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11/??/昼(予告)絶対に外れる宝剣

──「イフィリオシア大公(たいこう)爵領」初代聖女派神学院遺構


 かつて何百年も前に初代聖女派の神学院があったとされる地は今やイフィリオシア家の領土に呑み込まれ、荒れ果てた遺構を残すだけとなっていた。


 初代聖女派、つまり皇族派の土地が現代においてイフィリオシア家の領地となっていることは学園の異世界聖女たちの傲慢な振る舞いとは裏腹に、フランをはじめとした老人たちの闘争の中で、その趨勢が貴族派に傾いていることを意味している。


 そして私は姿を消した伊勢谷先生を追いかけて、この遺構までたどり着いた。


 ……この地下に先生はいる。


 岩と土にまみれた景色の中、私が閉ざされた地下の入り口を見つけると、その前には見慣れた人影が立っていた。


「いま君が先生と合流しちゃうと困る人がいるんだよ」


 アレンテラ・トリスティアは相変わらずヘラヘラとした表情で私に話しかけた。


 彼は二本さげている剣のうち、そのひとつを既に抜いている。


 宝剣ジギタリス。


 "鍛冶の聖女"が作り上げたとされる聖剣とは、まったく違う出自を持つ古代の剣。


 ゆらりと陽の光を反射した青紫色の刀身で私はすぐに判別がついた。


 あんな大げさなものを持ち出してくるなんて、どうやらアレンは本気のようね。


「いい加減、自分の責任をいもしない他人に押し付けるのはやめたら?」

「私相手にそういうことをやっても意味がないでしょう」


 私とアレンは似ている。


 何かを特定されないために、つねにありもしない出来事、いもしない人間が原因であるかのように振る舞う。


「んふふ、癖なんだよ」

「さらなる黒幕がいるみたいに喋るのが」


 今度は逆だ。


 まるで自分が黒幕だったとバレたような口ぶりだけど……。


 結局はアレンも盤上に乗せられた駒のひとつでしかない。


 私は、もはやそれを確信していた。


「そんな大仰な剣を持ち出して……」

「だいぶ切羽詰まってるみたいね」


「そうだね」

「僕としては何度も先生に忠告しておいたんだけどね」

「あんまりアマナと仲良くしないほうが良いよってさ」


 それはその通りだ。


 でも結局、私が自分を抑えられなくて、あらゆる均衡を崩してしまった。


 先生は悪くない。


「君に比べたら先生は良く話を聞いてくれたよ」

「流石は担任教師」


「当たり前でしょう」

「あなたみたいな人間でも、あの人にとっては生徒なのよ」


「お熱いねぇ」

「ちょっとお願いがあるんだけど」


「何?」


「どうにか帰ってくれないかな」


「無理」


「皇子の僕がお願いしてるんだよ?」


「九男の皇子でしょ」


「残念だよ」

「この半年間、君だけは僕のことを(くらい)が高い人間として扱ってくれていたのに」


「そうね」

「だって私はあなたの出自を知っているのだから」

「あなたが九男などではなく、もっと高貴な人間なのだということを」


 私とアレンの距離はかなり開いている。


 たとえアレンが剣を振るったとしても、ただの素振(すぶ)りにしかならない。


 返事がなかったので私は他の話を振る。


「たったひとりでこんな辺鄙なところまで来たのかしら?」


 かくいう私もひとりだ。


「単独行動は作戦の基本さ」

「こうやって向かい合っていると昔を思い出すね」


「学園のお遊びはもう飽きた?」


「君はどうなんだい」


 何度も死ぬほどスリルに満ちているわよ。


 でもスリルなんて私は求めてない。


「まあまあよ」


「へえ……」

「僕もまだまだやる気はある」

「だからこそ、ここで君を止めないといけないんだ」


 言葉を終えるとともにアレンはマントを翻して刀身を隠しながら宝剣ジギタリスを振るった。




「──甦れ。我が忘却」




 私の右腕の付け根から鮮血が吹き出す。


「アマナ……すごいね」


 だけど左手では青紫色の刀身をしっかりとつまみ込んで止めていた。


 私は闇魔法"レテ"を解いて口を開く。


「あなたが大したことないだけよ」

「こんな剣を使って初撃で他人(ひと)を仕留められないなんて」


 私は無駄口を叩きながら斬られた表皮の真下に"歪曲結界"を張って出血を止める。


 今度は無詠唱で──

 効果は劣る反面、アレンに気付かれないように"レテ"を使った。


 アレンは一切踏み込んだ様子はなく魔法を使った形跡もない。


 ただ剣を振るっただけで遠く離れた私の目の前に現れ、刃の軌跡とはまったく別の場所を斬り捨てた。


 ジギタリスは使い方を間違えなければ無敵の剣だ。


 別名"絶対に外れる宝剣"。


 その力は聖女のギフトに似ている。


 魔法は只人(ただびと)が扱えば体を動かすだけで成し遂げられることの時間を短縮する(すべ)でしかない。


 火を起こす、風を操る、土を動かす、水を流れさせる、そんなことは人力でもできることなのだ。


 三流の魔法使いが魔法を使うよりも、魔力がない10人の平民、いや1人の平民のほうが効率良く火を起こしたり、扇で風を操ったり、土を掘り起こしたり、水を汲んだり、魔法なんてなくても人間はあらゆることができる。


 しかも、それぞれの道の専門家や職業となれば、もっと優れている。


 火の魔法使いよりも鍛冶師のほうが火を良く理解している、風の魔法使いよりも羊飼いのほうが風を良く理解している、土の魔法使いよりも農家のほうが土を良く理解している、水の魔法使いよりも漁師のほうが水を良く理解している。


 だけど聖女のギフトは違う。


 凡人の魔法と違って本物の奇跡を起こす異能だ。


 ジギタリスはそういうギフトと同じで世界の法則を無視して"私の隣の空間に当たらなかった"。


 アレンは"絶対に外れる剣"を私から外すように振るうことで、私に"必ず当たる剣"にしている。


 でも(しん)に恐るべきはその切れ味だ。


 指ひとつで山を崩せる伊勢谷翡翠が握り込んでも崩れない、厳密には触れてすらいない私の"歪曲結界"を透過した。


 いや、刃が一度は消失してから身体(からだ)中に張り巡らせている"歪曲結界"の紙一重の下に顕れて肌という概念に触れたのだ。


 ギフトと同質の存在である以上、それはつまり"私の伊勢谷先生"の肌を傷付けることが可能な刃かもしれなかった。




 ……こんな危険なもの、このままへし折ってやろうか。







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