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白々しい女

──「アウラミライ侯爵学園」教室 10/03/早朝


「昨日、生徒たちを昏倒させたのってアマナさんですよね」


 ……げ。


 昨晩の話だとアマナは私に隠していたが、まあ委員長の言う通りなんだろうな。


 私は基本的に隠し事をしない。精々、学園長に詰められたときにしらばっくれるときくらいだ。


 嘘もつかない。つく必要がないからだ。


 別にそういうのが悪いとか、そんな道徳的なことをモットーにしているわけじゃない。


 ただ嘘や誤魔化しでその場を切り抜けるくらいだったら、目の前の相手を黙らせちゃったほうが早くて……嘘をついたことがあまりない。


 なのにこれからは……。


 これから私はそんな面倒くさいことをしなくちゃいけないのか?


「どういうこと?」


 私は顔を引きつらせながら短く答えた。


「先生……」


 なぜか佐苗は気の毒そうな顔をしている。


「しらばっくれるの下手すぎ」


 だよな。


 私も前からそう思ってた。学園長にも隠し事が通用したことないもんなあ。


「先生が自分で把握したとも思えないし」

「誰かから聞いたってことですよね」


 うわあ。勘が良すぎるだろ……。


 どうしよう。


「アレン様あたりから聞いたんですか?」


 それだ!


「そうそう、そうなんだよ」


 食い気味な私の反応を見て、佐苗は再び訝しげな顔をする。


「やっぱあいつって生徒間でも情報通みたいな認識なんだな~」


「そうですけど……」

「はぁ……まあいいです」

「まさかあんなに仲が悪いアマナさん本人から聞いたってことはないでしょうし」


 そうそうそう、まさかそんなことはないんだよ。


 本人がやったと言わなかったのは事実だし。


「アマナさんも聖女を止めただけできっと悪意はないんでしょうね」

「そもそもクラスの揉め事に興味自体がなさそうですよね」


 おお、よくわかってんじゃん。


 あいつはサフィと……後は見た目が良い女くらいにしか興味がないっぽいぞ?


 たとえば私とかな。


 それとイレミアか。


 私は授業中のアマナの粘着質な視線を思い出しながら佐苗の話を聞き続ける。


「私も聖女の派閥対立なんかには興味ないですけど」

「あんなんじゃ授業も受けてられませんから」

「最近は色々と聞き回って対策しようとしてるんですよ」


 てか、あいつが興味ありそうなことが本当に他に思い付かないな。


 マジで年がら年中、女のことしか考えてないんじゃないのか?


 うーん、それでいくと……こいつも結構いい線いってんのかなあ。


 整った顔立ち、身長は低め、ショートボブ、瞳は漆黒。


 いや、傾向を考えたらアマナは高身長じゃないとダメっぽいよな。


 私は綺麗に切り揃えられた佐苗の髪に目を遣りながら口を開く。


「真面目だな。お前は」

「私だったら授業が半日で終わったら喜んじゃうけど」


「昨日も喜んでたんですか?」


 そ、そんなわけないじゃん?


「そんなわけないじゃんか」

「私なんて本当は働かなくてもいいんだからさ」


 私の説明を聞いて、佐苗は短く目を閉じる。


 そして目を開くと同時に、疑問を発した。


「そういえば先生ってなんで働いてるんですか?」


「さあな」


「じゃあ聞き方を変えますよ」

「なんで教師をやってるんですか?」


「同郷のよしみだよ」


 これまでの会話とは打って変わり、私は即答した。


 佐苗は少し釈然としない様子だった。


「そんなもんだよ」


「私にはまだわかりません……」


 佐苗は"私と同じく"転移してきた聖女だから、色々と飲み込めないことも多いんだろう。


 それに転移してから日が浅く、転生した聖女ほど今の世界に染まっていない。


 そのせいか"貴族派"だ"皇族派"だと訳の分からないことには(くみ)していない。


 まあ、こいつだったら転生して長年この世界で暮らしていたとしても、そんなくだらないことにかかわらないだろうけどな。


「お前、日本に帰りたいと思うことってある?」


「それもわかんないです……」


 佐苗は急にしおらしい様子を見せる。


 この世界に来てから、ずっと気を張ってたんだろう。


「悩みがあったら今のうちに言っとけよ」

「お前は知らないみたいだから一応言っとくけどさ」

「私は結構頼れる担任教師だぜ?」


 自分で言っておいてなんだけど、どの生徒も知らないと思う。


 頼りがいがある、ぐらいにしておけば良かったかな。


「私って今まであんまり恵まれた人間じゃなかったんですよ」

「もっと酷い環境の人は他にたくさんいると思いますけど」


 ポツポツと語り出した佐苗の端整な顔立ちを見て私は「恵まれてるだろ……」と言いかけたが、すんでのところでとどまった。


 自分の持ち味なんて案外わかんないもん……だろ。たぶん。


 わかんないもんなのか? 本当に?


 こいつわかってて言ってるんじゃないだろうな。


「本人が辛いと思えば辛いもんだろ」


 それとも可愛いからこその悩みってのがあんのかね。


 私はそういう集団の中の苦悩みたいなのとは無縁だったからよくわかんないな。


 今もそうだし。


「先生……」


 佐苗はまた微妙そうな顔をして私を見ていた。


「えっ、また顔に出てた?」


「もういいです」


「あーっ、待て待て」

「悪かったよ」


 私は立とうとした佐苗の肩に"そっと触れて"席に押しとどめた。


「う、動けない」


「はは、私に肩押さえられて動けるわけないじゃん」

「続き話してみなって」


「余計に嫌なんですけど……」


「そこをなんとか」


 なんだこのやり取り。


 私は自分の頼りがいのなさに驚きつつ、佐苗に続きを促した。


「じゃあストレートに言いますけど」

「親に虐待されてたんですよ」


「お、おぉ……」


 急に話が重くなったな……。


 なんて答えればいいんだ……。


「黙らないでくださいよ」


「あー……。なんていうか大変だったな」


 私の返答が十分じゃなかったみたいで佐苗は押し黙っている。


「えーっと、でも良かったじゃん」

「こっち来たからもう親とは無縁だろ?」


 ヤバい。怒ってるかも。


 佐苗の肩の震えを感じて私は身構える。


「ぶっ……。あはははは、先生ってやっぱり普通にバカなんですね」

「デリカシーなさすぎ」


 お、大丈夫だったみたい。


 いや、こんな感想だから馬鹿とか言われんのか。


 昨日アマナと喋ってたときは良い感じだったんだけどなあ。


 何が違うのやら。


「なんか真面目に考えてた私のほうがバカみたいですよ」


 すると、それまでの考えに反して私の口が自然と動く。




「そんな親でも今は会いたいのか?」




「……先生ってわざとバカなフリしてるんですか?」


 佐苗は私の問いかけに疑問を返した。


「まあ、私は常識がないんだろうな」

「前の世界でも、今の世界でも」

「だから"お前ら"に合わせた言葉はかけてやれないんだ」


 佐苗は遠い目をして答える。


「会いたくはないですよ、たぶん」

「でもどうせこんな世界に来ちゃうんだったら」

「もっと好き勝手やっておけばよかったなって」

「私がいなくなって……あの人たち何してるんでしょうね」


「へえ……」

「わざわざ委員長なんてやってるのも"それ"絡みか?」


「そうですね……」

「滅多に家の外に出してもらえなかったんですよ」

「だから学校ってまともに通ったことがなくて……」

「憧れてたんです。クラスの学級委員長とか」


 うーん、それで学級委員長に憧れるのは私にはよくわかんないな。


 水を差すようだから言わないけど……。


 そういえば私が最初に予想してた悩みとは全然違う話だってことか。


 むしろ逆だった。


 どちらかと言えば佐苗は私に近い人間なのかもしれない。


 常識知らずという一点において。


「ふうん、お前もそれなりに非常識なんだな」


「そうやってまたデリカシーのないこと言う……」

「普通、虐待されてたって語る生徒に非常識とか言います?」


 言葉とは裏腹に佐苗は再び微笑を浮かべながら話を続ける。


「社会に埋もれたことがないって意味では……先生が言う通り同類だと思いますよ」


 私もロクに嘘がつけないくらいには社会経験がない。


 それはさっき実証済みだ。困ったことに。


 そして佐苗は言葉を紡ぐたびに、より一層目を細めながら笑みを深めていく。


「だから不安だったんです」

「この世界の学園に入ることになって、どんな振る舞いをすればいいんだろうって」

「でもそしたらこの学園の日本人ってみんなメチャクチャじゃないですか」

「というか日本人ばっかりだし」

「日本人ばっかりなのに貴族がどうこうとか言って意味不明ですよ、本当」


 身の上話を続ければ続けるほど、佐苗は異様に口角を上げて顔を綻ばせる。


 その目は不自然なまでに細くなり、私にはもうほとんど閉じているようにも見えた。


「じゃあお前としては」

「学園というか、聖女たちがメチャクチャなほうが都合がいいわけだ」


「そうですよ?」

「授業はちゃんと受けたいですけど……」




「みんな非常識なほうが──

 私が常識的な日本人だってみんなに思ってもらえるから」




 こいつ……。


「随分と"普通"であることに憧れてるみたいだな」


 私は佐苗のギフトについて記憶を呼び起こしながら言葉を続ける。


「だとしたら」

「それを私に言ったのはまずかったんじゃないのか?」


 私が問い掛けても佐苗は仮面のような薄気味悪い笑みを浮かべたままだった。


「別にいいんですよ」

「だって先生はこれから死ぬんだから」


 やっぱそうきたか。






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