当て付け
──「アウラミライ侯爵学園」医務室 10/03/朝
「……確かにそうだ」
「ぜひともそうさせてもらうよ」
「不躾な物言いになってすまなかった……」
「さっきも君たちが廊下でベタベタしていたときには気が狂いそうだったものでね」
「最初から聞こえてたなら私の匂いを嗅ぐ必要はなかっただろ……」
てか近すぎ……。
イレミアは私のコートを脱がそうとした姿勢のままで私と話し続けていた。
「じゃあ私もそろそろ行くよ」
一連の会話を終えたと思った私はイレミアから離れようとする。
それなのにイレミアは密着した体勢から動こうとはしなかった。
「まだ話は終わっていないのだが」
はいはい。
……それにしても"気が狂いそうだった"とはね。
だから他に積もる話があるんだろうけど、
そろそろ朝会に行かないといけなんだよな……。
「君も若い身体を持て余してるだけなんじゃないのかね」
急に気持ち悪いことをイレミアが言い出した。
「なんだそれ」
「お前も私と大して歳が変わんないのに」
「急におっさんみたいなこと言うなって」
詳しくは知らないけどイレミアは私より僅かに歳上だったはず。
「君は魔王討伐の旅なんて下らないものにかまけて学生時代の大半を無駄にしてしまったから」
「遅れてやってきた思春期の相手にアマナ様を選んでいるだけなのではないかと……」
「そう思ったのだよ」
「下らないものてお前」
「まあ魔王に関しては私も同意できるけど」
「アマナと私が性欲だけでベタベタしてるって言いたいのかよ」
私の言い方も大概明け透けなもので我ながら呆れる。
ただ遅れてきた思春期云々は否定できない話かもしれなかった。
実際、アマナと私はそこまで歳の差が離れていない。
首都魔法学院には教師用の学部があるっぽいから本来は学園の教師になる時点でそれなりの年齢に達している。
でも旅から帰ってきて私は色々なゴタゴタを片付けるうちに、いつの間にかアウラミライ侯爵学園の教師の座に据えられていた。
そして学園に入るタイミングや進級も生徒によってマチマチだから、この学園の上級生なんかには私よりも歳上のやつがいたりする。
「"お前が私を止めてくれたらいいんだからさ"なんて言ったのは君だろう?」
私が物思いに耽っているうちに、いつの間にかイレミアはさっきよりも私に近付いていた。
目の前で見えるものがほとんどイレミアの顔みたいな状況だ。
私ほどじゃないがイレミアもそれなりに背が高い女なので、こうして立ち上がったままでもお互いの目線が通い合ってしまう。
というかこの流れはちょっとマズい気がする。
「君の口元からはアマナ様の匂いがしなかったのが幸いだね」
匂いがしたらどうする気だったんだよ……。
「もしも相手がアマナ様じゃなくていいなら」
「私が相手になってあげよう」
やっぱそうきたか。
って……佐苗相手に感じたような反応をまたしてしまった。
「何を言い出すかと思えば……」
「そもそも私はまだアマナとどうにかなる気はないよ」
そんな返事をしながら私はアマナに同じようなことを問いかけたのを思い出す。
そのときの私が相手に期待していた答えは、
今のこいつとは真逆だったけどな。
「そう、どうにかなる気はないんだどけどさ」
「お前にそんな風に言われたら言い返さずにはいられないな」
私が続けた言葉を聞いてイレミアは微かに眉を上げた。
「昨日、私も同じようなことをアマナに言ったんだよ」
「でもそのとき私は今のお前とは逆の答えを相手に期待してたぜ?」
「悲しいやつだよな。お前ってさあ」
「誰にも選ばれないことを自分から確かめようとしてるんだから」
ちょっと言い過ぎたかも……。
だけどイレミアは相変わらず冷淡な表情のままだった。
「……アマナ様はなんて答えたんだい?」
「え?」
「えーっと……」
「イレミア」
「子どもみたいな真似はやめなさい」
私がアマナの言葉を思い出そうとした矢先に医務室の中にアマナの声が響き渡った。
「ア、アマナ?」
「なんでもどっ──」
「先にこういうことをしたのはアマナ様ですよね?」
私の疑問を遮ってイレミアがアマナに問いかけた。
おい。
「当て付けみたいなことをしたのは謝るわ」
「でも昔から私が仲良くなった相手を追い払おうとするのはあなたの悪い癖よ」
へー……。傍迷惑な二人組だな、こいつら。
なんか私は蚊帳の外だった。
ん?
それならサフィはどうなんだ?
アマナの話だとイレミアとサフィは会う機会が多かったみたいだけど。
「アマナ様が廊下でわざと聞こえるように」
「イセヤ先生とねちっこくベタベタベタベタ惚気てなければ私もここまではしませんでしたよ?」
すっごい恨みがましい言い方だな……。
イレミアってアマナの前だとこういうやつなのか。
今までのイメージとは全然違う女だった。
「あなただって私のことを半年も放っておいたじゃない」
「本当なら私があなたのことを放っておくわけがないのに……」
「それなのに"何も"起きていないあなたは私と顔を合わせることさえしなかったわよね」
「もっと前にあなたのほうから来てれば私が無駄に死ぬこともなかったのよ」
いや、なんかイレミアはさっき言ってたな。
自分からは会いに行けない事情があったとかなんとか。
てかアマナは聞かれてるのがわかって廊下で私と絡んでたのか。
これさあ、私はダシに使われてんじゃん……。
「わーかったよ。お前らが仲いいのはわかったからさ」
「とりあえずイレミアは離れてくんない?」
私の言葉を聞いてもイレミアは離れようとしない。
あーもう、なんだよ。
「まださっきの話の答えを聞いてないよ」
イレミアは私のほうに向き直って話を蒸し返した。
「それなら代わりに私が答えてあげるわ」
やめとけって。
私がイレミアに何されるかわかんないんだから。
「その人は私のことが大好きなのよ」
えぇ……。
そんなことはな……くもないけど。
「アマナ様はどうなんですか?」
「まあまあよ」
なんだそりゃ。
「あの、うるさいんで余所でやってもらえますか?」
ちょっとした修羅場みたいになっていた医務室の中に、それまでとは違う鈴のような声が響いた。
ベッドに腰掛けた佐苗が
眠そうな目を擦って私たちのほうを向いていた。




