双頭の鷲
──「ミーティア・ハスク」中庭 10/03/夜
アマナがはめてくれた指輪を外しながら中庭に出た私は、さっき見たばかりの特徴的な金髪をすぐに見付けた。
テラスに出てすぐの所にいたので私はすかさず声をかける。
「よう、二人で楽しんでるときに悪いな」
「あっ、伊勢谷先生っ」
「ヒスイか、俺はむしろ大歓迎だ」
私が声をかけると芽衣は嬉しそうな顔を見せ、ガルアードのほうは金髪をたなびかせながら返事をした。
二人とも髪長いな。
「なんの話してたんだ?」
「別にどうってことない話だ」
「ちょうど首都に帰ってきたばかりだから西方の土産話をちょっとね」
「ダンジョンにもたくさん潜ってきたみたいで」
「私も行きたいなって言ってたところなんです」
「ふうん、ところでお前がエスコートしてきたの?」
「いやいや、俺なんてつり合わないよ」
「そうか?」
「良い雰囲気に見えたけど」
「そんなことありませんよ」
芽衣がちょっと不満げな声を出した。
いや、それはガルアードがかわいそうだろ……。
「言っただろ?」
「俺じゃふつり合いなんだって」
ガルアードは大して気にしていないみたいだった。
「まあ、お前がそれで良いなら……」
私は話しながら芽衣の指先にチラリと視線を移す。
アマナの家の指輪は……してないか。
私の勘違いかな。
「じゃあ誰のエスコートなんだ?」
「い、伊勢谷先生が私のエスコート相手を気にするなんて珍しいですね」
芽衣はおずおずと疑問を口にした。
「そう?」
いつの間にか私もだいぶ恋愛脳に染まっていたらしい。
「教えたくない?」
「そっ、そんなことないですっ」
「ただ……そのー……」
何をこんなに言い淀んでるんだ。
私は妙な胸騒ぎを覚えた。
「あの人なんですよね……」
芽衣が声を潜めながら中庭の奥の方を指差した。
「うわ~、マジか」
「懐かしいな……」
「俺も驚いたよ」
「まさかこの国に帰ってきてるかと思ったら」
「芽衣のエスコートなんてしてて」
それはかつて私が勇者パーティをいっしょに組んでたやつだった。
アンデイルか。芽衣が声を潜めるのも分かる。
「おいおい、あんなやつ入れちゃダメだろ」
「というか芽衣も良くあいつと来たな」
「飲む前はとても紳士的だったので……」
「酒癖が悪いのは知らなかったんですよね……」
アンデイルは中庭で大の字になってゴロゴロと転がっていた。
や、ヤバすぎる……。
まだ始まったばっかなのに飲みすぎだろ、あいつ。
「でも御婦人方には好評みたいだ」
アンデイルの周囲には貴婦人たちが集まって黄色い歓声を上げていた。
一方、ガルアードはやれやれといった表情でその様子を眺めている。
「あいつ顔だけは良いからな……」
「それにああいう奇行も物珍しくて受けが良いのかも」
「俺もやろうかな」
「やめとけって……」
「腐っても救国の英雄みたいに言われてるやつだから」
「それもあるんだろ」
「ヒスイだってそうだろう?」
「私なんかは周りのやつがビビっちゃって寄り付かないんだよ」
「あんくらい馬鹿で能天気な方が可愛げがあるんだろうな」
「うらやましいもんだ」
私は近くの給仕がトレーに乗せていたグラスを手に取り、一気に飲み干した。
「え、えぇ……伊勢谷先生もあんなふうに囲われたいんですか?」
「いや、そういう意味じゃなくってさ……」
「あっ、そ、そうですよね」
「伊勢谷先生は勇者パーティ以外にもたくさん活躍がありますから」
「余計に近寄りがたいのかもしれませんね」
「こんなに良い先生なのに……」
芽衣はやけにうっとりとした顔で私のほうを見た。
変なやつだな。
「さてと、俺はあいつを止めに行ってくるか」
「そろそろレムノルミニアの家のやつらに追い出されかねない」
「たかってる連中に粉かけに行くだけだろ」
「そうとも言う」
ガルアードは脇目も振らずアンデイルのほうに駆け寄っていった。
「二人になっちゃいましたね」
「悪いな、私がいると声かけてくるやつは限られちゃうからさ」
「そっ、そんなことないです」
「私は先生とゆっくりお話ができて嬉しいです……」
芽衣は良いやつだな……。
「私も嬉しいよ」
「あ、乾杯しよっか」
私は近くの給仕に目配せをしてグラスを持ってこさせる。
そのあいだ、別の話を振ってみることにした。
「この家の垂れ幕なんだけどさ」
「あれに描いてあるのって家紋みたいなやつ?」
「はい、七大貴族のそれぞれにある紋章ですね」
「なんかさ~、どっかで見たことあるんだよなあ」
今までまったく気にもしていなかったけどアマナの一件以来、この世界のことを良く見るようにしていたら、まず気になったのがこれだった。
「確かに私たちがいた世界でも良く見かけたモチーフですよね」
「双頭の鷲……」
「ふうん、そういう名前なんだ」
「あ、いえ、レムノルミニア家の紋章がどう呼ばれているかは分かりませんが」
「私たちの世界でそう呼ばれていた図案ですね」
「かなり多いんですよ、国旗、国章、紋章で……」
「お前としてはどこのイメージが一番強い?」
「やはりハプスブルク家や神聖ローマ帝国でしょうか」
「気候や作物もこの国と近い感じがします」
「とは言っても、こちらのほうがかなり温暖ですけど」
「あ~、私でも聞いたことある」
「でもやっぱ鷲のマークといえばさあ」
「ナチ──」
「あ、ちょっと先生……」
芽衣は心配そうな目付きで私を見ていた。
「じゃなくて大正製薬だよな~」
「この世界に来てからリポビタンDの味なんて忘れちゃったよ」
あっぶね、弟の偏った知識に毒されてたせいで変なこと言いそうになっちゃった。
「ふふふ、私も久しぶりにリポビタンDなんて聞きました」
芽衣は穏やかに微笑んでいた。
「こういう話が通じるといっしょの世界にいたことがあるんだなって」
「なんともいえない気分になるな」
「そうですね」
「先生と同じ世界にいたことがあるって考えると」
「それだけで温かい気持ちになります」
「まるで今は同じ世界にいないみたいな言い方じゃん」
「先生だってそうじゃないですか」
「なんでだろうな」
「うーん……そもそも前も同じ世界にいた気がしないから、じゃないか?」
「私もそう思います」
芽衣は微笑を浮かべたまま頷いた。
ちょうどグラスが来たので私は芽衣に向けながら手に取った。
「じゃあ、大正製薬に乾杯」
「ふふふっ、大正製薬に乾杯」
こうやって私との会話で笑顔になってくれる芽衣を守ることができますように。
大正製薬も異世界でそんなことを願われてるとは思いもしないだろうな。




