聖女の輝き
──「ミーティア・ハスク」客間 10/03/夜
「はい」
「先生と会うと分かってても外しませんでしたよ」
変なとこで負けた……。
芽衣は迷いのない不敵な目付きで私を見詰めている。
私がこいつの反応を見てる気でいたけど相手も同じだったんだ。
下手すればイレミアみたいな馬鹿な考えまでいっしょだったのかもしれない。
「先生は私のことを"やらしい"なんて言いましたけれど」
「アマナ様と先生こそ"いやらしい関係"ですよね」
「あんなに人前では仲が悪そうにしていたのに……」
いや、"まだ"そんな最後まではしてないって。
「そのへんは説明が難しくってさ……」
「お前が見てた半年間の私とアマナの関係は見たまんまだよ」
暗いのに凛とした独特な芽衣の瞳を見続けながら私は話す。
「そもそも私はずっとアマナのことを悪く思ってないのに」
「入学してからあいつの態度が急にキツくなったんだよ」
「えっ……じゃあ前は、そ、その……」
ついさっきまでの揺るぎない表情は影を潜め、芽衣は落ち着きのない表情を見せた。
「アマナ様が学園に入るから別れちゃったんですか……!?」
なんでそうなるんだ。
でも芽衣の視点からすると、そう見えるわけか……。
「もともと何もないよ、私とあいつは」
「ただ私にとっては普段から相手してくれる貴重なやつだった」
「好きか嫌いかで言えばアマナのことはずーっと好きなんだよ」
「友達として?」
「生徒としてもな」
「女性としては?」
「私は別に女好きってわけじゃない」
たぶん。
「そうですよね」
「先生からしたら男女の垣根なんてありませんよね」
「どうなんだろうなあ」
「……女の子が好きなわけじゃないのに」
「さ、さっきは私のことも好きって言ってましたよね」
「好きだよ」
「お前は私とこうやっていっしょにいてくれる貴重なやつだから」
「先生は構ってくれる相手なら誰でもいいんですか?」
「そんなことないって」
「アレンとかは嫌だし」
「アレン様?」
「あー、なんか分かんないけど今日はアレンがエスコート相手だったんだよ」
「えっ?」
「そうだったんですね……」
「確かに不思議です……」
芽衣は下から私の背中に両手を掛けていた。
「アレン様はかわいそうですね」
「別に嫌いじゃないさ」
「ただ性に合わないってだけ」
「ふふっ……」
何が面白いのか知らないが芽衣は微笑を浮かべている。
「でも先生は私よりアマナ様のほうが好きなわけですよね」
どうかなあ。
「分かんない」
「じゃ、じゃあこのままキスしましょう」
芽衣はさっきから恥ずかしがったり凛としたり、表情の移り変わりが激しかった。
「それはダメだろ」
「どうして?」
「お前が私よりもアマナのことを好きだから」
「私も女の子が好きなわけじゃありません」
「でもアマナ様は素敵な女性で憧れで……」
「それこそ先生が思っていることと同じで」
「周囲から気味悪がられている私に接してくれる大切な人なんです」
あ、他の聖女たちから避けられてる自覚はあったのか……。
「わっ、私はアマナ様にも伊勢谷先生にも同じくらい憧れてます……!」
どんな宣言なんだよ。
でも私も似たような気持ちかもしれなかった。
「じゃあ私もお前も同じような感じじゃんか」
「だから今日のお昼に先生が付けていた指輪を見たときはショックで……」
「悲しくて……」
「ごめんな」
私は芽衣の首の後ろに腕を伸ばしながら抱きしめる。
「私が指輪をもらったのは本当に今日の話だから……」
「昨日の夜からなんだよ」
「アマナとの関係がまた変わったのは」
「それにまだ、ちょっと抱き着いたりするくらいの関係でさ……」
「……昨日?」
芽衣の声色が急に低くなる。
なんか怖いな……。
「ど、どうした?」
「あっ、そういえば昨日のアマナは私と会う前に」
「"例の話"についてお前と相談してたって言ってたな」
「先生」
私の背中に回していた芽衣の手に俄然、力が込められた。
ヤバい、なんか地雷踏んだかも。
今朝の佐苗と同じ雰囲気がする。
こいつのギフトなんて使われたら大変なことになるぞ。
「私は今までアマナ様と普通の友達だったんですよ」
「いっしょに過ごしていたときには変なことは一度もありませんでした」
「そ、そうなんだ」
芽衣の腕が震えている。
「でも昨日、急にアマナ様が私にキスしようとしてきて」
おいおい、あいつは何やってんだ……。
いや、2回も死んで気が変になってたんだろうな。
それ以前に本当は生き延びられるような状況で死にに行っちゃうぐらい心が追い込まれてたわけだし。
それで芽衣に頼ろうとしたんだ。
肉体的にも精神的にも。
「そのときはタイミングが悪かったというか」
「アマナ様が自制心を取り戻したみたいで……」
「キスも他のこともありませんでした」
「なのにどうして、その、すぐ、後に」
芽衣は泣いていた。
怒ってるわけじゃない。
怒ってはいるんだろうけど、とにかくそれよりも悲しいんだ。
「あいつ訳わかんないよな」
私は芽衣の背中に回した手に力を入れて横這いの姿勢にした。
「大丈夫、大丈夫、私だってキスしてないよ」
私は芽衣の背中をさすりながら慰める。
「ひっぐ……んぐ……」
「わ、私は、アマナ様にとって、頼り……なかった、んでしょうか」
「頼りがいはあると思うよ」
「私もお前は頼れるやつだなって思うし」
「私の頼りがいのなさに比べたらお前はすごいもんだよ」
これは普通に本音だ。
「私は、アマナ様を……"救え"ないんでしょうか」
そうか、そうだよな。
私なんかと違って芽衣は聖女として、つねに人を"救え"るかどうかを考えているんだ。
「できるよ」
「お前なら」
お前はすごいよ、本当に。
「まだアマナが死んでから1日しか経ってないんだぜ?」
「それで"救え"ないも何もないだろ」
私は芽衣の額に自分の額を当てながら言った。
「あいつが忙しないのが悪いんだよ」
「アマナは頭良いのに馬鹿だから、こうなることも考えてないだけなんだって……」
「大丈夫……抜け駆けしたりしないから」
「私とお前の二人でアマナを助けてやればいい」
「そう思わないか?」
そもそも私はそういう話をするために芽衣と話そうと思ってたんだった。
……変だ。
いつの間にかアマナと芽衣の"関係性"を知ることにばっかり囚われていた。
嫌な感じがする。
でも今は、そんなことはどうでもいい。
「先生……」
「私なんかが先生といっしょにアマナ様の助けになっていいんでしょうか……」
「いいに決まってるだろ」
「何度も言うけど私からすればお前のほうがすごい」
「それにお前は指輪を隠さなかったじゃんか」
「そ、それは……」
「私相手に女子の取り合いで張り合おうなんて気があるやつがすごくないわけないじゃん?」
喋るのって難しい。
「お前が私のほうがすごいって言うんなら」
「そんな私とこうやっていっしょにいれるお前もすごいやつなんだよ」
私は"すごい"しか言えくなっていた。
実際、芽衣は"すごい"やつなんだから仕方ない。
「私はそんなお前が大好きだよ」
私はレヴィアが言っていた──
──「その点、芽衣ちゃんはシャキッとしてますからねぇ」
っていう言葉の意味が分かってきたのかもしれない。
普通、友達が相談してきて"救う"とかいう発想は出ない。
そんな大げさなことを普通は考えない。
そんな傲慢なことを普通は思い浮かべない。
他人を"救おう"だなんて、そんな愚かしいことを考える女子はいないだろ。
なのに芽衣は"聖女であろう"として、その矜持を果たすべく、つねに生きているんだ。
それは大多数の目には狂っているだけだと見られるのかもしれない。
でも私にとっては唯一無二の仄暗い輝きに見えた。