学級委員長
──「アウラミライ侯爵学園」教室 10/03/早朝
自前の邸宅で私が考えをまとめ終えた頃には空が白み始め、屋上から見えた首都の夜景は鳴りを潜めていた。
睡眠は取っていないが特に支障はない。
とりあえず私は朝イチで学園に来て、昨日のように朝っぱらからやり合う馬鹿がいないかを確認している。
学園自体は校舎の管理人が開けていたものの、本当に夜が明けたばかりだったので流石に生徒は一人も見当たらなかった。
門前で皇国騎士団の警備隊が夜警から朝勤の連中に引き継ぎをしていたくらいだ。
まあ、そりゃそうか……。昨日みたいなことがあるにしても、生徒が集まり始めてからだろうしな。
しかし……こんな時間に教室に来たのは始めてかもしれない。
よくよく考えてみれば、私が朝会で教室に入る前に生徒が揉めてたのは昨日だけじゃなかった。
反省文を書かせないような、私が認知していなかったような小競り合いを入れたら、きっと相当な数になるんだろう。
今年の学内の荒れっぷりを感じた時点で、こうやって早い時間から学園に来ておくべきたったな。
他の日もどうせ朝は起きてるんだし。
だがそれを私が実行に移さなかったっていうことは、やっぱりアマナの言う通り"何かされてる"んだろうな……。
ひとまず今のところの方針としては、聖女たちの揉め事を事前に私が止めるのは無理だから、とにかくサフィとアマナが巻き込まれないようにすることにした。
最初っからその場に私がいればそこまでヤバいことにはならないだろ。たぶん。
そんなことを考えながら前の世界で言うところの大学の講義室みたいになっている室内をボケーっと見渡していると廊下から足音が響いてきた。
しっかりとした足取りと少し先を急ぐようなテンポが合わさった音が私の聴覚に届き……しばらく続いてから教室の前で音がやむ。
私が入り口に目を向けると学級委員長の伊呂波佐苗がギョッとした表情で立ち止まっていた。
「せ、先生……」
「よっす、委員長」
「どうしたんだよ、そんな幽霊でも見たような顔してさ」
「なんでこんな早い時間からいるんですか……?」
佐苗が教室の中に入ることなく、廊下から私に問いかける。
「担任が朝っぱらに教室にいたらそんなに変か?」
「変じゃないですけど……」
「"私が"朝っぱらにいたら変だってか?」
詰めるような私の物言いで佐苗は顔を青くしていた。
「冗談だよ……」
「そんなビビんなって」
なおも佐苗は微妙な表情を崩さない。
「入れよ」
「言われなくても入りますよ」
流石に私のクラスで委員長をやるだけあって気が強い。
大抵の生徒は私と1対1だと面と向かって喋るのを嫌がって逃げちゃうんだよな。
そう考えるとアマナは異常だ。後、サフィとアレンと芽衣とか。
あいつのまわりにいるやつらは本人を含めてぶっ飛んでる。
価値観……物事の見え方、捉え方、考え方。そういうのが明らかに普通じゃない。
日本から転移転生してきた聖女たち、いわばこの世界で異常な連中が集まっている中で、なお浮いてるやつらってのはなんなんだろうな。
「いつもこんなに早いのか?」
「たまたまですよ」
「先生はどうしたんですか?」
「ほら、昨日なんかあったじゃん」
佐苗は押し黙り、何かを考えているようだった。
気にせず私は言葉を続ける。
「お前もそれで早いんだろ?」
「……そうですけど」
流石は学級委員長。クラス中の生徒がぶっ倒れてたもんだから責任でも感じてんのかな。
「お前のせいでもないし、気にすることないだろ」
「私のせいじゃなかったとしても気にしますよ」
「何十人もの生徒がこの教室で倒れてたんですよ?」
「委員長とか関係なしに、自分の身の安全のために気にしますよ、普通は」
ああ……。そういう考え方はしたことがなかったな……。
私と子どもたちで、それぞれが抱く世界の有り様がどれだけ違うのかを改めて感じ、それを意識していなかったことを私は反省"しかけ"た。
「安心しろよ」
「もうあんなことは起きないから」
私の言葉を聞いた佐苗は少し不思議そうな顔をしていた。
「先生が止めてくれるってことですか?」
「なんで疑問形なんだよ」
「私がいるときにはいつも止めてたじゃんか」
「あの、座っていいですか?」
佐苗は私の言葉に答えず、そして私の返事も待たずに席に座った。
「こんなに早いってことは何かやることがあったんじゃないのか?」
私も教卓の上に腰を下ろしつつ、適当に聞いてみた。
「いいですよ」
「明日やりますから」
私は意外にも手応えがあって驚く。
一体、何をやる気だったんだか……。
「私も先生に聞きたいことがありましたし」
「なんでも聞きな」
「昨日、生徒たちを昏倒させたのってアマナさんですよね」
……げ。
昨晩の話だとアマナは私に隠していたが……。まあ委員長の言う通りなんだろうな。




