読書家の生徒
──「アウラミライ侯爵学園」禁戒蔵書室 10/03/昼
受付のところまで降りてきた羽塚芽衣は物珍しそうな顔で私とレヴィアを眺めていた。
「あっ、メイちゃ~ん」
「こんにちは、レヴィア様」
「よう」
「お前、良くここには来るのか?」
レヴィアが甘ったるい声で芽衣に話しかけるのを聞き、私は疑問を口にした。
「は、はい」
別に詰めてるわけでもないのに芽衣はやけにおどおどした態度で声を出した。
「あの、先生はどうしてここに……?」
そういえば芽衣は既にアマナの一件について知ってるんだったよな。
じゃあ話してもいいか。
「犯人探し」
私は簡潔に答えた。
「それってアマナ様のあれですか……?」
途端に芽衣は声を潜めて私に囁きかける。
そして階段から降りて来たときよりも、ますます不思議そうな顔付きになった。
私とアマナの関係について説明するのが面倒だな……。
そもそもこいつは"色々"な経緯があって社交界に顔を出す機会がなかったから私とアマナが学園以外で交流があったことを知らないわけだし。
アマナが私にツンケンしてる時期しか芽衣は知らない。
「内緒話はやめてくださ~い」
相変わらず私にもたれ掛かったままのレヴィアが割って入った。
「さっきの話だよ」
「あぁ~、ヒスイさんがボケちゃってる話ですかぁ」
「なんでそこにアマナさんの名前が出てくるんです~?」
「アマナさんもボケちゃってるんですかぁ?」
「さあな」
「ヒスイさんもそうですけどぉ」
「アマナさんも私に比べたら普段から呆けちゃってるところがありますからねぇ」
それはないだろ。
こいつが言う呆けてるがどういう意味か次第ではあるが。
「その点、芽衣ちゃんはシャキッとしてますからねぇ」
「同級生になんかされてるってことはないと思いますよぉ」
そうかあ?
私は目の前にいる栗色の長髪を後ろでふたつに結んだ、いかにもおっとりした雰囲気の生徒を見詰めて考えた。
私やレヴィアほどじゃないが、それなりに背は高い。
それはともかく芽衣がヤバいやつなのは確かだけどな。
佐苗と同じで転移とか転生とか、それ以前の時点でヤバいタイプだ。
でも、だからと言ってシャキッとしてるようには見えない。
レヴィアは私の知らない芽衣の個性を知ってるのかも。
「なんか用があったんじゃないか?」
「あ、そんなに大切なことでもないので」
「後でも大丈夫ですよ」
芽衣は困ったような笑顔を浮かべて遠慮気味な返事をした。
……さっきレヴィアの余計な話を聞いたせいで、ちょっと確かめたいことが"色々"と出てきちゃったな。
「なあ」
「さっきの私に魔法がどうとかって話なんだけどさ」
「そういうのって聖女は大体ターゲットなのか?」
「うーん、ごく一部だと思いますよぉ」
「そもそもそんなことできる人材が足りていませんからねぇ」
「あくまで聖女を管理できなくなったときの保険なんじゃないですかねぇ」
私とレヴィアのやり取りを見て芽衣はポヤっとした表情を浮かべている。
「芽衣はどう?」
「もちろん芽衣ちゃんも要注意人物のリストに入ってますよぉ」
「でも精神に干渉するような魔法はうまくいってないみたいでしたぁ」
「だってさ」
私は唐突に芽衣に話を振る。
「……そう言われましても」
いくらヤバいやつだとは言っても、やっぱアマナやレヴィアほど察しが良いわけじゃないんだな。
とにかく芽衣が余計なことをされてないと分かって良かった。
「あの、先生とレヴィア様って仲が良かったんですね」
「まあまあな」
「まあまあじゃないですよぉ~」
「このあたりでヒスイさんのお友達って私ぐらいしかいないんじゃないですかぁ」
「それなのにヒスイさんったら、ここ半年はいっつもの私のこと忘れちゃってて~」
「今年度が始まる前は結構ここに入り浸ってたんだよ」
「そうだったんですね……!」
芽衣はなぜか嬉しそうな声音で相槌を打った。
なんでだ?
「最近はヒスイさんが来ない代わりに芽衣ちゃんが良く来てくれるんですよねぇ~」
そう言いながらレヴィアは芽衣に視線を移す。
「結果的に私と入れ替わりでここに入り浸ってるわけか」
「そうみたいですね」
「先生もこういう調べ物とかお好きなんですか……?」
「別に好きではないけど──」
芽衣の表情が沈んでいくことに私は気付いた。
「こっちに来てからは興味が出てさ」
芽衣の表情がまた明るくなっていく。
変な嘘ついちゃったな。
まさかサボりで入り浸ってたとは芽衣みたいなやつに言えないからなあ。
それに……見る分には異世界の歴史みたいなのも面白くなくはない。
「ところで」
「どうして先生がアマナ様の調べ物を……?」
「あ?」
「担任が教室の揉め事を解決しようとするのがそんなに変か?」
「あっ、い、い、いえそういうわけじゃなくて」
別に凄んでるわけじゃないのに圧を掛けているような感じになってしまった。
「アマナだけじゃなくて私もなんかされてるみたいだしな」
「そうだったんですね……」
レヴィアの前だと私とアマナの関係については話しにくいな……。
それに今はもう話し込んでる時間もないし。
「お前、今晩のやつには来るんだろ?」
「は、はい」
「リセイアリクト様のお屋敷で開かれる晩餐会ですよね」
「詳しくはそのときにでも話すよ」
私の言葉を聞いてなぜか芽衣は表情を輝かせる。
「絶対行きますね……!」
「私も行きますよぉ~」
そういえばレヴィアもいつも来てるんだったな。
「ほかにも聞きたいことがあるし」
「お前もまた頼むよ」
「お任せくださ~い」
レヴィアはニタニタと口元を歪ませながら答えた。
で……私は話しながらパラパラとめくっていた名簿を全部見終えたのでレヴィアに返すことにした。
「じゃあ私はちょっと用事あるから」
「もう帰っちゃうんですかぁ?」
「結構長くいただろ」
次は医務室か。
佐苗はまた寝てるんだろうか。
「また来てくださいねぇ」
「お疲れさまでしたっ」
「それじゃまた夜に」
私は足早に地下室から引き上げた。




