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蔵書室の司書

──「アウラミライ侯爵学園」禁戒蔵書室 10/03/昼


 学園長にこっちの要求を飲み込ませた後、本当ならアマナと二人っきりの時間を過ごせるはずだったのに、なんだかんだと話し合う内に結局はギフトが載った生徒名簿を調べることになってしまった。


 この学園には御大層(ごたいそう)な円形の図書館があって、そこの中央に据えられた螺旋階段からは上下の階に移動できる。


 そして螺旋階段を下に降りていくと貴重な書物やら機密資料やらがいっしょくたにまとめられた「禁戒蔵書室」とやらに辿り着く。


 そんな大仰な名前の空間に入り込んだ私は受付を管理している長身赤髪の女に声をかけた。


「よう、レヴィア」


「あら、珍しいですね」

「あなたがここに来るなんて」


 レヴィアネアリム・オストロムンド(私にしては珍しくフルネームを覚えてた)は私を見るなり、指で支えていた片眼鏡(モノクル)を外して入室記録の帳簿を引っ張り出した。


「ちょっと見たいものがあってさ」


「何をお探しですか?」


「ギフトが載った全生徒名簿」


 私が要件を口にすると普段から細く線のように見えるレヴィアの目がさらにキツく閉じられた。


「全生徒の名簿となると時間がかかりますよ」

「事情は聞きませんが」

「まずはあなたの教室分だけで良いのでは」


 これは奥から出してくるのが面倒くさいって感じじゃないな。


 言い回しからして出しにくい理由があるんだろう。


 それならそれでいい。


「じゃあ私のとこだけでいいや」


「ではこの印紙に署名を」


 めんどうだな……。


 私は漢字で"伊勢谷翡翠"と書き込んだ。


「確かに」

「しばしお待ちを」


 私が文字を書き終えると同時にレヴィアは奥に向かう。


「あ、ちょっとその前にさ」

「聞きたいことがあるんだけど」


「なんでしょう?」


「ここだけの話」

「お前って学園長よりも立場が上だったりする?」


 レヴィアは私のほうを向いて押し黙る。


 こいつ、瞳が見えないから何考えてるのか分かりにくいな……。


 まあ普段はこの手の話をしない私から急に聞かれたら気味悪くて黙っちゃうよな。


 だがレヴィアは意外と素直に口を開いた。


「学園内においては学園長の権限が絶対です」

「ですがあなたが聞きたいのはそういうことではないのでしょう?」


「そうそう」

「流石に物分かりが良くて助かるよ」

下世話(げせわ)な世間話だとでも思ってくれたらいいからさ……」


「学園長よりも私のほうが爵位が高いことはご存知ですよね?」

「つまりこの学園から一歩外に足を踏み出せば」

「学園長よりも私のほうが立場が上ということになります」


 そもそも爵位どころか、こいつは七代貴族で火を司るオストロムンド家の現当主なんだもんな……。


 "なんちゃって貴族"の学園長とは格が違う。


「だよなあ」

「……嫌な話だったら答えなくてもいいんだけど」

「イフィリオシア家とお前の家ってどっちのがすごいの?」


 高級そうな木材と石材で組み上げられた上の図書館と違って無機質なコンクリート造り……灰色の内壁だから多分コンクリート。


 ……の中でレヴィアが透き通った赤髪を揺らしながら下を向いて肩を震わせた。


 よーく見ると口元がニヤついている。どうやら笑いを堪えているらしい。


「んっ……ふふ、ふ」

「"すごい"ですか……」

「歴史的な"すごさ"で言えばイフィリオシア家でしょう」

「そういう意味では学園長に軍配が上がりますね」

「しかし彼女の家系は傍流です」

「本家の人間でない以上はどうあがいてもオストロムンドの現当主たる私には劣ります」


 流石はレヴィア。


 普通のやつだと答えにくいことをいくらでも答えてくれる。


「また実務的な"すごさ"で言えばオストロムンド家に軍配が上がります」


 レヴィアは私の"世間話"が長くなることを察したのか、奥からこっちのほうに戻って来て説明を続けた。


「それはどんな理由で?」


「首都魔法学院の法学部はオストロムンド家の領分です」

「なにせ私の母が学部長ですから」

「もちろん皇国の最高評定院はオストロムンド家の息がかかった法学部出身者だらけなので」

「司法権も我が家門が牛耳っています」


「その流れは昔からってことだよな」


「はい。先祖代々」


「ふうん、じゃあお前の機嫌を損ねたら即逮捕ってわけか」


「そこはそういうわけにもいきませんよ」


 私の適当な相槌を聞いてレヴィアはクスクスと笑いながら答えた。


「官憲、とくに警察官吏は"皇族派"の領分」

「もとい皇国騎士団の実質的な下部組織ですからね」


「で、お前のところは"貴族派"だから……」


「はい。この国では司法警察が存在しないということですよ」

「あなたの御国(おくに)とは違って」


 へえ。 


 私みたいな転移者にも分かりやすく説明してくれてたわけだ。


「とはいえそれは名目上だけのことで」

「現場においては司法警察のような役割も担っていますよ」


 司法警察の役割とやらは良く分からないけど、イチイチ深堀りしてたらキリがないから保留しておく。


「そしたら検事みたいなのはどこの連中がやってるんだ?」


「それは我々の領分ですね」


 何が面白いのか知らないが、レヴィアは受付の席に腰を据えて微笑んでいた。


「あー、そういうことか」

「お前のところが好き勝手に誰かしらを刑務所にブチ込もうとすると」

「皇国騎士団の連中が働かずに邪魔して」

「逆に国の連中が好き放題したときにはお前らが邪魔するわけだ」


「ええ」

「そのせいで汚職のような罪状が法廷まで持って行かれることは中々ありません」

「多額の金銭授与と関係する犯罪者は必ずどちらかの陣営に(くみ)していますからね」

「槍玉に挙がるのは無所属で貧乏な人間ばかりですよ」


「ロクでもない国だな」

「その貧乏人には反旗を翻したり腐敗と戦ったりするやつらも含まれるのか?」


「はい」

「この国は、貴族にとても都合が良い国なんです」


 そのへんの人間が言ったらそれこそ逮捕されそうな私の感想をレヴィアは緩やかに言い換えた。


 そこで貴族が甘い汁を吸いすぎると……前の世界なら革命が起きたりするんだった……よな?


「でも独裁国家とかじゃないわけだ」


「そうですね。だからこそ貴族にとって非常に都合が良い……」

「皇族が権力を独占しているわけではないのに」

「治安維持機構や産業基盤といった無駄金が掛かる部分は皇国が担ってくれているのですから」


「その代わり国側は兵隊とか警察っていう数の暴力では有利なんだろ?」


「ええ、しかも聖女まわりの権限を持っているのは皇帝直轄の宮廷魔法師団ですので」

「個の暴力においても"皇族派"は圧倒的です」


 そんな話をしながらもレヴィアはにこやかな表情で私を見つめていた。


「その割には堪えてなさそうじゃんか」


「どうせ後々、学園長から聞くでしょうから先に言ってしまいますけど」


 お、なんだ?


 レヴィアが核心に迫るような雰囲気を出してきた。


「あなたの言葉で表現してしまえば"グル"なのでしょうね」

「発端は1000年以上前の話なので私には知り得ないことですが」


「なるほどな」

「平民の反感が貴族に向かないようにしてるのか」

「そんで国側に向かった悪感情は聖女への信心でイーブンってわけだ」


「これは私が勝手に推測していることですけどね」

「七大貴族の当主たちはもちろん、他の話が分かる貴族たちも大なり小なり同じ考えに至っていますよ」


「もしも平民が反乱を起こしても兵力でどうにかなるし」

「ならなかったら聖女にどうにかさせればいいと」


「概ね、そういうことでしょう」


 レヴィアは私の瞳を覗き込みながら相変わらずニコニコしていた。


「うーん、でもそれなら"皇族派"に付く理由が薄くないか?」


 こっちで聞く話も最終的には学園長と同じ結論になりそうだな。


「今の話はあくまでも理性的で情報に通じた人間にとっての話です」

「大多数は信心深い国民たちですから」

「貴族も含めて聖女への信仰は絶対的なのですよ」

「あなたは実感がないようですけどね」


「まあな」

「ちなみにお前としては何派が優勢だと都合がいいんだ?」


 今度は逆に私が核心に迫るような話を切り出してみた。


「我々が司法と土地を押さえている以上」

「もとより平時は"貴族派"が優勢です」

「だから派閥対立ではなく七大貴族の中でいかに豊かになれるか」

「それが課題となっています」


 レヴィアは多分、表面的な回答をしてるんだろうな。


 ここまでの話もすべて一般論に過ぎないはず。


 こいつ個人の話は……まあ仲が良いわけでもないし、聞かせてもらえる義理はないか。


「じゃあさ」

「お前らの家にある最終的な目的みたいなや──」


「そんなものに意味はありませんよ」

「あなたの口からその話が出てくるとは思いませんでした」

「そもそも"それ"を加味したら今の政争に意味はありません」

「結局のところ、我々は"それ"さえ成し遂げることができればいいのですから」


 私が疑問を言い終える前にレヴィアは長い口上を繰り出した。


 やっぱこれってタブーなんだな。


 そのうちアマナに詳しく聞こうと思ってたけど、これだとちょっと悩ましいな。


「まさか学園長から聞いたわけではありませんよね?」


 さっきからレヴィアが見せている笑みは変わらない。


 でも圧がすごいな。


「私が聞いたのは魔王軍のやつからだよ」


 てかそんなにヤバいんならなんで魔王軍に話が漏れてるんだよ。


 そっちにもなんかカラクリがありそうだな。


 まさかそことも"グル"とか?


「そうでしたか」


 レヴィアの表情は相変わらずの笑顔だが……。


 薄ら寒かったコンクリ尽くしの地下室の温度が上がっているのを感じた。


「こんな燃えるものが多そうなところで私とやる気か?」


 壁は燃えなさそうだけど。


「ご安心を」

「私が短気なだけですので」

「こんなところで戦いはしません」


 短気には見えないけどな。


 でも火属性だしなあ。


 案外、本当なのかも。


 超適当な偏見だけど。




「ですがあなたはなぜご自分が生かされているのか」

「良く考えたほうがよろしいかと」




 さっきまで和気あいあいって感じだったのに急に脅し文句かよ。


 珍しく生徒以外の他人と対等な良い雰囲気で喋れてたのにな……。


 普通にショックだった。


「へえ、私って誰かに生かされてたんだ」


「勇者パーティの他の方々がどうなったかご存知ないのですか?」


「え?」


 マジ?


 その言い方だと私以外はもう消されてるって感じだよな?


「あいつら魔王倒したからもう用済みってことで殺されてんの?」


 確かに強すぎるやつらは平和なときに必要ないってことで、刺客を差し向けられたり、国外追放されたり、っていう展開は弟が持ってた漫画で読んだ覚えがある気もする。


 私たちもそのパターンだったのか。




「んっ、っぷ、んくく……」




「おい」


「なっ、なんですかぁ?」

「ふっ……んふふ……」


 レヴィアってこんなやつだったのか……。


 なんかここ2、3日で普段と違うことをしてるせいか、色々なやつらの色々な面に気付くことが多くなったな。


「アホくさ……」

「私は今までこの世界のことをあんま知ろうとしてこなかったからさ」

「なんでも真に受けちゃうんだよ」

「わかりにくい冗談はやめろよな」


「んふっ、んふふ……」

「ヒスイさんのそんな驚いた顔を見たことある人は限られるでしょうねぇ」


 最近はそうでもないさ。


「ちなみに聞いときたいんけど」

「さっきの話ってどれくらいヤバいの?」


「そればかりは家門によりますねぇ」

「私はあまり気にしていませんが……」

「ただ部外者に中身にまで言及されると」

「本当に人死(ひとじに)が出ますよぉ」


 こいつはこのもたついた喋り方が素なんかね。


「だから不用意に話さないほうがいいですよぉ」

「んふっ……んふ……」


 まだ笑ってるよ……。


 目じりからちょっと涙が漏れてるし……。


「ただあなたをどうにか出来る人なんていませんよぉ」

「家族や恋人がいれば人質を取ったりできますけど」

「あなたは一匹狼ですからねぇ」


 あ~……。そういうのも避けないとな。


 自分で対処できそうなアマナはともかく……。


 他の生徒を盾にされたら相当困りそうだ。


 そういえば、ついさっき学園長に話をつけるまではアマナがそういう状況に陥ってたわけだよな。


 実質、イレミアが盾にされてたわけだ。


「さっきだってあなたと戦おうなんて……」

「んくく……ふふ……」

「そんな無謀なことしませんよぉ」


「そうか……」

「お前の笑顔が見れて何よりだよ……」


「やっぱりあなたとお話すると楽しいですねぇ」


 ニタニタと笑うレヴィアを横目で見ながら……あ、ちょっと目が開いてる。


 イメージ通り、綺麗なオレンジがかった朱色の瞳が見えた。


 で、そんな瞳をチラリと見ながら、私は話を変えてみる。


「最後の質問なんだけどさ」


「もう"世間話"は終わりですかぁ?」

「私は今ご機嫌なのでなんなりとお答えしましょう~」


「ここって学園の中?」

「それとも外?」


「ここは学園の中ではありませんねぇ」


「やっぱそうか」


 学園長の権限とやらもここでは効かないと。


 ようやく"七大貴族の当主がなんでこんなところにいるのか"がわかってきた。


 逆なんだろう。


 ここは"七大貴族の当主ぐらいしか管理が許されない場所"なんだ。


「この蔵書室では私の言うことがすべて」


 レヴィアはニヤついた表情を収めて凛とした顔付きに切り換えながら言い切った。


「私が絶対のルールなんですよぉ」


 でも途中ですぐにニヘラとした笑顔に戻ってしまっていた。





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