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既に実現された千年王国

──「ミーティア・ハスク」中庭 10/03/夜


「私はまだ自らの使命(デューティー)を何も果たせていない」


 芽衣がその異常性の片鱗を見せたとき、私たちはもつれ合うような姿勢になっていた。


 聖女の使命……か。


 遠くでガルアードとアンデイルの騒ぐ声が聞こえる。


 周囲の連中はみんな、そっちに目を引かれているようだった。




「お前にひとつ良いことを教えてやるよ」

「魔王はまだ生きてる」




 私の言葉を聞いた瞬間、芽衣は仄暗い瞳を輝かせた。


「どうして?」


「それもお前が自分で調べてみな」


「はい……!」


 なんかな……なんだろう……。


 本当は芽衣の身の安全のためにも教えないほうがいいんだろうけどな……。


 知っているのは皇族の限られたやつしかいないマジの機密事項だ。


 でも、こうすれば芽衣の生きている実感がわくのかもしれないと思ったら言わずにはいられなかった。


「ただ、お前がどっか行っちゃうときは私に一言教えてくれよな」


「はい……絶対……!」


 こいつが言う使命ってのが魔王を倒すことだという私のヤマ勘は当たってるみたいだった。


 芽衣は活き活きとした顔で私を見詰めている。


 でもなあ……水を差すようだから言わないけど魔王を倒す使命って普通は勇者が持つもんじゃないのか?


 聖女のやることじゃないだろ……。


 というよりも、そもそも聖女ってなんなんだ。


 まあ、芽衣が嬉しそうだからなんでもいいか……。


「あと一応言っておくけど」

「調べるときには誰も殺すなよ」


「あ、あはは……大丈夫ですよ」

「私、まだ人は殺したことありません」

「不殺の誓いを立ててるんです」


 不殺って……まるで今までに殺してきた何十万もの魔族や魔物は生き物じゃないみたいな言い草だ。


 自分と種族が違えば殺していいなんていうのは、それこそ……。


 やっぱこいつは完全にイカれてる。


 まあ、気が狂ってても全然いいけどな。


 そのおかげで私なんかと平気で喋ってくれてるのかもしれないし。


「なあ、ちょっとくっつきすぎじゃない?」


「あっ、ご、ごめんなさい」

「話に集中してたら、思わず……」


 私としてはこのままでも良いんだけど他人(ひと)の目がある場だと後が怖い。


 それこそアマナやイレミアに見られたら大変なことになる。


 ようやく私はアマナがやってたことの一端が分かるようになったみたいだ……。


 あいつが私を目の敵にしていたのは、こういう状況を避けるためにも必要な行為だったのかもしれない。


 他のやつとベタベタしてたのを好きな相手に見られたくない知られたくないっていうのは、こんな気持ちだったんだな。


「そういえばさっきの話なんですけど」


 芽衣は絡み合う手は離したものの、身体(からだ)は密着したままだった。


「私が最初に先生を止めたのは理由があって……」


 どうやらまた内緒話らしい。


 私は顔を近付けながら、その内容に耳を傾けてみる。


 本当は離れてても聴こえるんだけど。


「私たちがいた世界の近現代の話は人前でしたら良くないみたいなんです」


「タブーってこと?」


「禁忌というほどではないようですが」

「暗黙の了解くらいの強制力はあるみたいですね」


 だから私が普通のトーンでナチ云々言う前に止めたのか。


 てっきり私は前の世界の感覚で、こういう華やかな場で大っぴらに話すもんじゃないから止められたのかと思っていた。


「理由はなんとなく察せるけど……」

「お前は分かる?」


「私もなんとなくですね……」


「結局ここで味わってる贅沢も戦争ありきっぽいもんなあ」


 それこそ、この主催者であるリセは武闘派なんだから戦争がなくなっちゃったら困るだろう。


「私たちの世界では植民地政策は主流ではなくなっていましたから」

「きっとそういう話が出たら後ろ暗いんでしょうね」

「それに民主主義なんて広まったら大変ですし……」


「確かに」


「むしろ私の感想としては、どうして聖女の話すことに制限をかけないのか」

「異世界の知識を持つ上流階級の口を閉ざさせないのか」

「それが不思議なんです」


「本当は閉ざさせてるのかもよ?」


 私は思い付きを言ってみる。


「え?」


「お前がおっかないから国側はそんなこと命令できないんじゃないの?」

「ほかのやつらは黙らせてるのかも」


 思い付きを言った後に私は気付いた。


 正直、私はその答えのひとつをほんの僅かに知っている。


 この国から炙れて他国で、そういう人権意識の高いことをした聖女がどうなったのか。


 その末路を。


「私が革命とか起こしちゃったら大変ですね」


 というか良く考えたら、この国は聖女が持ってきた知識があるのに、わざと文明を進めてないってことだよな……。


「だな」

「この国の連中はアホかもしれない」

「お前がもしも近代化を進めたいとか思ったら止められるかどうか分かんないんだから」


 そう言いながら芽衣相手でも止める算段があるんだろうと思う。


 だって今の世代で聖女を止めてきたのは……。


 あれ?


 "聖女を止める"か。


 なんか変な感じだ。


 私は、そのキーワードから何か閃きそうだったけど微妙にピースが足りない気がした。


 なんだ、なんだこの感じ……。


「私なんて大したことありませんよ」

「それよりも先生がそういう考えに目覚めてしまったら大変ですよ」


「そうだな……」


 流石にそれは大したことがないとは言えなかった。


「だから聖女たちは贅沢尽くしにされてるのかもな」


「そうですね」

「でも先生は贅沢なんて関係ないでしょう?」


 ああ……さっきのとは別に嫌なこと考え付いちゃった……。


 アマナが私のことを力尽くで止められないから色仕掛けに来てるんだったら……みたいな。


 それはないか。だって私が"そういうの"じゃなかったら成り立たないわけだし。


 でも"そんな"意識はなかったけどな。


 私以外の人間なんて男女も含めて全員が同じようなもんだと思ってた。


 みんな同じようなやつらであることが羨ましかった。


「いや、私はこの国で贅沢したいからやらない」


 だけど今はそれぞれの違いを理解しつつあるのかもしれなかった。


「えぇ……絶対嘘ですよね」


 アマナがデカい顔できる国をわざわざ崩すようなことはしない。


「まあな」

「本当はお前もいる国だから」


 私は「アマナも」という部分を抜いた言葉を口にした。


「あっ、あっ、先生……」


 芽衣は顔を赤くして口をパクパクさせていた。


 面白いやつだな……。あと、ごめん……。


 それにしてもこいつ……こんな純情な感じなのにアマナと"なんか"あるんだよな。


 女ってのは怖いね。


 芽衣がくっついてきたとき、私はドレスの内側に紛れたペンダントを目にしていた。


 そのチェーンにはアマナの家の指輪が通されていた。




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