複雑で単純な賢い馬鹿
──「アウラミライ侯爵学園」医務室 10/03/朝
「……珍しい組み合わせだね。こんな早朝から」
イレミアは血まみれの佐苗を見ても顔色ひとつ変えなかった。
「色々とあったんだよ」
私は説明を放棄しながら佐苗をベッドに横たわらせる。
「君が生徒に大怪我をさせたのは初めてじゃないのかい?」
佐苗の衣服を脱がせ始めたイレミアが私に問いかけた。
そういえばそうだな。
「それぐらいヤバい状況だったんだって」
「この子に何をしたのかな?」
イレミアは細かい事情を聞かずに佐苗が怪我を負った過程だけを私に尋ねた。
「肩をほんの僅かに握ったのが1回」
「そのまま腕の重さを少しだけ肩にかけたのが1回」
「それで致命傷だよ」
「君は相変わらずデタラメだね……」
すると隣でしばらく黙っていたアマナが口を開く。
「内蔵がやられてるからほっといたら後50分くらいで死にますよ」
「そうか、じゃあまずはそっちから治そうか」
「傷んでいる箇所は私がわかっているので教えます」
「頼むよ」
短いやり取りを終えた二人が佐苗に処置を始める。
なんかオペみたいだな。
魔法があるとはいえ、やってることの意味は同じだし、そりゃ似た印象になるか。
昔にテレビドラマで見た印象だけど。
「しかしこれはすごい損傷の仕方だね」
アマナから話を一通り聞いたイレミアが感想をつぶやいた。
「そんなに酷いのか?」
「いや、酷いというよりもそれぞれの臓器の内部で均一に出血している」
「一種の芸術だ」
「酷い怪我だといえば、かなり酷い怪我ではあるがね」
「褒めてるんだか貶してるんだか……」
「どっちもだよ」
かなり丁寧に触ったつもりだったが、それが逆に全体にダメージを与えていたらしい。
とはいえ普通にやってたら即死だろうから他にやりようはないんだよなあ。
こう考えると私にちょっと押されたりして生きてた魔王軍のやつらって結構すごかったわけだ……。
佐苗の200倍くらい頑丈だった気がする。
聖女だなんだと持て囃されていても教え子たちがまともな人間だという事実を改めて思い知った。
「それくらいやればもう息が持つと思いますよ」
「他には胸から腰にかけての骨がほとんどヒビ割れています」
少ししてからアマナが口を開いた。
「それは後にしよう」
「つぎは肩と上腕だね」
「この肩は手作業で形を整えたほうが後がラクだ」
「私が指示するからちょっとやってみてくれたまえ」
そう言ってイレミアは私のほうに目線を向けた。
……余計に壊れたらどうすんだよ。
「私が触って大丈夫なのか?」
「今の状況ならいくらでも加減できるだろう?」
「わかったよ……」
それから私はしばらくイレミアの指示を受けながら佐苗の肩をいじくり回していた。
おお……言われた通りにやったらなんか綺麗になってる。
「それくらいでいいよ」
「後は私だけで問題ないから」
「二人には廊下で誰か来ないか見張ってもらおうかな」
流石イレミア、気が利くな。
私とアマナは二人で喋る時間を自然に得ることができた。
──「アウラミライ侯爵学園」教務棟
廊下に出て少し時間が経ったものの、アマナは口を開く素振りを見せない。
教室棟の長廊下だと随分と言いたいことがありそうだったんだけどな。
仕方ないから私から話しかけてみることにした。
「なあ、イレミアとお前って意外と他人行儀なんだな」
「他人行儀だといけないのかしら」
私にも他人行儀だな。
「佐苗とやり合う前とやり合った後にさ」
「お前と直接話し合ったことを隠さなくちゃいけない場面があったんだよ」
「急に何の話?」
「いいから聞けって」
「そしたら佐苗は"あんなに普段から仲が悪いんだから"とか言うわけだ」
「私とお前について」
アマナは相変わらず視線すら私に向けていない。
「だから嘘なんてロクについたことがない私でも」
「私が早朝出勤してた理由にお前が関係ないと思わせることができたんだよな」
「何が言いたいの?」
「私は想像力がないというか」
「何かを想像したことってあんまりないんだけどさ」
「お前とイレミアのやり取りを見てたら」
「"想像力を刺激される"ってこういうことを言うのかなと思っただけ……」
教室棟で感じた肌にまとわり付く感触は医務室でもこっちの廊下でも変わらずに続いていた。
そんな中、私が話し終えた途端に、その感触が急激に速く動き始める。
アマナはさっきから表情を変えていないが、私には若干むくれているようにも見えた。
わかりやすいやつ。
面白いから"これ"で判断できることは黙っておこう。
「お前はサフィが云々とか言ってたけど」
「他人と仲が悪いように見せたり、疎遠に見せたりするのは」
「実際には諜報的な理由があるのかなーと」
私がさらに問いかけると肌の感触が逆に落ち着いていた。
なんでだ?
こいつ"も"複雑なやつだな……。
ああ、わかった。
「先生って結構お喋りね」
「まあな」
「で、的外れなことでも言ったか?」
「どうでしょうね」
機嫌が良くなってるな。
単純に私の言ってたことが間違いだったっぽい。
こいつはやっぱり真意を読まれるのを嫌がるんだ。
本来は私の予想が合ってたほうが賢いってことになるんだが……。
これじゃ頭が良いんだか悪いんだかわからないな。
「じゃあ単純に気がある相手と仲良くするのを他人に見られたくないだけか」
私が言い終えた瞬間、体中の感触がざわめき出した。
それにつられて私がアマナのほうへと視線を向けると……。
目が合った、というよりも睨み付けられていた。
「今だってお前と私しかいないんだし、もっと気を許してくれてもいいんじゃないか?」
「あなたに気を許した覚えはないわ」
今日は不機嫌だな。
でも昨日以前のアマナに比べたら随分と丸い反応だ。
からかうのはこれくらいにしとくか……。




