直線危険地帯
──「アウラミライ侯爵学園」教室棟 10/03/朝
この学園は無駄に大きくて広いせいで教室棟の廊下も無駄に長い。
私は遥か先で点のようになっているアマナを視認しながら返事をした。
「お前こそなんでこんな朝っぱらから学校に来てんだよ」
「いつもサフィが登校してくる時間に合わせてるのにさあ」
やべ。だいぶ余計なこと言った。
なんか昨日長く喋っただけでアマナの癖がうつった気がするな。
「なんで血まみれの学級委員長といっしょなの?」
敬語じゃなくなってる……。
しかも私の問いかけは無視か。
てかなんでこの距離で私が抱えてる生徒が佐苗だってわかんだよ。
何を"使って"るんだ、あいつは。
「あー……。うっかり私がぶん殴っちゃってさあ」
「あなたがうっかりぶん殴ったら死んでるでしょ」
そりゃそうだ。
「喋らないほうが良かったのは先生のほうなんじゃないんですか?」
私は庇おうとしている側なのに、佐苗まで私をなじり始めた。
こいつ……。
これが四面楚歌ってやつか。昔、弟が持ってた学習漫画で見た。
「そしたらあなたが答えてくれる?」
「佐苗さん」
なんで佐苗の小声まで聴こえてるんだよ。
そう言うやいなやアマナは速歩きで廊下を進んでくる。
「だってよ佐苗」
そう言いながら私も前に歩き始めた。
「別にいいですけど」
「何を説明するんですか?」
「それになんでアマナさん怒ってるんですか?」
そうなんだよな。だから私は今アマナに行き会いたくなかったんだ。
私が昨日、一晩かけて理解したアマナの事情なんて、佐苗は知る由もないんだから。
後、アマナがつんけんしてる理由はどうにも話しにくいな。
私の勘違いだったら恥ずかしいし。
「いやだって、普段から仲悪いじゃん?」
「私とアマナってさ」
「あ、そうですよね」
佐苗はすんなりと納得してくれた。
すげえ……。
アマナが意味不明な理由でやっていた偽装工作的な何かが普通に功を奏してるじゃん。
昨日はそんなことしなくていいだろと言ったけど、後々になってジワジワ効いてくるもんなんだな。
サフィに全賭けしたいっていう建前はあるにしても、行動自体はアマナの変に捻くれた性格に由来してると思ってたが……。
戦時中の情報工作の経験で培った人間関係の作り方だったりすんのかな。
なんだかんだあいつがやっていることに無駄はないわけだ。
そこまで私は一人で納得して佐苗に頼み込む。
「だからお前から言ってやってくれよ」
「仕方ないですね……。死にかけなのに」
佐苗は口から血を吹きこぼしながら渋々うなずいた。
いい加減、佐苗から流れる血が地面に零れそうになっていたので、私は着ていたインバネスコートのケープで血まみれの口を拭ってやりつつ、歩みを進める。
肩は……なんかすごいことになってるし、私が触んないほうがいいよな……。
そんなことをしながら歩いていると、アマナの声がした時点で若干感じていた違和感が強くなり始める。
なんだこれ?
なんかアマナに引っ張られるみたいな感じだな。
以前、勇者パーティにいたとき、魔王軍のやつで似たような"感触"を出してくるやつがいたような……。
でもあれって相手の至近距離だったし、"感触"も薄かったような。
なんだったかなあ、確か……範囲内の敵の動きに反応しやすくなる疑似結界みたいなことを言ってたかな。
本当はもっと細かいことを言ってたんだけど忘れた。
一歩また一歩とアマナに向かって近付くたびに、私の身体は新たな"感触"を中空に見出していく。
一方、佐苗のほうに視線を向けると、彼女は虚ろな目で教室棟の外側を眺めていた。
何にも感じてなさそうだな。
というかもうヤバいんじゃないのか、これ。
ギフトで痛みを感じないようにしているだけで、こいつは本当に死にかけっぽい。
私はこれまでシバいてきた連中の頑丈さを改めて思い知る。
もっと調整しないとダメだよな……やっぱ。
そして、ようやく"普通"の視力でアマナの顔が見えそうな距離まで近付くと、私の全身は蜘蛛の巣がべったりと張り付いたような不快感を訴えていた。
まあ、大体わかった。
アマナはこういうやつのさらに細くて広い版で、私の位置や音を捕捉してたのか。
何の魔法を使って、どうやってるのかは謎だけど。
「おい、アマナ」
「そろそろ佐苗がマジで死にそうっぽいから……」
「頭に血が回ってないだけで、後1時間は生きるわよ」
鬼か、こいつは。
残り1時間で死ぬじゃん。
ってことは佐苗の肩に重さをかけたとき、ほんの少しでも圧を加えていたらヤバかったな……。
「それ、そんなことまで分かるんだな」
「あなたこそなんで私が"何かしてる"って分かるのよ」
そういえばパーティの中で、この感じが"肌"で分かっていたのは私だけっぽかったな。
他のやつは"目"で見たり、魔力で伸ばした線に引っ掛けたり、色々やってたのを思い出した。
「いくら治るとは言ってもヤバいだろ、これは」
「一旦、医務室まで行かないか?」
ほとんど目の前まで来たアマナに私は短く提案した。
「……いいわよ」
説明すると言っていた佐苗は既に意識が消えかけているのか、アマナが近くまで来てもほとんど反応できなくなっていた。




