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名門学園/聖女の処刑場

──「旧マリティマム修道院」屋上 10/02/深夜


「ふん、バカバカしいな。バカだな本当にバカ」


 なんで私がそんな馬鹿なガキのことを助けないといけないんだ?


 そんなこと、考えるまでもない。

 私がそういう馬鹿に惹かれてるからだ。


 ふと気付けば陶器のジャグに満ちていた葡萄酒がなくなっていた。




────「旧マリティマム修道院」地下


 つぎはガラスボトルに入ったいいやつにしよう。


 魔法があるとはいえ、この世界のガラスは前の世界よりは大量生産されていない。


 だからワインボトル、とくに私が見覚えのある細長いやつには必然的に高価な葡萄酒が入っている。


 ちょっといいやつはなんか丸くて横幅があるボトル。


 庶民的なワインは日本でいうピッチャーみたいな陶器に樽から直接入れたりする。


 なんかこの世界の発展度合いはよくわかんないんだよなあ。


 まあ、前の世界の時点で世の中のことなんてよくわかってなかったけど……。


 電気とか蒸気機関があるかどうかは微妙っぽい。


 あるにはあるみたいだが動力源と魔法が一緒くたになってるらしく、私からすると見たところで意味不明だ。 


 これにするか……。


 私は1268と印字されたワインボトルを引っ張り出した。


 この旧修道院には前の持ち主が置いていった大量の高級品が置きっぱなしになっている。


 破産したか何かで建物内の持ち物ごと売り出されていたらしい。


 私は仲介人から買っただけなので詳しいことは知らない。でも前の持ち主は相当に趣味がよかったんだろう。


 日本で舌と嗅覚が肥えた私でも飲める酒がワイン以外にも、いくらでも置いてあるのだから。


 それ以前にこの国は飯も酒もうまい。


 単純に魔法を含めた産業の発展で料理もうまくなってるのか、それとも聖女が広めた知識で日本人好みの味付けがこの国で流通しているのか。


 理由はよくわからないが、とにかく助かる。あとは水道設備も整ってるしな。


 前の世界に帰りたがる聖女たちが少ないのは飯のうまさも理由にあるんじゃないのか?




────「旧マリティマム修道院」身廊


 私は手燭、ワインボトル、コルク抜きを持ちながら修道院のなんか聖堂っぽいところに来た。


 日本人がイメージする教会ってマジでこんな感じだよなあ。


 この国の神は……。初代皇帝が神として信仰を受けてるんだったよな。


 でも実際には民衆からの人気が薄くて庶民の信心は初代の転生聖女に向いてる……みたいな話だったはず。


 そんなことを考えながら私はワインボトルのコルクを抜き、いくつも並んだ長椅子の向こう側に目を向ける。今の世界に来てからは無駄にコルクを抜くのがうまくなってしまった。


 私の視線の先には十字架ではなく盛大に両手を開いた巨大な女の像がそびえ立っていた。


 こういうのを見ると明確に前の世界との違いを感じるな……。


 さて、と……。さっきのもうひとつの疑問について考えるか。


 それは黒幕がサフィだとしても"なんでサフィがそんなことするんだ?"という疑問だ。


 まず私から見ればサフィはそんなことをするやつには見えない。


 もしそうだとしたらかなりの演技派だ。


 それに貴族同士のお家騒動で他人を狙うようなやつだとも考えられない。


 あるいは本当にアマナと仲は良いのに"その中で相手の死を考えられる"。そんな精神性のやつだったりするのか?


 だったら怖すぎるだろ。


 それとも、あ~……。なんだっけ、昔どっかで聞いたような……。


 アレが関係してんのか、アレが。


 なんか七大貴族と真の聖女の家系に大昔からあったとかいうやつ。


 確かサフィの家には"救世主になろう"とか、なんかそういうのがあったはず。


 ……うーん、これ言ってたのって魔王軍のやつだったんだよなあ。


 他の家系についてもなんか言ってたけど。


 私が勇者パーティにいたときの話だから、あんま覚えてないんだよ。


 しかもこの国に帰ってきてからは学園でも、どこに行っても聞いたことがないし。


 だからたぶん相当ヤバい。知ってること自体が危険な知識なんだろう。


 いや、サフィの家のやつは結構聞くか。


 初代聖女の伝説にそんな話があるけど、それにはサフィの家系の話が混ざってるとかいう。


 だとすると初代聖女ってなんなんだ?


 私は祭壇の中央に位置した巨大な像に目を向ける。


 1000年以上続く家系が実権を今も持つ分、ここは前の世界よりもよっぽど(いびつ)な権力構造になってるみたいだな……。


 ……そのへん私は知らないんだよなあ。


 でも今までに知ろうとすれば知ることはできたはずだ。


 だからこれは自分が生きる世界のことを知ろうとしなかった私の怠慢でしかない。


 とにかく、そういう何かしらのしがらみからアマナは"自分が狙われる理由"がわかるんだろう。


 というか、ここまで考えてきて思ったのは状況的にヤバいのはアマナもそうだけど、私とか学園側もマズくないか?


 アマナも言ってたしな、皇族とか七大貴族に何かあれば"学園長がその上から文句を言われる"みたいな。


 そりゃそうだ。1000年以上続く家系の子どもが死んだらヤバすぎるだろ……。


 しかも皇族は当たり前だが、七大貴族も実質的にこの国を牛耳ってる連中だからな。


 それぞれの主戦力は確か、皇族が聖女を基盤とした庶民からの支持力と騎士団による軍事力。


 七大貴族は実効支配してる土地の広さと付随した農民の人口。ほかにも経済力と国内外の人脈と魔法とか色々。


 そして後ひとつ……。


 学園長が所属してる派閥の"学院派"か……。


 つまり、この国は皇族派、貴族派、学院派の3勢力が別々の領域で幅を利かせて成り立ってるわけだ。


 この修道院で言うなら……建物や聖女像は皇族派の象徴、敷地や私が飲んでるワインなんかは貴族派の象徴ってとこだな。


 そして学院派は……何が象徴なんだ? 知識とか?


 私は本当に縁がないからな~……。学園長以外にその手のやつに会ったことがないもん。


 うちの学園にもいんのかなあ。いたとしても教師側だろうな。


 今回の件には関係なさそうだし、学院派については考えなくてもいいか。


 で……私とか学園側がヤバいって話だけど、それはアマナが死んだときはもちろん、サフィが死んでもそうだ。


 それどころか本来は生徒がひとり死んだとしても大変な事態だし、聖女がひとり死ぬのも大問題だ。


 ……学園自体が狙われてるよな、これは。


 でもアマナの口ぶりからしてサフィの真意にかかわらず自分狙いだという確信があるっぽい。


「はあ……」


 私にしては珍しくため息が漏れた。


 あいつ……まだ喋ってないことがあるな?


 だって、こうしてひとりで冷静に考えると、普通に学園かサフィが狙いじゃん?


 聖女同士を殺し合わせて誰かが死ねばそれでよし、それを止めようとするサフィが死んでもそれでよし、巻き添えで七大貴族か皇族が死ねば超最高、みたいな。




 あの学園は今や聖女が死ぬための処刑場──

 皇国を崩壊させるための爆心地になっている。




 考えれば考えるほどヤバさが浮き彫りになってくるな。


 なんで半年前から昨日までの私は実感がなかったんだ?


 これがアマナの言ってた"何かされてる"っていうことなのか?


 今日は疑問ばかりだな。


 これまで今の世界を知ろうとしなかったツケが回ってきたのかもしれない。


 だがそれは生徒の聖女連中にしたってそうだ。


 あいつらがもっと落ち着いてたらな……。


 もはや理由や動機から学内を煽動してるやつを見つけることは私にできないことはわかった。


 それはもうアマナにやらせるしかないだろう。


 私ができることは担任らしく生徒たちを指導することだけだ。


 まずはアマナの代わりに私が最速でサフィを助けて、ほかの聖女をシバけばいいんだろ?


「優れた者が貧しい者を導くべき、か」


 私はいつも反芻している"あいつ"の言葉を口にした。


 あの学園で誰が優れていて誰が貧しい者かは私にはわからない。


 だがいいじゃないか。わかりやすくて。


 私がその言葉を実践するなら、力尽くで導くだけのことだ。


 高いボトルは、とっくの前に空になっていた。






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