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田舎貴族の養護教諭

──目の前には見覚えのある天井 10/02/朝


「生きてる?」

「いや……なんだ夢か」


 私は自室のベッドに横たわっていた。

 窓からはやわらかな朝日が差し込んでいる。


 どうやら私は聖女だらけの教室のせいで異常なほどに鬱憤が溜まっているようだ。


 まさか聖女たちが派閥争いを起こした結果、その余波に巻き込まれて死ぬ夢を見て起きた……と思ったらそれも夢の中でもう一度同じ死に方をしてから起きるなんて。


 ってそんなことあるわけないじゃない。だけれど夢としか思えない。


 夢じゃなければなんだというのかしら。再誕の呪い?


 それでも生き返っているわけではない。そして、まったく同じことが2度起きるわけがないし、自室まで戻っていることもおかしい。


 まあいいや。


 とにかく学園に行ってサフィが無事か確かめなくては。あれこれ考えるのはそれからだ。




────「アウラミライ侯爵学園」前庭


「アマナー、おはよう」


 馬車から降りた瞬間に声をかけられた。


 声の主は、額の中央でふたつに分けた長い金髪、朝日を受けて透き通った碧眼、そして凛とした目鼻立ちを持つ女子生徒。


 フリサフィ・イフィリオシア。夢の中と何も変わらない。


 彼女の第一声も夢とまったく同じだ。


「ごきげんよう。フリサフィ」


「え、アマナどうしたの」

「なんかすごい顔してるよ」


「嫌な夢を見たのよ」


「どんな夢?」


「異世界聖女の派閥争いに巻き込まれて死ぬ夢」


「そんなに酷い夢だったんだ」

「疲れてるんだよー、アマナ」

「授業が始まる前に休んだほうがいいんじゃない?」


 会話は違う。いや、私が別のことを言ったから夢と違うことをサフィが答えたのかも。


 夢の中だと私がげんなりしていたとき、サフィは面白がっていた。


 でも今のサフィは深刻に受け止めている。


 私は随分と酷い表情をしているようね。


「そうね、今日はこのまま医務室に行こうかしら」


 何が起きているかはわからない。とにかく教室に近付くのは危険だ。


「じゃあ、医務室まで私が付き添っていってあげる」


 チャンスだ。私はすかさず顔に手をかざしながらふらつき、サフィにもたれかかる。


「わっ、大丈夫?」


「少し足元がおぼつかない……」


 私の演技もなかなか……さまになってる気がするわ。


 このままサフィが教室に向かわないように付き添ってもらわないと……。


 もしもこれまでに2回体験した夢と同じことが教室で起きていたら私がいようといなかろうとサフィは同じことをするに違いない。


 それを防ぐためには、このままサフィにも医務室に来てもらうのが最善だわ。


「ほら、つかまって。いっしょに行くから」


「ありがとう」

「助かるわ……」


「ふふ、アマナが素直なのって珍しいね」


「それぐらい具合が悪いのよ」


「ふーん」


 サフィが隣りから抱き寄せるようにして私の腰に手を回す。


 私はその手を握りながら手繰り寄せ、医務室まで向かうことにした。




──「アウラミライ侯爵学園」医務室


「入学後、あなたが医務室に来たのは初めてなのではないかね。アマナ嬢」


 医務室では養護教諭のイレミア・カルディスが私たちを出迎えた。


 確かに初めてかもしれないわね。


 真っ白な短髪に、しなやかで長い体躯。


 左目は模様が付いた黒革の眼帯で覆われている。


 医務室に来たのは初めてだけれど彼女の眼帯の下には魔眼が封じられていることを私は知っている。


 私とイレミア医師は入学前からの知り合いだった。


 彼女は七大貴族の傍流から遠く離れた家系出身なので、やや畏まった物言いで私たちに接している。


「そうかもしれませんね」

「先生にお会いしたのは去年のゼステノ侯の社交界が最後でしょうか」


「えっ、イレミア先生もあそこに出入りしてたんですかー?」

「ぜんぜん見かけた覚えがない……」


「ははは、見ての通り私は社交向きの人間ではないからね」

「用事だけ済ませようと思って隅に引っ込んでいたのさ」

「だから余計にこの学園で務めるような名誉を得るのは難しかったわけだが……」


 アウラミライ侯爵学園では教師陣に相当な資質が求められる。


 この学園には皇族関係者や七大貴族に加えて数多くの貴族令嬢や子息が通う。


 彼らに万が一のことがあってはならないために養護教諭の責任は非常に重い。


 つまり授業を取り仕切る面々以上に必要とされる技能が多い代わりに、その分だけ待遇は良いし、世間体も良い。


 イレミア医師は既存の回復魔法に精通していることはもちろん、向こうの世界からもたらされた医療知識も習熟している。


 そのせいで私の仮病も簡単に見抜かれそうね。


 仕方ない。ここは七大貴族の地位をちらつかせて無理にでも医務室に居座りましょう。


「あのときは世話になったね」

「あなたが便宜を図ってくれなければ」

「田舎貴族の私がこんな美味しい地位にありつくことはできなかっただろう」


 そういえば当時は恩着せがましく、そんなこともしていたわね。


 自分が入る学園の運営側に知り合いが紛れ込んでいれば色々と捗りそうだと考えて以前から目をつけていたこの人を学園長に推薦したのだった。


「その後はいかがでしたか?」


「なに、周囲の反応は上々だったよ」

「連中のやっかみをあなたに見せたいくらいだ」


「イレミア先生って結構悪い大人だったんですねー」


「むしろ良い印象があったのかね?」

「ひと目でそんな人間ではないことがわかると思うが」


「私はあなたの実力が評価されない世の中が悪いと思いますけどね」

「まあ、私みたいな血統主義者が多いせいで」

「そんな世の中になっているわけですが……」


「何が悪いかはともかくアマナ嬢は七大貴族の中でも指折りの血統主義者だと昔から耳にしていた」

「去年も思ったが、あなたが私に便宜を図ってくれたのは一体どうしてなのだろうな」


「……どうしてでしょうね」


「アマナの気まぐれだよねー」


「そんなアホみたいな理由で学園長に他人を推薦するわけないでしょ」


「でも気まぐれにしか見えないときは多いよねー」

「さっきだってイレミア先生を推薦したの忘れてたんじゃないのかな?」

「覚えてないような悪巧みって、もはや子どもの気まぐれといっしょだよね」


 否定できないわね……。


「学園の大人側に恩を売った相手が紛れていれば便利だと思っただけよ」


 否定できないどころか、建前を取り繕う言葉すら考えていなかった。


「そんな漠然とした理由なんだ……」

「アマナ、そういうところは大雑把だよね……」

「やることは細かいのに内容は素直っていうか……」


「なんにせよ私は大助かりだよ、恩に着る」

「そして今日は何か理由があるのだろう」

「好きなだけここで過ごしていくといい」


「なんでアマナが仮病みたいな雰囲気出してるんですか先生」

「さっきは本当に具合悪そうだったんですよー」

「顔面蒼白で」


「座っていたら急にラクになってきたわ」


「そうそう、いま血色が良くなってるだけで……」

「アマナは本当に具合が悪いと思うので、ちゃんと診てあげてくださいね」


「ああ、承知した」




「それじゃあ、私はこれで……」




 まずい。だらだら喋りながらサフィを引きとめる方法を考えていたのだけれど……。


 まったく思い付かなかった。


 どうしましょう。


 いきなり魔法を自分に撃ち込んで血でも吐いてみる?

 なるべくならそれは最後の手段にしておきたい。


 とにかく、このままだとサフィが教室に行ってしまう。

 


 まずは……。


「──甦れ。我が忘却……」


 閉じた口の中で周囲が聞き取れないほどの小声を発して呪文を唱える。


 夢の中でも使った体感時間を延長させる闇魔法だ。


 感覚器官の伝達や思考速度が加速する反面、動作時間との齟齬によって並みの人間では動くことさえできなくなってしまう。


 その一方で私は、歩く、走る、戦うといったことはできる。


 とはいえ流石に言葉を発するための舌と口の動きまでは基底時間に合わせて再現できない。


 まあ、そもそもこの魔法を使いながら動ける人間を自分以外に知らないから比較しようもないのだけれど。




 サフィが医務室の外へ出るまで数十歩。


 さて、どうやって引きとめようかしら?




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