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第三帝国

──「ミーティア・ハスク」中庭 10/03/夜


 芽衣とグラスを交わした後、中の液体を口に含んだ私はぼんやりと中庭を眺めていた。


 シャンパンもどきか。しゅわしゅわしてるワインは苦手だ。


 ……前の世界だとシャンパンは地方の名前に由来してたはず。


 こっちの炭酸ワインの名前は人名由来だったかな。


 うーん、でもワインっていう呼び名はそのまま通じるんだよな……。


 この国は建国時から聖女の知識に影響されて出来上がったせいか、物の名前は、日本語、日本の外来語、前の世界の他言語、そして今の世界の言語が(いびつ)に混じり合っていてややこしい。


 そういうのなんて言うんだろうな。外々来語?


 芽衣の穏やかな物腰に毒気を抜かれた私は、そんなどうでも良いことを考えるくらいにボケっとしていた。


「……でも先生の話もあながちおかしなことではないんですよ」


 いつの間にか芽衣が身体(からだ)を寄せて私に囁きかけていた。


「私の話ってチョビ髭のやつ?」


「ふふっ、ふふふ……」


 芽衣は小さい声で笑いを漏らしている。


 昔、弟がチョビ髭伍長とか良く言っていたせいで私はそんな呼び名を口にしてしまっていた。


 すると芽衣は笑いを押し殺しながら口を開く。




「第三帝国」




「ナチス・ドイツでDrittes Reichと呼ばれた概念があって」


 やば、私の耳でも聞き取れなかった。


 発音良すぎだろ。


 そういえば芽衣って見た目が日本人離れしてるし、じつは日本人じゃないのかも。


 瞳は真っ黒で日本語も流暢だから日系なのは間違いないと思うけど。


 芽衣の栗毛はヨーロッパとかの赤毛由来なのかもしれない。


「私がさっき言った神聖ローマ帝国を第一」


 あれ、でもこいつって転生聖女だから体はこの世界の人間なんだよな……?


「帝政ドイツを第二」

「ナチ党の統治下を第三とした考え方があったんです」


「あー……第三帝国っていう呼び方は聞いたことがあるな」


 芽衣がヒソヒソと喋るもんだから私まで声が小さくなっていた。


 そのせいで余計に芽衣との距離が近くなって今は吐息がかかりそうなほど顔が近い。


「もともと第三王国っていうキリスト教圏の考え方があったんですけど」

「それをナチ党がスローガンとして"カッコつけ"に使ったようで」


「ふうん」

「そのへんの地域の連中にとって鷲のマークは昔から馴染み深いってことか」

「でもローマってイタリアじゃないの?」


 私の世界史への興味のなさがモロに出てしまっていた。


「あはは……そのあたりは色々とあって……」


 苦笑いされちゃったな……。


 かなり勉強ができないと思われてるに違いない。


「神聖ローマ帝国は箔のためにローマという名称を使っていただけなんです」

「つまり、そのころから"カッコつけ"が好きだったわけですね」

「彼らは」


 いや違うな。私が笑われてたわけじゃない。


 芽衣にしては珍しく誰かを軽蔑するような言い方だった。


 さっきの笑いもそいつらに向けたものなんだろう。


 それなのにどこか自嘲的な……。


 自分すらも、せせら笑うかのような表情をしている。


 ……たぶん芽衣は。


 私は芽衣の出自に思いを馳せた。


 だとしたら私はデリカシーがないどころか、相当な馬鹿女だ。


「あっ、あの先生」

「面白くない話してごめんなさい……」


「え?」


 相変わらず私は感情が顔に出てしまっていたようだった。


 でも芽衣はそれを勘違いして察している。


「いや面白い話だよ、あー違う違う」

「面白いとかじゃなくて」


 こういうの……なんて説明したらいいんだ。


「えーっと、とにかくごめんな……」

「ナチがどうこう私が言い出して」


「……?」


 芽衣は少しのあいだ不思議そうな顔をしていた。


「あの……先生って私の出身を知ってるんですか……?」


「いや、この国の記録だと知らないよ」

「今日お前が蔵書室に来たときに私が見てた名簿にも書いてなかったしな」

「あそこに書いてないことを知る人間はいないだろ」

「私がなんとなく感じただけ……」


「先生がそんな気を使わないでください……」


「お前がそう言うならそうするけどさ……」

「素性が分からない人間同士でチョビ髭がどうとか言うもんじゃないなって」

「思っちゃって……」


 いつの間にか芽衣は私のグラスを持っていないほうの手を握っていた。


「ただの歴史の話ですから……」

「それに変に話題を避けるのもおかしなことですよ」


「そうかもな」


 私は芽衣の手を握り返す。


 こんなところ、アマナに見られたら大変だな。


「普通はさ」

「転生なんてしたら前の世界の生まれに縛られないもんなのかな」


「私は……もう気にしてませんよ」

「転生する前も気にしていませんでしたから」


 そうは見えない。


 ただ芽衣の"気にしていない"という言葉は別軸の意味なんだろう。


「私なんかはさ」

「縛ってくれる世界がないもんだから……」

「気にするような過去があるのはむしろ──」


 違う、こういうこと言っちゃダメなんだよな。


 私は早速さっきの反省が意味無くなりそうなことを言いかけていた。


 気にできる過去があるのは、その咎も負うってことなんだから。


「ふふふ……先生らしく自由に喋ってください」

「私はそっちのほうが嬉しいです」


「そう言われてもな……」

「やっぱ過去みたいなのがあったほうが生きる実感がわくのかな」


 悄気ている私を元気付けたいのか、ますます芽衣は私に密着していた。


「先生はどこに行っても生きている実感がわかないんですか?」


「まあな」


「それなら私だってそうですよ」

「前の世界でも今の世界でもまるで生きている気がしません」

「だから、さっきも先生が言っていた通り」

「私たちが同じ世界にいた気がしないのは、そのせいだと思います」




「私はまだ自らの使命(デューティー)を何も果たせていない」




 あぁ……芽衣のヤバいところが出てきちゃったな……。


 こいつは20万の軍勢を

 そしてそれ以上の魔物を"北方大陸"で撫で斬りにしても──

 まだ何も成し遂げていないと思っているんだ。




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