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名家の傍流貴族

──「アウラミライ侯爵学園」学園長室 10/03/昼


「人の部屋の前でお主らはなーにしとったんじゃ」


 フランチェスカなんとかかんとかイフィリオシア、つまり学園長は比重の重そうな木材で出来た椅子の中に小さく収まっていた。


 本当に人形みたいだな……。


「別になんでもいいでしょう」

「元々はあなたに話があって来たんですよ」


 アマナはまったく学園長の言うことに答える気はなさそうだ。


 どうやってアマナが話を運ぶか分かんないし、しばらくは黙ってようかな。


「……まあ丁度いいわい」

「わしからもお主らに言うことがあったでな」


 なんだ?


 心当たりがないな。


「先週ぐらいから言っとったが」

「今日明日の晩餐会には必ず出るのじゃぞ」

「秋季聖祭も近いからのう」


「呑気なもんだな」


 黙っておくはずだったのに思わず言葉が漏れた。


「まるで自分は呑気してないような言い草じゃのう」

「ヒスイ?」


 学園長はジロリと私を睨みながら凄む。


 凄んでる……んだけど見た目が小さい子どもなせいで威圧感はまったく感じられない。


「ここ最近は私も忙しいんだよ」


「アマナと絡んだりがそんなに忙しいのかのう?」

「ここ半年は険悪じゃったのに」

「なあんで今日は急にじゃれ合ってるんじゃかのう……」


「それは別になんでもいいだろ」

「忙しいのは私の教室が荒れてるせいに決まってるじゃんか」


 ここ半年の件に学園長の言い分はあるんだろうか。


「お主らが組んでどうにかするなら」

「もう問題ないじゃろ」


 流石に年食ってるだけあって節穴じゃないな。


「ふん、わかってるのに傍観してたのか」


「後手後手に回されてたんじゃよ」

「どこの誰が仕掛けてるのかは分からんが」

「大したもんじゃ」


「心当たりはないのか?」


「ないのう」

「そもそも学園自体が派閥ごとの潰し合いの結果で生まれた力場みたいなもんじゃからのう」

「最初っから荒れてて当然なんじゃよ」


「にしても今はヤバいだろ」


「そんな荒れてる場所をさらに悪化させてるアホがいるってことじゃ」


「へえ、じゃあ面倒だから今聞いとくけどさ」

「お前からしたらどういう状態の学園がベストなんだ?」


「まあまあ荒れてる状態じゃなあ」

「つまりあらゆる勢力が入り乱れている状態が一番釣り合いが取れてるのじゃよ」

「ここが偏ったら国が吹き飛びかねんからのお」


「生徒が9割聖女なんだから」

「皇族側に偏ってるんじゃないのか?」


「そういうわけでもないんじゃよ」

「それに……今年はお主もサフィもおるしのお」


 そう言って学園長はアマナに一瞥をやった。


「私はその話で用があるんですよ」


 そうそう、本当はアマナが学園長に用があるんだった。


「サフィの話かのお?」


「あなたの話ですよ」

「イフィリオシア家の中で何を企もうと勝手ですが」

「私の周囲に余計な手を加えるのはやめてもらっていいですか?」


「あ~?」

「なんの話じゃあ?」


 腹立つ顔してるな~。


 学園長は瞳を上げてまるで知らないような素振りを見せた。


 こいつのこういう言動は二人でいるときはちょっと面白いぐらいなんだけど。


 アマナがピリピリしてるから私まで普通に腹が立ってくるな。


 するとアマナが私のほうをチラリと見る。


 うーん……。気が進まないけど、まあいいか……。


 私は机の上に乗っていた学園長の左手の上に、そっと人差し指を立てた。


「あ~~~~~、あ?」

「え?」

「何やっとるんじゃ……」

「お前……」


 学園長はわざとらしい"お主"呼びをやめるほどに顔を青くしていた。


「そんなことしたら……」

「わ、私のかわいいおててが……」


 "お主"呼びどころか"わし"とか言ってたのまで崩れてる。


「なあフラン」

「正直に答えないとヤバいっぽいぜ?」


「知らんものは知らんて」

「言っとるじゃろがい!」


 学園長はカタカタと震えながら虚勢を張る。


 ビビりすぎて口調がめちゃくちゃになってるな……。


「イレミアを私に近付かせないように言い含めたのは学園長ですよね?」


 今朝のイレミアの反応からあいつがアマナに執着し続けてることが分かった。


 ちょっと私がアマナと絡んだくらいであんなことしてくるやつが半年間もアマナに直接会わないなんておかしいもんな。


 でもイレミアはサフィにだけはそんなことをしていない、たぶん。


 だから誰かの差し金でイレミアはサフィにだけは余計なことをせずに、そしてアマナには直接会わなかったと考えたわけだ。


 学園長がそんなことをしている理由は推察できないでもないが、やっぱ心情としては良く分かんないよなあ。


「なんでそんなことしたんだ?」


 私はちょっと興味が出たので指に力を込めるフリをした。


「ひ、ひいっ」

「わかった、わかった……」

「喋るからその手をどけとくれ」


「お前が喋り終わったら離れてやるよ」


「わ、わしのくだらん野心じゃよ」

「アマナはもうわかっとるじゃろうが」


「具体的に教えろよ」


「アマナが学園に入る前から仲良かった女は」

「できる限り()けるようにしといたんじゃよ」


「なんでそれがお前の野心につながるんだ?」


「そんなもんアマナがサフィと懇ろになるように」

「に決まっとるじゃろうが」


 うわー、わかりにくいなあ。


「あー、つまりアマルティマ家筆頭のアマナを孤立させて」

「イフィリオシア家筆頭のサフィと"だけ"いっしょにいるようにさせたかった」

「ってこと?」


 さっきこの部屋の前でアマナと喋ったときに少しは察しがついてたけど改めて聞いても回りくどいな。


「そういうことじゃ」

「今回は相当うまくいってたんじゃがのう……」


 そもそもさあ。


 それってなんか意味あるのか?


「いやいや結婚できるわけじゃないんだからさ」


「……婚姻関係はともかく」

「自らの家の人間に有力者を引き合わせることは」

「そこの人が学園長をやっていた意義があると」

「イフィリオシア家の中でアピールできることなんでしょう」


 やば、ちょっとデリカシーに欠けてたか……。


 アマナの表情が少し険しくなっていた。


 でもアマナと昔から交流があった私のことは担任に据えたわけだよな。


「なんで私とアマナは引き離さなかったんだ?」


「そこはバランスの問題じゃよ」

「サフィやらアマナやらがいる教室の担任に他の適任者がおるんか?」


 そりゃ光栄なことだな。




「それに入学後のアマナが元聖女のお前と疎遠になりたがるのは」

「わしにはわかってたからのお」




 どういう意味だ?


「とにかくもうイレミアに無茶な要求をするのはやめてください」


 私が学園長に聞きたいことを聞く前にアマナが話をまとめようとしていた。


 アマナのやつ、今のは分かってて私の出だしを制したっぽい。


 どうにも入学後のアマナが私にツンケンし始めたのはサフィに全賭けしたいってこと以外にも理由がありそうだ。


「どうせ養護教諭のポストから降ろすような脅しをかけてたんでしょうけど」


 そんなとこだろうな。




 イレミアとしてはアマナがせっかく用意してくれた地位だから何がなんでも死守したかったわけだ。


 それがアマナ当人と距離が離れる結果になったとしても。




「なあんでわしがそんな言い分を飲まねばならんのじゃ~」

「ぐぎゃッ」


 カエルが潰れたような悲鳴とともに学園長の左手から鮮血が飛び散った。


 あーあ……。


 今日一日で2回も他人(ひと)に怪我させることになるなんてな……。


「飲まなきゃもっと酷いことになるみたいだけど……」

「いいの?」


 私は短く学園長に問いかけた。


 イレミアの半年間の心持ちを思うと……いじらしくて……それなりに躊躇わず学園長の左手に風穴を空けることができた。


「わ、わひゃった」

「もうイレミアには何も言わんから」

「勘弁してくれ~……」


「一応、骨と腱は避けて綺麗に穴空けといたから」

「すぐに医務室に行けばなんともないだろ」

「ついでに今の話をお前からイレミアに言っておいてくれよ」


 私は佐苗を殺しかけた反省を活かし、人生で初めて誰かしらの技っぽいものを使って暴力を振るった。


 昔、パーティの武闘家がやってた貫手の見様見真似みたいな感じでいい加減だったんだけど。


 案外、綺麗にやれるもんだな……。


「が、学園長相手になんという言い草じゃ……!」


 すると私が空けた穴の内側から肉がはみ出し、みるみるうちに埋まっていく。


 うわっ、きもっ。


「えっ、なにそれ……」


 回復魔法とも違う感じだったよな、いまの……。


「み、見た目だけならなんとでもなるんじゃよ」

「後で医務室には行くからお主らはもう帰っとれ……」

「今回の件はともかく今日明日の晩餐会には必ず出るんじゃぞ、良いな……!」


 学園長はすっかり元通りになった片手をさすりながら私たちに言い付けた。




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