11/??/昼(予告)絶対に当たる宝剣
──「イフィリオシア大公爵領」初代聖女派神学院遺構
"絶対に外れる宝剣"ジギタリス。
ギフトと同質の存在である以上、それはつまり"私の伊勢谷先生"の肌を傷付けることが可能な刃かもしれなかった。
……こんな危険なもの、このままへし折ってやろうか。
「なんで軌道が分かったの?」
「目で見ていたからよ」
私はジギタリスの刀身を掴んだまま答えた。
体感時間が引き伸ばされた中でも無詠唱で効果が低くなった分、逆に口が利ける。
「その剣の特殊性は結局は当たるまでの過程にしかない」
「対象を斬ることができた時点で」
「肌に触れた時点で」
「この現実の中に再び顕れている」
「あなたの肉体もそう」
「うんうん……じゃあ僕が出てくる空間も分かってたわけだ」
「普通の人間ならカウンターを置いとかれて死んでるよね」
「でもアマナは見逃してくれた」
白々しい。
こんな剣の性質とは関係なくアレンを殺すことはできない。
もちろん、それとは別に先生の生徒なのだから最初から殺す気はない。
「私がイセヤ先生の生徒を殺すわけないじゃない」
「だからもう一方の剣は抜かないことね」
「抜いたらどうなるの?」
「ジギタリスを折るか、あなたを殺すか」
「どちらかを選ばないといけなくなるわ」
「んふふ、そこは剣を折ることを選んでよ」
「私としてはこのまま折りたいくらいなのだけれど」
「そしたらあなたの王位が遠のいてしまうでしょう?」
「いやいや、そんな気を遣われても……」
「殺されちゃったら意味ないよね」
「でも……抜いちゃおっかな」
「馬鹿ね」
アレンは鞘に収められた剣を下から逆手で掴む。
私はアレンの左足を踏み抜きながら、上がりきろうとしていた肘を右手で押さえた。
「いやぁ、どっちも動けなくなっちゃったね」
「──捻じ曲がれ。彼方の安寧」
「──明星を手に」
お互いの詠唱が交錯し、周囲一体が光に包まれる。
目眩まし……。
私が操ろうとした影を打ち消すほどの強い光が収まると目の前からアレンの姿がなくなっていた。
おかしい。光なんて関係なく掴んだままだったはずなのに。
……目で見えていない部分にギフトや宝剣に類するものを仕込んでいたようね。
『──世に道灯りはなく、人の生はただ迷うだけ……』
周囲からアレンの玲瓏な詠唱だけが聞こえた。
空気が僅かに湿り気を帯びている……。
「皇子なんてやめて詩人にでもなったらどう?」
『それもいいかもしれないね』
『自由というのは素晴らしい』
『でも僕はね、他の人間と違って自分の生まれを呪ったりはしてないんだ』
先生はアレンのことを毛嫌いしているけれど私がアレンを嫌いになれない理由がそこにあった。
「私はあなたのことをそれなりに敬っているの」
「わかるわよね?」
私が問いかけるころには周囲はすべて霧で包まれていた。
恐らく、もうジギタリスを"一本だけ"で振るうことはないだろう。
『わかるよ』
『んふふ、僕らはみんなそうだったね』
『君も僕もサフィも芽衣も』
『みんな自分から逃げたことは一度たりともない』
『あ、でも君は2回は逃げちゃったんだっけ?』
「うるさいわね」
「私が逃げることはもうないわ」
『誰のために?』
「答えるわけないでしょ」
『イセヤ先生はどうなんだろうね』
アレンは暗に私が先生のために生きていると言いたいかのようだった。
「……わからないわ」
『僕もあんまり分かんないんだよね』
『だから君が先生といっしょにいてあげるべきなんだ』
「じゃあここを通しなさいよ」
『通してあげたいけど通せない』
──くる。
私の右脚から血が迸った。
……それなりに深い。
表皮に触れた瞬間に全身を引いたのだけど間に合っていない。
だけど今ので分かった。
アレンがさげていたもう一本は確実に宝剣プロテリスだ。
別名は"絶対に当たる宝剣"。
振った人間が移動するのはジギタリスと同じ。
なのに遠距離から斬撃だけが"歪曲結界"の真下に発生している。
「良く準備してきたわね」
『だって普通に戦ったら君の結界がすごすぎて触れることさえできないから』
『これが今できる僕の精一杯だ』
今の攻撃は魔法じゃない。
彼はジギタリスを振る瞬間、僅かに遅らせてプロテリスも振ったのだろう。
一本だけで使う分には確実にプロテリスのほうが弱い。
名だたる剣豪が振るうならともかく絶対に当たることが分かっているのだからアレン程度の腕前では軌道を読まれて刃が身を裂く前に掴まれるだけだ。
それでも二本で使えば話は変わってくる。
ジギタリスの絶対に外れる力で私を斬ろうとして、プロテリスの絶対に当たる力で私を斬ろうとする。
そうすればジギタリスの外れるための移動がプロテリスの当てるための移動で打ち消されて掻き消える。
その力通りに私から外れて何もない空間を斬るジギタリスの斬撃、そして私を斬るプロテリスの斬撃だけが残った。
結果的に"絶対に当たる"斬撃が持ち主の手から離れて私の体に顕れるわけだ。
……常軌を逸した使い方ね。下手をすれば現実が揺らいで世界が崩壊しかねないわ。
そもそも移動が掻き消えている時点で剣の持ち主がこの世から消え去ってもおかしくない。
きっとアレンのことだから志願者で実験してから自分で使っているのだろうけど。
「最後に言っておきたいことはある?」
『え?』
『それって僕のセリフなんじゃないの?』
「いえ私のセリフよ」
「あなたはもう終わり」
アレンの生まれも才能も努力も、こんなくだらない剣を振り回すためにあるわけじゃない。
「あなたが慣れないことをしている以上、最初から私の勝ちが決まっているの」
さっさと引導を渡してあげないと。




