「フランス革命は?」
「1780年代から1790年代ですね」
「そこから貴族を打倒する流れが全世界に波及したようです」
「貴族派は最低限、フランス革命だけは知られたくないだろ」
「もちろん他の国の革命も知られたらヤバいだろうけど」
「そうですね」
「もしも民衆にその知識が広まったら」
「同じような動きをする人たちが出てくるかもしれません」
「両方の世界で同じ時間が流れているとしたら」
「皇国歴が1000年になる前ぐらいには手を打たないといけないよな」
「なのに何もやってないわけだ」
「やってないけど革命は起きないし、ガソリン車が出来る雰囲気もない」
「はい……」
「そのへんは今考えてもしょうがないか」
「案外アマナに聞けばポロッと種を明かしてくれるかも」
「あ、あはは……流石にそれは……」
芽衣は引きつった笑みを浮かべていた。
「ちなみに初代聖女って何したの?」
「予言めいた話と紐付いた御業ですね」
「地を清め、海を澄ませ、天を開いた」
「聖女が現れる前に荒れていた世界をそれぞれ良くしたみたいです」
「へー……」
「魔王を倒したとかじゃないんだな」
「私は自分が持て囃されてるから」
「初代聖女がそういうことしたんだと思ってたよ」
初代聖女のやった事と関係ないのに私を含めた勇者パーティの連中は厚遇されてるのか。
「それだけ先生のパーティがすごかったんですよ」
「じつは魔王が生きてるから詐欺パーティだけどな」
「ふふっ……私にとっては吉報ですけども」
「なんでそうなったかは教えてくれないんですよね」
「ああ、教えない」
教えたらお前がすぐ魔王のとこ行っちゃうだろうからな。
私が担任のあいだくらいは私の話し相手になってもらわないと。
「たぶん今の件とは関係ないからな」
「もしも関係ありそうだったら教えるよ」
「はい……!」
本当に嬉しそうだな、こいつ……。
「てか、お前は初代聖女と似たようなことするのは使命だと思わないの?」
「えっ?」
「思いませんよ」
あ、そうなんだ。
芽衣は私がすごい変なことを言ったような顔で、こっちを見ている。
こいつにとっての聖女は、この国の聖女とは関係ないんだな。
「あー、そういえば魔族から聞いた"救世主"がどうとかいう話はもっと違ったような……」
「いや、もとからイフィリオシア家の話だと言ってたんだったかな」
「それが"真の聖女"の伝説なんかね」
「そう感じます」
「結局、宮廷の歴史書だと建国以降にそんなことはしていないので」
「古代に"真の聖女"がやったことが伝説として残り」
「その残った伝説を流用したのではないかなと……」
「なんでわざわざ流用するんだろうな」
「イチから作っちゃえばいいのに」
「初代聖女が魔王を倒したとか邪神を倒したとか」
「そういう適当なの」
「どうしてなんでしょうね……」
そこも今は分からずじまいだな。
「とにかくあいつが言ってたのは」
「"救世主になるためにイフィリオシア家が備えてる"」
「みたいな意味不明な話だった気がする」
「あっ、それなら私の予想と合致してるかもしれません」
「そもそも流布された"人の世が爛熟を極めたとき"という話は伝説じゃないって」
「私は考えているんです」
「あ~……お前が歴史書と伝説で見比べた矛盾点を差し引いていくと」
「残った話がイフィリオシア家の"至上命題"っぽく見えるのか」
なかなかに面白いな。
きっと芽衣と話してるからなんだろうけど……。
アレンあたりに聞かされてたら覚えることすらできなさそうだ。
「じゃあ"救世主たらんとする聖女が彼方に降り立つ"っていうのは」
「やっぱ"予言"なんだな」
「その"予言"を成就させること自体が"至上命題"なのか」
「成就させるための方法が"至上命題"なのかは分かりませんが……」
「あいつが言ってた文脈的に両方っぽいよな」
「とにかくサフィだったり、あの家の代表者みたいなのが」
「いつの時代に"予言"の刻が来ても良いように」
「"真の聖女"として準備してるってことなのかな……」
「私は今のところ、そう解釈しています」
「ありがと」
「色々わかってきたよ」
「この世界のことがさ」
「わ、私も先生とこういうお話ができて楽しいです……」
芽衣は体をよじりながら両手を握り合わせていた。
「お前のほうがよっぽど教師に向いてるよ」
「え、えへへ……」
純粋に笑ってる芽衣は今日一番くらいに可愛く感じる。
「それでここまでが前座みたいな話なんだよな」
長かったなー。
「あっ、そういえばサフィ様の話でしたよね」
「まあ、これで私もよく分かったよ」
「とりあえず"真の聖女"もといサフィは"救世主"候補なわけだ」
「それでアマナは他人を救えるような意志の強い人間が精神的に好きだから」
「"救世主"じみたサフィに片思いしてると」
「次点がお前で」
「お、お恥ずかしながら、そうだと思います……」
でもまだ謎は残る。
なーんでサフィだけは性欲抜きで芽衣のことは邪な目で見てるんだろう……?
私はそんなことを考えながら芽衣の身体をマジマジと見てみる。
「せ、先生……?」
やっぱ胸のサイズかな……。
芽衣は私よりも大きい、たぶん。
それに実際アマナが授業中とかにジロジロ見てるのは私にしろ芽衣にしろ、そのへんが多かった。
でもイレミアはどうなんだよ。
壁とかって訳じゃないけど、かなりスラッとしてる。
サフィは普通くらいだから理屈が通らなくなる。
「はぁ……」
「私の胸見ながらため息つかないでください……」
「あ、いや、そういうんじゃなくて」
「アマナが自分の気持ちも国の秘密も含めてぜーんぶ教えてくれたらラクなのにな~って」
「思っちゃって」
面倒ではあるけどアマナのことをアレコレ考えるのは不思議と嫌じゃなかった。
「それは本当にそうですね……」
変な感想ではあるけど、こうして芽衣といっしょにアマナのことを考えるのは……なんだか楽しい。
アマナを好きな気持ちを芽衣と共有できることが私は堪らなく嬉しかった。
「よし」
「そろそろ戻るか」
「あっ、私は帰りますね……!」
「顔出さないの?」
「いまアマナ様と会ったら動揺しちゃいそうですし……」
「それに色々と調べ直さないといけないなって」
「あー、ヤバそうなのは私が調べるから」
「お前はあんま無理すんなよ」
「心配してくれてるんですか……?」
「当たり前だろ」
「今日私が見たレヴィアの雰囲気からして」
「……まあレヴィアならともかく」
「フランやリセだったらお前のことを消しにかかるのも有り得そうだしな」
今のところヤバいのはイフィリオシア家かつ権力志向の強いフランだ。
流石に私への忠告なしに私の生徒にいきなりなんかするほど馬鹿じゃないと信じたい。
しかも自分の学園の生徒なわけだし。
でもあいつは馬鹿というか、やるときはメチャクチャなことやるタイプだからなあ。
「たぶん大丈夫だと思いますけど」
「先生が心配してくれるなら無理しないようにしますね」
「ああ、頼むよ」
心配はしたものの、芽衣をどうにかできるやつなんて早々いない。




