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晩餐会のエスコート

──「ヘルメス皇国首都」最上層市街地 10/03/夕方


 アマナを帰した後、身なりを整えた私は(くだん)の晩餐会へと向かうことにした。


 随分とアマナとの関係が変わったせいで私はあいつが好きそうなイブニングドレスを自然と選んでしまっていた。


 (よう)は……やたらと露出してるやつ。


 私は普段から着込んでいるわけじゃないけど、こうなってくると少し恥ずかしいな。


 でも着ちゃう。


 もちろん、女ひとりで晩餐会になんて行くことはできないのでエスコートの相手として"お偉方の誰かしら"が見繕った男が丁度良い時間に私を迎えに来た。


 まあ、私だったらひとりで行っても驚かれなさそうだけど。


 それで今はその男が用意したとんでもなく豪奢な馬車に乗って会場まで向かっている。


「で?」

「なんでお前が私のエスコート相手なわけ?」


 私を迎えに来たのは自分の教室の生徒で九男の皇子でもあるアレンテラ・トリスティアだった。


 どうやら"お偉方の誰かしら"の手引じゃなさそうだ。


「んふふ、先生も色々と積もる話があると思って」


 アレンは相変わらずのニヤケ面と気味が悪い笑い方で私の疑問に答えた。


 こいつは"今の私"にどんな積もる話をするつもりなのやら。


「いつも私を迎えに来てたやつはどうしたんだよ」


 それこそまさか消しちゃったわけじゃないよな?


 昼下がりにレヴィアと交わした会話を思い出しながら私はアレンに問いかけた。


「彼は学園長の親類だからね」

「学園長からしたら先生と懇意にさせて箔を付けてあげたかったんだろうけど」

「今日は"辞退"してもらったよ」


「死んでるか生きてるかを教えろよ」


「いやいや」

「なんで死んでるなんて発想が出てくるのさ」


「まあ生きてるならなんでもいいけどな」


 あいつも学園長に無理やり私の付き添いをさせられて、さぞ迷惑してるだろうし。


 イレミアを遠ざけてサフィとアマナを近付かせたり、私とイフィリオシア家の男を近付かせたりと学園長はそんなことばっかやってんだな。


 御家(おいえ)が偉いやつは大変だね。


「お前なら邪魔なやつはすぐ消しちゃうだろ?」


「……あははは、先生の前だとそういう素振りは見せたことないんだけど」

「アマナから何か聞いたのかな」


「アマナがお前のことなんて話すわけないじゃん」


 これはマジ。


「それになんで私と仲が悪いアマナが私にそんな話をすると思うんだ?」


 私が晩餐会に行く目的なんて数少ない知り合いと飲み食いするぐらいの……今日に限っては夜もアマナと顔を合わせるために行くようなものだ。


 それ以前に現役のときから晩餐会なんてアマナなりレヴィアなりと飲んで喋るぐらいしかやることがなかったけどな。


 なんにせよ目の前のこいつにエスコートしてもらうために行くわけじゃないことは確かだ。


「そうだね」

「僕はまだ先生とアマナが仲直りしたことを知らない(てい)のはずだ」

「だけど知っちゃってるのさ、これが」


「お前がなんでもかんでも知ってることは分かってるよ」

「逆にアマナが学園に入ってくる前までは」

「私とあいつはそれなりに社交界で仲良さげにしてたわけじゃん」

「お前からしたら入学後に私とアマナの仲が悪くなってるのが不思議じゃなかったのか?」


「そういう見方もあるだろうね」

「ただ僕からすれば当然の帰結に見えたよ」


「当然の帰結?」

「私が嫌われるような理由が周囲からしたら分かってたってことか?」


 だとしたらアマナが相当恥ずかしい感じになっちゃうじゃん。


 サフィに恋しちゃってるのも、そのために元々仲良かった連中を遠ざけてるのも、周囲はお見通しだって?


 それは流石にないだろ。


 サフィに恋しちゃってるのが分かってたとしてもな。


「ああ、先生が考えてる理由とは全然関係ないから」

「安心してよ」


「ふん、お前はアマナの"そういう"のが分かってんのかよ」


 たぶんアレンは全部わかってる。


 けれど私は念の為に中身をボカしながら確かめた。


「うんうん」

「アマナがサフィを好きで……みたいな話でしょ」

「それはみんな分かってると思う」

「でもそのせいで元々交流があった人たちを遠ざけてることを理解してるのは……」

「精々、僕と……」


 アレンが言葉を途切れさせたとき、叢雲に隠れていた月光が馬車の中に差し、その綺麗な青い髪を透き通らせた。


「僕と?」


 私はアレンの言葉の続きを促す。


 今こいつは何を計算してるんだろうな。


「僕とサフィ、後はもしかしたら芽衣って感じかな」


「それって今のアマナの周囲のやつ全員じゃん」


 私は間髪を容れずに突っ込んでしまった。


 いやいやいや……。


 アマナが可哀想になってきたな。


「サフィにバレてるなら意味なくないか?」

「いやバレてるほうが意味あるのか……?」


 ヤバいな、私にはぜんぜん分かんない。


「でもこれはアマナと先生の仲が悪くなることに関係ないんだ」

「僕からすればね」


 何言ってんだ、こいつ。


「あのさ」

「お前もっと最初から結論ありきで喋れないのか?」


「んふふ、そんなにピリピリにしないでよ」

「今朝から慣れないことばっかりやって気が立ってるのかな?」


 私が今日一日、何をしていたのかなんてお見通し、みたいな雰囲気を出してやがる。


 だが今朝はアマナが"例のやつ"で周囲を探っていたわけだから……なんだっけ、使い魔?とかで監視はできてないはず。


「あんまり何でも知っているように見せても」

「そうでもないことを私が分かるときだってあるんだぜ?」


「生徒相手にそんな凄まないでよ」

「僕は多少推測してただけなんだから」


「お前から見た理由ってのを聞かせろよ」


「それは話すわけにはいかないなあ」


「はぁ?」


 こんなにもったいぶっておいて教えない?


 何考えてんだ。




「お前そんなんだからモテないんだよ」




「皇子相手にそんなこと言うかな、普通」


 アレンはまるで気にせず、悪びれもせずに答えた。


「僕が言わないのはアマナのためなんだって」

「それなら先生も望むところだよね?」


「……私のことをよく分かってるじゃんか」


 そう言われたらこれ以上は追及できない。


 それに今となっては過ぎたことだしな。


 こいつの嘘って可能性もあるが、私の直感が本当にアマナのためなんだろうと告げている。


 なんでそう直感が囁くんだろうな?


 ちょっと考えてみるか。


 わかりそうになったら考えるのをやめる。


 これでいこう。


「全部知る気はないから本当にちょっと聞くだけなんだけどさ」

「それって何に関係した話なんだ?」


「うーん、先生って余計なことを考えないだけで」

「頭の出来自体は良いからなあ」

「何言っても分かっちゃう気がするよね」


 流石に皇子だけあって恐れ知らずなやつ。


「当然の帰結っていうのがヒントなわけだ」


「そうそう」


 じゃあアマナがツンケンし始める前、つまり私が魔王討伐の旅に出てあいつに会わなくなって……。


 それで私が教師になってからアマナが入学するまでのあいだに原因があるわけだよな。


 そんなもの……。


「大陸戦争しかないじゃん」


「ご明察」

「でも先生、それ以上君が考えたら答えが分かっちゃうから」

「もうやめておいたほうがいいよ」


「……そうだな」

「まあ……ちょっと分かっちゃったよ」

「アマナの心理は考えてないにしても」


 どうも私は自分の頭の回転の速さを見誤っていたみたいだ。


 思っていたよりも答えに辿り着くのが早かった。


 "大陸戦争でアマナが何をしていたのか"それが私への態度につながったわけだ。


「だからやめておいたほうがいいって言ったのに」

「"それ"が分かったら今後アマナと気まずくなっちゃうかもよ?」


「元はといえば話を振ったお前が悪いんだよ」

「どうせ最初から私に今後のヒントを与えるつもりだったんだろ?」


 そもそも、そんなことは私がアマナを避ける理由にはならない。


「それもご明察」

「流石はヒスイ先生」


「そしたら他の"積もる話"もさっさと聞かせろよ」


「そうだね……」

「先生とアマナが学園内のゴタゴタを片付けるために動き出した……」

「それが昨日と今日のことだよね」

「その切っ掛けはなんだったのか……」

「それを教えてくれたら僕も色々とアドバイスできると思う」


 こいつ、交渉が上手いな。


「へえ、お前はなんで私とアマナが結託したのか」

「その切っ掛けを把握できてないんだな」


 そりゃそうだ。


 アマナの言ってたタイムリープ云々がそのまま起きているなら本人から話を聞いた私と芽衣……。


 後は多分イレミアしか知らないはずだ。


 芽衣もイレミアも口外すること……アマナの不利益になるようなことはしないだろ。


「それなら教えない」


「教えてよ」


「やだよ」


「どうしても?」


「お前が分かんないんだろ?」

「だったらアマナの切り札として取っておいたほうがいいだろ」


 それにこいつは気付いてないだろうが、対アレンという意味では私もカードがないでもない。


「アマナの切り札になるようなことなんだね」


 アレンは私の少ない言葉から意図を読み取った。


「ああ、さっきはお前がヒントをくれたわけだし」

「これはそのお返しだよ」


「流石は先生」

「君がいた世界で言うところのフェアプレー精神ってやつかな」


「そんなんじゃないさ」

「だがこれで貸し借りなしだ」

「それでも聞きたいって言うんなら」

「まずはお前の立場と目的を教えてくれよ」


 そう。なんで私がアレンをこんなに煙たがっているのか。


 それはすべてここにある。


 そもそもこいつは皇子なんだ。


 だから根本的には七大貴族のアマナと相容れない……はずなんだけど。


 昼頃に聞いたレヴィアの話だと結局この派閥対立は平民の反感を鎮めるための演出だか、もっと利益を生み出すための仕組みだかで貴族派も皇族派も"グル"だってことなんだよな。


 だとしても私はこいつにアマナの情報をなるべく渡したくない。


 それはこいつが余りにも臭うから。


 たぶん直接手に掛けた人数で言えばアマナのほうが多い。


 でも間接的に殺した人間の数で言えばアレンは圧倒的だ。


 そんな気がする。


 立場的にもそうだろうしな。


 九男の皇子。それぐらい他人を犠牲にしなければ宮廷の中では生き残れないんだろう。


 勝手な憶測だけど……。


「じゃあどうして僕をそんなに怪訝な目で見ているのか」

「それを教えてくれたらこっちも教えるよ」


 珍しく分かりやすい要求だな。


「そういえば最初はそんな話だったな」

「お前からは人間の血の臭いがする」

「それだけだよ」

「ああ、ちなみにお前本人以外の血の臭いがな」


 私は一応"こっちが握っているカード"をチラつかせておいた。


「……これでも剣技の修練を積んでるから怪我も良く負うんだよって」

「途中で突っ込みかけたけど」

「やめて正解だったね」

「君の言う通り、僕はそれなりに他人(ひと)を手に掛けてる」


 こいつも私ほどじゃないが頭が良く回る。


 本当に大したやつだ。


 私が言った"お前本人以外の血の臭い"というワードを聞いて……。


 怪我から流れ出る自身の血の話だと"思ったことを装う"なんて。


 この一瞬で私がチラつかせたカードに"気付かなかったフリ"をするためにこんな会話ができるとは。


 流石に普段から頭が良さそうな振る舞いをしているだけのことはある。


 それはともかく、これで私が鬼札を握っていることがアレンも分かっただろう。


 結局その鬼札も死臭と同じく……匂いで分かったことだけど。


 まあ鼻が利かなくても洞察力のあるやつなら歩き方とか重心の違いとかで分かりそうなもんだが……。


「壁に目あり……なんとかに耳ありだっけ?」


「壁に耳あり障子に目あり」

「だよ」

「なんで先生よりも僕のほうが詳しいのさ」


「だって障子とか見たことないから」


「僕も見たことはないよ……」


「お前みたいなやつには、つねに耳と目が付きまとってるのか?」


「もちろんさ」

「ちなみに先生にもね」

「そもそも僕らの学園にいる人間すべてには付きまとってるよ」


 私がアレンの秘密に気付いていることは、どんな場所でも口にしないほうが良さそうだ。


「ふうん……」


 いや、その手のやつを私が消しちゃえばいいのか。


 前から感じていはいたけど誰のだかわかんないし、放っておいたんだよな。


 私が気に入ってる誰かのだったらアレだし。


 今晩アマナに聞いて"そういうの"をあいつが飛ばしていないようだったら今後は気付き次第、潰しておこう。


「お前の耳と目はどうなんだ?」


「僕は"そういうの"は飛ばしてないから」

「これから潰すつもりなら好きにやってもらっていいよ」


「へえ、じゃあ遠慮なく」

「それで?」


「うん、僕の立場はね」

「"理由がなければ"君たちと敵対することはないかな」

「"むしろ"僕が君たちと敵対してないのに」

「こんなに学内が荒れていることが問題の本質なのさ」


 また分かりにくい言い方だな。


 だがまあ、大体わかった。


「じゃあお前は派閥とかまったく無関係の第三者」

「たとえば私みたいな世の中から、はみ出た異常なやつが原因だと思ってるわけだ」


「そんなところだね」

「先生の傑出した"個の暴"の代わりに何か……」

「その何かが分からないから僕も困ってるんだけど」

「陳腐な言い方になるけど"在野の天才"が今の騒動の原因となっているんだろうね」


「原因ね」

「そいつが意図的に引き起こしているわけじゃないと」

「お前は言いたげだな?」


「誰かが引き起こしているのならそれは僕が察知できるさ」

「僕は"その"専門家なんだからね」

「もちろんアマナだって分かる。僕ほどじゃないにしても」


 なるほどな。こいつの仕事はそういうのか。


 扇動者、かっこいい言い方というか元々の言い方をすれば……確かデマゴーグだっけ?


 昔、弟が独裁者にハマってたときに聞いたことがある。


 いま思うとあいつはイタいやつだったな。


 でもアレンの場合は成り上がりの僭主じゃない。


 正真正銘、君主の血を引いている。


 なんでそんな御大層なやつがわざわざ身を落とすようなことをしてるんだか……。


「それじゃお前の当面の目的は?」


「まずは今の騒動をおさめること」

「そのためには誰と協力するのも厭わない」

「それと一応言っておくけど」

「先生と敵対したくはない」

「何をやっても勝てる気がしないからね」

「頭だって本来なら僕よりも先生のほうが良いんだから」

「ただアマナと先生があまりにも仲良くなるなら」

「周囲の勢力がそれをどう考えるかは予想しておいたほうが良いよ」


「私とアマナが二人でなんかやろうとしたら手が付けられない」

「みたいな話か?」


「そういうこと」

「先生に勝てる人間も魔族もいないし」

「アマナ相手にもそうだ」

「しかもその教室にサフィも芽衣もいるんだからね」


 確かに小回りが利きそうなアマナやサフィならともかく、私と芽衣が本気で張り合ったら大陸がいくつ吹き飛んでもおかしくない。


「だからアマナがやっていたようなことも大局を見れば正解なのさ」

「そんなつもりは一切ないんだろうけどね」


「……アマナなり私なりが孤立してたほうが偉いやつらは安心するってことか」


 ん?


 でも私に社交界を勧めてるのは周りのやつら、とくに今日明日なんかは学園長なんだけど……。


「なあ」


「うん、そうだよ」


 私が皆まで言わずとも表情を見てアレンは察した。


「現状は派閥対立の以前に」

「一旗揚げようとしている学園長に周囲が手を焼いている状態なのさ」


 またややこしいことになってきたな。




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