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普通の生徒

──「アウラミライ侯爵学園」教室 10/03/早朝


「別にいいんですよ」

「だって先生はこれから死ぬんだから」


 やっぱそうきたか。


 正直、昨日アマナの話を聞いていた時点で生徒の名簿でギフトを調べるまでもなく、ある程度の見当がついていた。


 その中のひとりが伊呂波佐苗(いろはさなえ)だった。


「へえ、私が死ぬ?」

「なんで?」


「私が殺すからです」


 佐苗がそう口にした瞬間、私は机越しで肩をつかんでいた手に"ほんの僅かに"力を込める。


 たったそれだけで、くぐもった破裂音が室内に鈍く鳴り響いた。


 鎖骨、開放骨折。肩鎖関節、肩甲上腕関節、損傷。肩甲骨、上腕骨、複雑骨折。


 私は佐苗の肩から飛び出し血に濡れた骨片と部屋に響いた音から負傷の度合いを推測した。


 上腕に伸びる腱も千切れてるだろうから左手はもう使いものにならない。


 だが佐苗は口角を異様に上げた笑みを崩すことなく残った右手で私の袖先に触れようとした。


 ……あいつの手が触れたらヤバいな。


 そう直感した私は佐苗の肩を起点に斜め下へと"なんの力も込めずに前腕の僅かな重さだけ"をかける。


 まともな人間なら私が自らの制動を加えずに腕の重さをかけた時点で、もう動くことすらままならないはず。


 だが佐苗はさっきと一切変わらずに気味の悪い仮面のような笑みを浮かべ続けていた。


 私は佐苗の無事な右手にチラリを目を向ける。


 手先がヤバそうなんだよな。


 かといって距離を取ったら聖魔法がビュンビュン飛んでくるわけだし、どうしたもんかな……。


 聖魔法なんて体に当たっても温かいような感触なんだけど──

 服がなあ……。焼け飛んじゃうからな……。


「やっぱりすごいですね。先生は」

「ただ力が強いだけじゃない」

「私が"どこで何をしようとしていたのか"まで全部わかってる」


「お前もつい去年まで日本で普通の女子やってたとは思えない感じだぜ?」


「私は"普通"だと思ってません」


「……悪いな」


 佐苗の声からして肋骨と背骨にヒビくらい入ってるだろうな……。肺もヤバいと思う。


 ほっといたら佐苗がこのまま死にかねないし、あんまり長引かせたくはないな。


 すると佐苗が残った右手で机に触れようとした。

 

 その動きを目にした私は佐苗が動き終える前に右手の(てのひら)で"ほんの僅かに力を込め"て長机を押し込む。


「……あはっ」


 佐苗は目の前で即座に真っ二つとなった机を見て妙な笑い声を漏らした。


 長机の天板は私が触れた位置を起点に綺麗なV字となって割れている。


 佐苗が触れようとした場所にはもう何もなく動作の途中にあった手は虚空を掴んだ。


「それで次はどうするんだ?」


 佐苗は私の問いに答えずに口を開く。


「先生、私のことを手で直接押さえるような流れにするために」

「わざとあんなこと言ってたんですね?」


「いや、あれは素だよ……」


 悲しいことに素だった。


 だが佐苗は私の言葉を信じてないみたいで反論もせずに自分の話を続ける。


「それに最初から私に見当がついてたんでしょ?」

「やっぱりアマナさんと相談してたんですね」


 さて、アマナが関係してることは話すべきかどうか……。


「お前らが入学してきてからずっとおかしなことが続いてるんだからさ」

「教師側だって調べを付けるだろ」


 この言い分だとアマナが関係してることを隠すには苦しいか?


 そのへんのさじ加減も私には分かんないんだよな……。


「でも私は学園の騒動には何も関係ありませんよ」


 は?


「は?」


 私は思わず声が漏れてしまっていた。


 なんだ? この場を切り抜けるための嘘か?


 だが私の直感がその言葉の真実味を告げている。


「おいおい……」

「本当ならなんであんな物騒なこと言ったんだよ」


 実際、佐苗からは紛れもない本物の殺意が発せられていた。


 それに……。


 こいつ入学してきたときから"臭かった"んだよな。


 佐苗を黒幕候補で考えていたのはギフトだけが要因じゃない。


 アマナやアレンあたりがまとう死臭ほどではないにしても佐苗には相当な人数を殺してきた人間特有の血生臭さが漂っている。


 雰囲気とか佇まいとかじゃなく私の鋭敏な嗅覚が佐苗本人以外の"物理的な血液の残り香"を知らせていた。


「だから言ったじゃないですか」

「私自身でも色々と原因を調べてるって」

「授業はちゃんと受けたいって」


 あー……。言ってたな……。


「そもそも学園が潰れたら私のことを"普通"だと思ってくれる日本人がいなくなっちゃうし、学級委員長もやれなくなっちゃうじゃないですか」


 確かにそうだ。


「それじゃお前、死にかけ損だな」


「死にかけ損とかじゃないですよ」

「殺されかけてるんですけど」


 死にかけてる割には口が減らない。


「そういう割には余裕そうじゃん?」




「だって、まだ"負けて"はいませんから」




 そう言いながら佐苗は自身が座る椅子に右手を伸ばした。


 すると椅子が(いびつ)な音を立てながら(ひしゃ)げてバラバラに崩れていく。


 ギフトだ。


 こいつの手に(さわ)られたら私の体もこうなってたのかも。


 佐苗の肩に添えられた私の手から逃れるために良く考えたもんだ。


 ぼんやりとした考えを浮かべる私を余所に椅子が崩れるのに合わせて佐苗の体も下に落ちる。


 本当は支えてやりたいところだったんだけど危なそうだからやめておいた。


 私が佐苗の動きを抑制していた左手から下方向に逃れるだけじゃなくて、そうやって私が動くことを目当てに椅子をバラしたんだろうしな。


「おい、大丈夫か?」


「──(ニレ)の樹を燃やせ」


 今度は詠唱か。


 私みたいな一切魔力がない人間はともかく聖女は基本的に無詠唱で聖魔法をぶっ放せる。


 でも、その分だけ声を発したときの魔法は何も言わずに使うときとは比べ物にならない。


 だからこれもなんかすごいやつなんだろうな。


 私がぼんやりとしたことを考えていると佐苗は寝転んだままゴロリとこちらに向き、その右手も宙を切る。


 その瞬間、私の目はシャボン玉の表面のように光る帯状の揺らぎを捉えた。


 光はすぐに目の前まで迫ってきていたので私は片手で余さず包み、しっかりと握り込む。


「おー、あぶな……」


「え?」


 私は手の中がじんわりと温かくなるのを感じながらポカンとした表情を浮かべる佐苗に文句を垂れる。


「あんまこういうのは使うなよ」


 触ってみた感じからして校舎が吹き飛んでもおかしくない威力だったっぽいな。


 それに……たぶん普通の目だと見えない"不可視の魔法"だったんだろう。


 帯のように極限まで平たく延ばすことで、どれだけ高密度な魔力でも目に映らないようにしていたんだと思う。


「で?」

「ほかにもなんかあるのか?」

「あんまり派手なやつはやめてほしいんだけど」

「そろそろ手当しないとヤバそうだし、もういいだろ」


 私は佐苗が(くだん)の相手じゃないことを確信し、助け起こすためにゆっくりと近付いていく。


「こんな他人(ひと)の体中の骨バキバキにして殺しかけておいて」

「何言ってんの、あんた……!」


 まあ、やられてる側としてはそう思うか……。


「いや、それこそ何言ってんだよ」

「別に殺そうとか思ってないし」


 私の返事を聞いてるんだか聞いてないんだか、佐苗は唯一無事な右手の爪を地面に立てながら、こっちを睨み付けていた。


 うーん……。どうすっかなあ……。


 どうにか佐苗を説得しないと、この場は収まりそうにない。


「お前さあ、他人を最初から殺す気で殺したこと"しかない"からわかんないと思うけど」

「"普通"の人間は、どんな状況、どんな結果、どんな場合でも初志貫徹するわけじゃないんだぜ?」

「状況が変われば目的も変わるもんだよ」

「殺しなんて大多数の人間にとっては手段でしかないんだから……」

「そもそも私は殺す気ないし」


 私の長い口上に佐苗からの返事はない。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


 うわ、なんか一人でブツブツ言ってる……。


 相当キてるな、これは。


 私の聴力なら聴こえてるんだけど、おっかないから聴こえてない体裁でいこう。


「あのさ」

「どこに自分の生徒殺すような担任教師がいるんだよ」


「それは……」

「昨日の今日でクラスの動きがあった後に」

「先生が早朝からここにいたから私の"色々"が察知されてたのかなって」


 "色々"ってなんだよ……。


 そういえばなんかやるとか言ってたな。そっちはわかんないんだよなあ。


 別の話で誤魔化すか……。


「お前が人殺しなのは入学初日からわかってたよ」

「さっき身を持って体感したお前なら分かると思うけど」

「私の身体能力は五感も尋常じゃないからさ」

「洗い落とした血液の臭いだろうと感じ取れるせいで」

「お前の体に染み付いてる死臭がすぐにわかったんだよ」


 佐苗は目を伏せながら口を開く。


「じゃあなんで今さら……」


「いや本当に今朝はたまたまお前と鉢合わせただけ……」


 私と佐苗からしたら偶然だが、どこかの誰かにしてみれば偶然じゃないんだろうな。


 かったるいことに。


 それはともかく……今は佐苗をどうにかしないと。


「なあ、お前さ」

「前の世界じゃ"普通"じゃなかったかもしれないけど」

「この世界というか、この教室だとそんなやつらいくらでもいるし……」


 アマナやアレンとかの放つ死神みたいな香りに比べたら佐苗の香りなんて油絵の具の染み付いたキャンバスみたいな臭いでしかない。


 私は佐苗の右手が届く位置まで歩み寄った。


「お前ぐらいなら全然"普通"なんだよ」


 私の言葉を聞いた佐苗は仮面のような表情を失って押し黙る。


 そしておずおずと言葉を発した。


「この世界なら私は"普通"でいられるの?」


「ああ、お前なら余裕だよ」


 そう答えて私は佐苗の右手を取りながら抱き上げる。


「これからも私のクラスで"普通"の学級委員長をやってくれよ」

「この半年間、お前はクラスメイトから邪険に扱われるような存在価値の軽い」

「面白みも全然なくてつまんない"普通"の学級委員長だったぜ」


 私の言葉を聞いた佐苗は、口をへの時に曲げた奇妙な笑顔でつぶやいた。


「あんたの中の"普通"の学級委員長のイメージ悪すぎでしょ」






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