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怖い生徒

──「アウラミライ侯爵学園」教務棟 10/03/朝


「あなたに気を許した覚えはないわ」


 今日は不機嫌だな。


 でも昨日以前のアマナに比べたら随分と丸い反応だ。


 からかうのはこれくらいにしとくか……。


「悪かったよ」

「口説いた次の日に別の女子と二人きりになったりして」


「あれって口説いてるつもりだったんですか」


「物足りなかったか?」


「別に……」


 表面的には不満そうだ。


 でもなんかいい感じだな。


 もうひと押ししてみよう。


「今日はたまたま佐苗が朝っぱらから来ちゃったけど」

「本来は次に来るのが早かったお前と二人きりだったわけじゃん?」

「いつもはサフィの時間に合わせて学園に来るお前とさ」


 サフィを絡めて言うのはやり過ぎかとも思ったが……。


 つい言いたくなっちゃったんだよな。


「先生のほうはなんで早くに来たんですか?」


 ふうん。


 今日はどうやら私に何か言わせたいらしい。


「お前が昨日朝会の前に死んじゃってたみたいだし」

「早めに来て朝から晩まで守ってやろうと思ったんだよ」


「余計なお世話ですよ」


 やっぱいい感じだな。


 左隣りに立ちっぱなしのアマナはまた私から視線を外して医務室のほうを向いている。


 この見えない蜘蛛の巣みたいなので、佐苗の様子でも探ってんのかな。


 さっき玄関口から教室にいる私を感知していた感じからして、この廊下も直接見なくてもわかってそうだ。


 ……今こいつの肩とか触ったりしたらどうなっちゃうんだろうな~。


 私はアマナが展開している"何か"を避けられるタイミングで、なおかつどんな達人でも察知できないように気配を消して手を伸ばす。


「委員長みたいになりたくありません」


 アマナがこっちを向いていた。


 ……げ。


 なんでわかったんだよ。


「なんでわかったんだよ」


 驚きすぎて思考が寸分違わず声に出ていた。


 私が肌で感じ取れているやつ以外にも"何か"使っているとしか思えない。


 でもいいや。


 そのまま触っちゃえ。


 私は伸ばした腕を引っ込めることなくアマナの肩に手を置いた。


 一方、アマナは両手を組んだまま横目で私を見ているが嫌がる素振りを見せない。


 私は制服の上からアマナの肩に指を沿わせて、鎖骨のあたりに触れてみる。


「背はちょっと高いけどお前も華奢だよな」


「誰と比べてるんですか?」


 アマナが少し不機嫌そうな声で問いかけた。


 褒めてるつもりだったんだけどな……。


「委員長」


 取り繕うために私は佐苗の名前を呼ばず、委員長と短く答えてみた。


「委員長の身体(からだ)もこうやってベタベタ触ってたと」


 こいつは着崩したりしないから首元は細いリボンタイできっちりと締めている。


「ベタベタとは触ってないだろ?」


 言葉を返すとともに私はアマナの首元を手の甲で撫でた。


 そしてアマナの肌に触れた部分を手の甲から指先に移し、首裏に指が届くように腕を伸ばしていく。

 

「こんな感じで触りながら委員長の肩も握り潰したわけですか」


「そんなやついたら怖すぎるだろ……」

「こんなに優しく他人(ひと)に触ったのはお前が初めてだよ」


 むず痒くなるような言葉を私が囁くと、アマナは何も答えずに半歩こちらへ寄ってくる。


 すると腕を伸ばさずとも自然とアマナの首裏に私の左手がすべて添うようになっていた。


 そのまま私は襟首を手の平で撫でながら後ろ髪の生え際に親指で触れる。


 アマナは相変わらず腕を組みながら仏頂面で何を考えているのかわからなかった。


 だがその目は細められて、ほとんど閉じかかっていた。


 ……ヤバい。これって手で引き寄せてキスする流れなんじゃないのか?


 でも場所が場所だし、そもそも私が経験皆無なせいでこの後に何をすればいいのかわからない。日常のイチャつき方を知らなすぎる。


 こんなことなら昨日酒場で顔を近付けたときに、ちゅーしちゃっておけばよかったかな。


 そしたらここでサッと1回キスしたりするのも不自然じゃないはず。


 とも思うけど流石にそれはなあ。


 もうちょっとアマナとサフィの行く末を見届けてからでもいい気がする。


 ということでちょっと抱き寄せるぐらいにしておくか……。


 私は何も言わずに自分から近付いてアマナの体をたぐり寄せた。


 アマナの体は最初から予期していたように力が抜けて私にもたれかかる。


 そこでようやく私は口を開いた。


「実際、お前を助けようっていうのは余計なお世話かもな」

「今日は生き延びる気になったみたいだし」


 私はアマナが張り巡らせてるやつと私すらもわからない"何か"について考えながら話しかけた。


 こんなものはこいつが入学してから半年間感じたこともなかったんだよな。


「なんでそう思うんですか?」


「さっきだって私が触ろうとしてたの分かってたじゃん?」

「何をしてるんだかわかんないけどさ」

「あれを察知できるならお前に不意打ちできるやつなんていないだろ」


 ああいう動きは魔王軍と戦っていたときにも使ったことがなかった。


 正面からぶっ飛ばしちゃえばいいだけだったし。


 私にとってアマナとのやり取りは魔王討伐の旅よりも難しい。いろんな意味で。


「だからうれしいよ」

「お前がやる気出してくれて」


 そう言いながら私はアマナを抱き寄せた手で後ろ髪と襟首のあいだに指を這わせて撫で回す。


 そしてアマナのほうをチラリと見ると完全に目を閉じて体を私に任せていた。


 黙ってれば可愛いもんだな……。


 そう思った矢先にアマナは喋りだす。


「昨日いっしょに飲んでみて」

「いつも一人で飲んでる先生が可哀想だと感じたから」

「先生の飲み相手として生きてあげようかなと思っただけですよ」


 この分だと減らず口も照れ隠しにしか聞こえない。


 そこでやっと私はアマナがこっちの腰に手を回して抱き着いていたことに気付く。


 これはくっつきすぎじゃないか……?


 傷付けないように触れることに集中しすぎて気付かなかった……。


「おいちょっと」


「無理するなと昨日言ったのは先生ですよ」


「……我慢しなくていいと言ったわけじゃない」


 だいぶヤバい雰囲気だ。


 もうなんで佐苗が大怪我することになったのかとか、そういう話をできる空気じゃないな。


 昨日の今日でここまで進むとは……。


「委員長にはどんな風に触ったんですか?」


 こんなときにまたその話か。


 私はアマナから左手を離さず正面に立ち、右手でそっと肩に触れた。


「こうかな?」


「委員長がああなったのと同じくらいの力で握ってみてください」


 何言ってるんだ、こいつ。


「いや、お前……」


「いいから」


 いいわけないだろ。


「私が無駄に怪我するようなこと言うと思いますか?」


 うーん、そう言われるとそうなんだけど。


 なんでそんな危ないことしないといけないんだ。


「あと5秒以内にやらなかったら私からキスしますよ」


 マジで何言ってるんだ。


「ごー」


 嘘だろ……。


「よん」

「さん、に、いち」


 はやっ。


 アマナの圧にビビって私は言われた通り"ほんの僅かに"力を入れて握ってしまった。


「ほら、大丈夫でしょう?」


 お、おおおぉ……。


 ほんとだ……。


 アマナの肩はなんともなってない。


 それどこか制服も無事だ。


 勇者たちとパーティを組んでたときもこんなに驚いたことはない。


 そのうえこの世界に転移したときでさえここまで驚かなかったんだが……。


 私はマジで驚愕していた。


「本来、魔力をまとえば生き物の体は頑丈になるんですよ」

「たとえば魔族なら人間と魔力の捉え方が違ったり、魔力と肉体の親和性が高かったりして……」

「先生がちょっと力を込めて押すくらいなら耐えた相手は魔族にいたはずです」


「……佐苗に怪我させた後、ちょうどそういうやつらのことを思い出してたよ」


「ただ人間だと普通のやり方ではそこまでなれませんけどね」


「お前は体そのものに魔力を持たせたわけじゃないってことか」


 私は制服の様子と合わせて推察した。


「まあ、そんなところですよ」

「だからこういうのを強めに握り返しても大丈夫ですよ」


 そう言いながらアマナは再び抱き着いてきて、私の手を握った。


 私は恐る恐るさっきよりも力を込めて握り返してみる。


「本当に大丈夫なんだな……」


「昨日言いましたよね。負ける気がしないと」


 こいつの言うことだから勝算があるとは思っていたが、まさかここまでとは……。


 しかも知略とか作戦とかじゃなくて物理的な勝算。


 もちろん"これ"にそういう工夫も乗せるんだろうけど。




「だからあなたは孤高ではありません──

 私は先生よりも"強い"んですよ」




 そうか、こいつは……。


「そうだな。確かにそうだよ」


 お前のほうが私よりも"強い"。


 私はまたアマナの手を強く握り返す。


「ありがとう」


 こいつは佐苗に怪我をさせて落ち込んでいた私を励ましてくれているんだ。






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