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学園長

──「アウラミライ侯爵学園」医務室 10/03/朝


「どこか痛むところはないかい?」


 イレミアは何事もなかったかのように私から離れ、さっきまでの様子をまるで見せずに佐苗へと問いかけた。


「元から痛くなかったからよくわかんないです」


 目が覚めたらばかりだからか、佐苗はやけにぶっきらぼうな調子で答えた。


 一方、イレミアは表情を動かすことなく私のほうを一瞥する。


「そういうギフトなんだとさ」


「そうか」

「それなら今からは使わずにいられるかな?」


「できますけど」


「触診するから痛む場所があったら教えてくれると助かる」


 イレミアの話を聞いた佐苗は露骨に嫌そうな顔をする。


 この反応は……。


 さっきのやり取りをそれなりに長く聞いてたんだろうな……。


「なあ、お前いつから起きてたんだ?」


「変な大人二人が(さか)り合い始めたときから起きてましたよ」

「怪我人がいるのにうるさすぎ」


 うるさすぎたのは否定できない……が。


「変なこと言うなって」


「よくわかんないけどくっついてたのは事実でしょ」


「そうだけどさ……」


 さっきからアマナの視線が痛い。


 でもイレミアはまるで無関係だとでも言わんばかりの飄々とした空気を漂わせている。


「まあ安心しろよ」

「そこの白いのはアマナ以外に興味ないだろうから」


「ふーん……」


 佐苗は据わった目で私を見つめる。


「少なくともあなたに対して"そういう"関心がないのは事実よ」


 痺れを切らしたのかアマナが横から口を出した。


 余計にややこしいな、おい。


「あー、とりあえず私は朝会に行ってくるから」

「お前はとりあえず寝てな」


 私は説明を放棄して医務室を逃げ出すことにした。


 ……のだが、その場を去ろうとした私にアマナの声がかかる。


「どうせ授業にならないのだから」

「今日は休みということで締めておいてください」


「え?」

「どういうことだよ」


「昨日あんなことがあったせいか三分の一ぐらいしか生徒がいませんでした」

「それに教室で妙なことが起きたみたいで騒ぎになっていましたよ」


 あ。


 メチャクチャになった机とか椅子とかのこと忘れてたな……。


 それに少しは血痕も飛び散ってるだろうし……。


 そしてアマナは私のほうに体を寄せながら囁く。


「後、今朝のことで色々と分かったので」

「済み次第、学園長室に来てください」

「私は先に行って待ってますから」


 へー。私にはさっぱりわかんないけどな。


 イレミアの反応から得るところがあったんだろうか。


「わかったよ」


 結局、コートを渡すタイミングを完全に失ったまま、私は医務室を出ることになった。




──「アウラミライ侯爵学園」学園長室の前


 この学園ではクラスの休みだとか諸々の判断は担任の裁量に委ねられている。


 聖女やら貴族やらが晩餐会だ舞踏会だ観劇だと忙しいせいで、元から週の3日は休みになっているし、午後は夕方過ぎまで授業があることは少ない。


 この世界で良い身分がある人間にとっては夜が生活の本番ってことらしい。


 だからそのあたりの生徒の事情にも対応できるように、余計に「担任の裁量で臨機応変に」と学園長が言ってた気がする。


 生徒たちに休講を伝えた私はそんなことを考えながら学園長室に向けて足を運んでいた。


 学園長室は教務棟の中でも他の部屋から離れた位置にあり、部屋の前には凝った造りの待合室が設けられている。


 そして私が待合室に入るとアマナがひとりで長掛けのソファに座っていた。


「あの後はどんな感じだったんだ?」


「どうもこうもありませんよ」

「委員長に都合が悪いことは伏せながら事情を説明しただけです」

「ただ私たちの関係性については黙っておくように言っておきました」

「もしも喋ったら向こうの秘密も漏れることになると言い含めながら」


 こわ、脅迫じゃん……。


 私はアマナの隣に腰かけながら言葉を返す。


「お前もあいつがヤバそうなやつだってわかってたんだな」


「それくらい分かりますよ」

「仮に分からなかったとしても"先生が怪我を負わせないといけない"くらいの相手だったんでしょう?」

「それだけで彼女の危険性は察しが付きます」

「彼女のギフトの危険性も」


 ふうん、まあアマナならヤバいやつの察しくらいは付くか。


「お前からしたらそれくらい分かって当たり前の話って感じか」


 私は喋りながらなんとなく医務室の前でベタベタと触っていたアマナの首筋に視線を向ける。


「あいつのギフト、超やばかったんだよ」

「お前の件とも絡めて考えてたから……」

「私は最初、他人に使うための能力かと思ってたんだけどさ」


「どんなギフトなんですか?」


「お前のことだからどうせ分かってるんだろ?」


 私が聞き返すとアマナが少し険しい目付きで私を見詰めた。


「先生の中の私ってどんなイメージなんですか?」


「万能、頭良い、意外と幼い、意外と他人(ひと)に甘い」

「それと……後こういうのなんて言うんだっけ?」

「謀略家?」


 私が印象を語るとアマナは複雑そうな顔付きを見せた。


「……このクラスで策士みたいな人間は別にいますよ」


 そうそう、策士。


「アレンとか?」


「そんなところです」

「それでギフトは?」


 アマナでもそこまでは調べが付かないのか。


 確かにギフトが載ってる生徒名簿は管理が厳重だったもんな……。


「"忘れる"だとさ」


 佐苗のギフトについて聞いたアマナは目を伏せて物思いに沈んだかと思いきや、すぐに表情を変えて私に視線を向けた。


「それなら先生が見当を付けていたのも頷けますね」

「そんな委員長と今朝は偶然に教室で1対1になったと?」


 アマナはじっとりとした目付きを私に向けながら今朝の話を蒸し返した。


 私の中のアマナの印象に"嫉妬深い"も追加かな、これは。


「だからそれはもう話したじゃんか……」


 そう言いながら私はアマナが座っているほうの背もたれに腕を回し、右手でアマナの後ろ髪を微かに撫でる。


「本当に偶然なんだって」

「佐苗は朝っぱらからなんか用があったらしいけど」

「それを聞く前に殺し合いになっちゃってさ……」

「あいつ本当におっかなくて」


 私の話を聞きながらアマナは体重を少し背中に寄せたみたいで、私の右手が僅かに重くなる。


「私や生徒たちが"何か"されていることに合致したギフトだと思いますけど」

「委員長が起きた後の雰囲気からして当事者ではなかったということですよね」


「ん、ああ、そうそう」

「まあ佐苗のプライベートな部分だから」

「細かいことは省くけど」

「あいつからしたら聖女が殺し合ったりして減ったりするのは困るんだとさ」

「なるべく日本人がたくさんこの世界にいたほうが都合がいいらしい」


「省きすぎでしょ」


 アマナは文句を垂れながら私の右手に頭を乗せる。


「だけど先生がそう言うのであれば信用しますよ」


「私の信頼もこのニ日間で随分と上がったみたいだな」


「私は元から先生のことは信じてます」

「こと生徒の事情に関しては」


 そうなんだ。


 結構うれしいな。


「そりゃうれしいな」


 思わず私は右手でアマナの頭を撫で回していた。


 アマナは何も言わずに目を閉じて私の手に身を委ねている。


 また良い雰囲気になってきちゃったな。


 そんなことを考えながら私はソファの質が良い革の上で体を滑らせてアマナに近付いた。


「お前のほうはどうなんだ?」


 撫でていた手をアマナの肩に掛けつつ、私は話を変えることにした。


 そもそもなんで私はこんなところに呼び出されたんだ?


「イレミアが私のところに来なかった理由……理由というか事情がわかったんですよ」

「まず間違いなく学園長の差し金です」


 ヤバいな。


 私にはまったく事情がわかんない。


「あー……。なんで?」


「先生って学園長の名前も覚えてないんですか?」


 アマナは呆れたような目付きで私を見る。


 うーん、学園長の名前か。なんだっけ。


「フランチェスカ……なんとかかんとか、だっけ」


「中間名はいいとして……」

「家名はイフィリオシアです」


 ああ、そういうことか。


 一晩かけて派閥云々のこと考える前ならそれでも腑に落ちることはなかっただろうが……。


 今となっては良く分かる。


「まあ、なんとなくはわかったけどさあ」

「だとしても学園長って"学院派"なんじゃないっけ」


「そこにも"色々"とあるんですよ」


「でもそのあたりの"色々"を私はあんまり知らないからさ」

「お前に教えてもらってから直談判したほうが良いんじゃないか?」


 今となってはイレミアとか学園長とかの事情が良く分かる反面、その分だけなんで私が連れて来られたのかも良く分かる。


 十中八九アマナは私を脅迫に使う気なんだろうな。学園長を脅すための。


 だけど私はこの学園の中でも学園長だけはそれなりに付き合いがあるので、なんとか逃げ道を作れないか話を誤魔化しにかかった。


「先生は皇国魔法学院には行ったことがないんですよね」


「まあな」

「魔王倒して帰ってきたと思ったらいつの間にか教師やってたからさ」

「あそこの教師用の学部には行ってないし、学院自体に入ったこともないよ」

「それに昨日も一晩かけて思い出してたとこだから」

「"貴族派"だ"学院派"だなんだっていうのは」


 なんかいけるかも。


 アマナは若干考え込んでいるようだった。


「それに……」

「昨日はお前に私の飲みに付き合ってもらったんだし」

「今日は私の修道院にあるワイナリーで上等なやつをいっしょに選んだりして」

「ゆっくり過ごしながらお前に色々と教えてもらえないかなー……と」

「明け方からずっと考えててやっと自由になったのが今って感じなんだよ」


 ちょっと白々しい感じもするが八割方は本当に考えていたことだったので、この手の腹芸が苦手な私でもスラスラと主張することができた。


 そのまま私は自由なほうの左手をアマナの手の甲の上に添えて、耳元に顔を寄せる。


「な?」

「学園長なんかと会ってもしょうがないだろ?」

「それよりは私と──」


 私が次の誘い文句を言いかけたところでアマナが急に口を開く。


「あの……先生は怒ってないんですか?」


 え?


 ヤバい。また良く分からない話がきた。


 また怒らせたらアレだし、ここは素直に聞き返しとくか。


「えーっと」

「なんか私が怒るようなことってあった?」


 なんの話かは分からないが、とにかく私は怒ってないことを示すためにアマナの手を優しく握り込んでみせた。


「……先生をイレミアへの当て付けに使ったことです」


 そんなことか。


 やっぱり繊細なんだな……。


「怒る理由なんてないだろ」

「声が筒抜けだってわかったときには」

「むしろお前が私のことをイレミアに自慢してるのかと思ってうれしかったくらいだよ」


 私は素直な感想を口にした。


 そして右手でアマナの横髪を分けながら、優しく頬に触れる。


「私がお前に怒られるならともかく」

「お前相手に私が怒るなんて想像もつかないよ」


「私が言いたいのは……」


 どうにももどかしい感じだな。


 私はアマナに言葉の続きを促すようにして頬に触れた手を耳元に添える。


「先生が自分のことをダシにされてる"だけ"なんじゃないかと」

「そう思ったりしたのなら……」

「その誤解を解きたくて……」


 アマナは気が緩くなったのか続きを話し始めた。


 正直それはそう思う。というかダシにしてるのは事実じゃんね?


「ダシにしてるのは事実じゃん?」


 私の言葉にアマナはぎゅっと身をすくめる。


 そんな怖がらせる気はなかったんだけど……。


 逆に私がショックだ。


「ごめん、怒ってるわけじゃなくて」

「なんていうのかな……」

「私はイレミアとお前が昔っからいっしょにいたことを知ってるわけで……」

「そのときはイレミアとお前が"具体的に"どういう関係なのは知らなかったけど」

「まあ今も"具体的に"知る気はないけどさ」

「ただ年数で言えば家族同然な間柄なわけじゃん?」


 私は辿々しく言葉をつなげながらアマナの耳元に添えた手を背中に回す。


 アマナの背中に触れた私は「やっぱり華奢だなー」なんて思いながら……。


 そんな華奢な身体(からだ)がこれ以上、強張(こわば)らないようにゆっくりとさすった。


「だからダシにされるにしても」

「そんな間柄の相手と張り合えるならそれだけでうれしいんだよ」


 一連の話を聞いたアマナは私に身を寄せてつぶやく。


「ダシや当て付けにするために先生といっしょにいたわけじゃなくて……」


 なるほどな……。


 アマナが何を弁解したがってるのか、やっとわかった。


「大丈夫……」

「お前が私のことを"まあまあ"良く思ってくれてるのはわかってる」


 私は少し意地が悪いところが出てしまい、アマナがさっき使っていた表現をそのまま口にした。


 すると私が重ねていた手に、アマナは手の平を向けて貝殻のように握り込み、もう片方の手をその上に添えた。


 無言の抗議なんだか良く分からないが……ちょっとドキッとした。


 こっちの世界には"恋人つなぎ"って言葉はあんのかね。


「やっぱりさ……」

「今日はもう学園長なんてどうでも良くないか……?」

「私の修道院でもお前の邸宅でもいいから」

「少しだけでも二人っきりになりたいよ……」


 私はもはや学園長からアマナを遠ざけることなんてどうでも良くなって普通に本音だけを声に出していた。


「うん……」

「先生のところがいい……」


 アマナは昨日会ったときの最後に見せたような幼い口調で私に答えた。


「よし、決まりだな」

「じゃあ──」




「いい……わけ、ないじゃろっ!!!」




 わざとらしい老人口調の怒声が私たちの耳に鳴り響く。


 マジかよ。


 せっかく良いところだったのに出てきちゃったよ。


「人の部屋の前でイチャコラしおって」

「教師と生徒が何をやっておるんじゃかのう」

「しかも女子同士でなあ」


 学園長室の扉の前には綺羅びやかな彩りの法服に身を包んだビスクドールのような少女が立っていた。


 (とし)で言ったら前の世界で言うところの小学校低学年くらいか?


 とにかく全体的に人形のような雰囲気を漂わせる小さくて幼い少女。


 フランチェスカなんとかかんとかイフィリオシア、つまり学園長が立っていた。




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