魔女がくる!!
──「アウラミライ侯爵学園」教室棟 10/03/朝
死にかけの伊呂波佐苗を抱きかかえた私は医務室に向かうべく教室から足を進めていた。
すると佐苗がかすれた声で私に問いかける。
「もしも先生が鼻が利かなかったら私のことを"普通"の生徒だと思ってましたか?」
言葉を間違えた瞬間、私はさっき教室で見た椅子みたいに拉げて死ぬのだろうか。
少し落ち着いたせいか表情が消えたこいつの顔を見るだけでは"私にはわからなかった"。
「今もお前に殺されるかどうかわかんないし」
「普段もわかんないだろうな」
「それって私のご機嫌取りですか?」
「本当の話だよ」
「まあ、お前が歩いてるところとか見たら私もわかっちゃうと思うよ」
「どうして?」
「そういうのは歩き方に出るんだよ」
「周囲の警戒の仕方というか……」
正直、私にはいわゆる武術の達人が言うような危険な気配を察知する素養はない。
直感は当たるんだけどな。
私にわかることは直感プラス経験則で知り得る範囲くらいだ。
「一度でも誰かを故意に殺したやつは必ず自分も殺されることを意識するし」
「何をしてても他人を殺すことを問題の解決方法の選択肢として持つようになる」
「だから一挙一動のすべてが殺しの経験がない人間とは違う動きになる」
「って昔パーティ組んでたやつが言ってた」
私は投げっぱなし気味にして話をまとめた。
「そういえば先生って勇者と組んでたんですよね」
「私がどうこうしようっていうのが間違いでした」
「気付くの遅すぎだろ」
「そもそも勇者関係なく私は"最強の聖女"とかアホな異名で呼ばれてるんだからさ」
「なんであんな無謀なことしたんだよ」
「それは成り行きで……先生に"色々"バレてると思ったから」
「後、触りさえできれば殺せるし」
「あのなあ、前科もんが知られたくらいじゃ何も起きないよ」
「ちょっと前までは大陸戦争が起きてたわけじゃん」
「この世界だと統計的に言ったら人殺しのほうが多数派で"普通"かもしれないんだぜ?」
それとも"普通"じゃないことがバレる云々よりも、"色々"の中身が重要なのか?
今聞いたらまた佐苗の情緒がヤバくなりそうだし、後で聞くか……。
「私はなんだかんだウチのクラスは"普通の女子"が多いと思ってますけど」
それはその通り。しかも派閥云々で争ってる聖女たちは前の世界で言うところの"一般的な幸せな家庭の女子"が多い気もするな……。
本人たちがその幸せに気付いてないほど幸福な。
私が見た限りだとそいつらは刃傷沙汰の経験はなさそうだった。
「それにしてもお前よくそんな体で喋れるな」
やった本人が言うのもなんだが、佐苗の肩からは鮮血が滴り、やはり内蔵にもダメージがあったみたいで口元からも血が垂れていた。
一応、廊下に出てからは血が床へと垂れないように私が着てるインバネスコートの袖で堰き止めながら歩いている。
「痛いのは全部"忘れて"るんです」
「あぁ……」
こいつのギフトはそういう使い方をするのか。
アマナの一件での意識が強すぎて、他人に使うものだとばかり思ってたが……。
──「君を見る限り、俺からすると聖女は望んでいたものを手にしているように見えるよ」
また、"あいつ"の言葉が脳裏をよぎる。
やっぱそんなことないって。
だってこいつのギフトは──
私が考えを巡らせ始めたとき、耳を澄ませながら歩いていた私の鼓膜に聞き慣れた足音が響く。
それと同時に私は左手にあった別の教室へと足音を"一切"立てずに滑り込んだ。
──「アウラミライ侯爵学園」教室
突然のことに佐苗は不思議そうな顔をしている。
無理もない、私が聞いたのは玄関口から教室棟に入ってきたばかりの人間の足音だったのだから。
私以外でそんなに遠い音を捉えられる人間はだいぶ限られるだろう。
……どうすっかなあ。
あり得ないほど早い時間に校舎に来ていたこともあって、まだまだ生徒たちが登校する時間には程遠い。
それなのにもう来ちゃってるんだもんな。
あんなことがあった翌日だし、委員長と同じく"色々"と教室に仕込む気なんだろう。
奇しくもあいつが私と同じような考えで朝っぱらから学校に来たことに気付き、私は少し顔をほころばせていた。
「先生、こんな朝から何してるんですか?」
「しかも生徒と二人で」
教室棟の廊下の遥か先のほうから良く通る冷たい声が響いていた。
うわあ……。なんで私がいるってわかるんだよ。しかも生徒と二人で……。
「アマナさん?」
佐苗は目を丸くしながら声を漏らす。
仕方ない、こいつは……ここに置いていくよりも私が抱えてたほうが安全だろう。
痛みもないみたいだし。
「お前、余計なこと喋るなよ」
「そもそも何が起きてるかわかってないんですけど」
佐苗は不満げな顔で文句を垂れた。
「とりあえずアマナの質問にお前は答えるな」
「死ぬかもしれない」
十中八九死なないけど大げさに言ってみる。
「はいはい……」
佐苗の返事を聞くとともに私は教室から抜け出ることにした。




