生き地獄
──「旧マリティマム修道院」屋上 10/02/深夜
私が住んでいる旧修道院はもとをたどれば首都中枢を守るための要塞だったらしい。
だが皇国の発展に伴い中心街が広がるにつれて城壁が次々と建造されていった。そのうちに防衛用の外壁からこの要塞が取り残されてしまい軍事的な役目を終えることになったそうだ。
拡大し続ける中心街の区画対象に飲み込まれたこの要塞は石造りの建築と広い敷地を活かして聖女信仰のための修道院として使われるようになったんだとか。
とはいえ、それすらも今は昔の話で絶え間なく発展を続けた皇国の中心地には新たにいくつもの修道院や大聖堂が建設されていく。
結果的に丘の上に立つ修道院はお役御免となり、中心街の地価を払える上流階級の住居として改築されることになったらしい。
私はそんな歴史を持つ建物の屋上で夜風に当たりながら首都の夜景を眺めていた。
ペントハウスのように改装されたこの屋上は丘の上に造られた建築の中でも一際高い。
首都の中心にそびえ立つ城はもちろん、離れた位置にある宮殿や首都魔法学院の本拠地である異様な塔も一望できる。
さて、そろそろ続きを考えるか……。
逃避気味に住処の歴史について想いを馳せていた私は再び問題と向き合うことにした。
いま考えるべきは──
どうして"アマナが自分自身に嘘をついたり、私に嘘をついたり、本気で犯人を探そうとしなかったり、あまつさえわざと死地に向かっているのか"だ。
まあ、これに関しては既に答えが出ている。
私が酒場で思ったのは"サフィがアマナを孤立させようとして、なおかつサフィが狙っているとバレないように聖女たちにアマナを殺させようとしている"ということだった。
だがこうも思った。"なんでサフィがそんなことするんだ?"と。
ただ状況だけ見たら相当それっぽい。
サフィはこの半年間"仲を取り持ったり、仲裁したりしなくてもいい揉め事"にわざわざ首を突っ込んでいる。
さらに聖女たちやアマナを含めた学園の人間全体が意識になんかされてるらしい。
下手すると私も。
これはアマナが言ってるだけだから半信半疑だが……私も今の異常な学園の状況を看過している時点でそれは事実なのかもしれない。
普通に考えたら私なり、他の教師なり、学園長なりが根本的な解決をしようとしないわけないもんな。
それなのに誰もが状況を見過ごして、その場限りの対処にとどまってしまっている。
その結果、サフィは毎日のように癇癪を起こしたアホなガキども(おもに私の生徒だけど)の聖魔法を受けて死にかけるような状況になっていた。
そのたびにアマナがサフィを助けようとして、いつも命からがらの状態でなんとか助けきる。
それから後は……そうだな、大体私が現場に着けば聖女たちも静かになる。
私のヤバさは聖女たちも理解できているみたいで、ほとんどそれで事態の収集がつく。
あるいは、その前にアマナがどうにかし終わってたりもするな。
そもそも本来は、そのへんの人間が起こした揉め事だったらアマナが介入するまでもなく、それ以前に駆け付けたサフィが全員をどうにかできるはずだ。
だとしても問題は場所が「アウラミライ侯爵学園」で
揉めてるのが全員、莫大な魔力を持った聖女だってことなんだよな。
そしてもっと致命的な問題はアマナが闇魔法の名手、つまりアマルティマ家の当主代行だということだ。
たぶん戦略的な細かい魔法であれば、アマナはほかの属性も扱える……と思う。
あいつにできないことなんてそうそうない。
だけど聖女の攻撃を防ぐほどの魔法は闇魔法しか使えないだろう。
七大貴族の本家本元の令嬢であろうと小手先の魔法では聖女の魔法を防げない。
それほどに聖女という存在は強大なんだ。性質が悪いことに。
そして最悪なことに"聖魔法には闇魔法が一切通用しない"。
原理は知らないが魔法の上級講師どもによれば、そういうことらしい。
だからアマナは最大の防御手段となるはずの闇魔法が聖女には通用せずに死にまっしぐら。
……のはずなんだけどな。
それなのに入学から半年間生き残り続けるどころか私が止めるまでもなくアマナが聖女を沈めてることも多々あった。
人死にが出そうなくらい揉めるのは大体、二桁近い人数の聖女が争うときだ。
"そんな人数相手にもかかわらず、自分が最も得意とする魔法が通じないにもかかわらず、サフィを守りながら戦わないといけないのにもかかわらず、さらには聖女を殺さず"にアマナは立ち回り続けてきた。
その事実がアマナ・プロパトリコ・アマルティマという人間の異常性を物語っている──
大陸戦争で「皇国の魔女」と謳われたアマナの強さを。
それでも今朝は死んでしまった。
アマナは"自分の気持ちと考え"は隠そうとしてたが"起きた出来事"についての嘘は基本的にないはずだ。
タイムリープだかなんだか知らないが、その部分に関しては私に嘘をつく理由がない。
とにかく死んだのは事実らしい。
なんかアマナは呪いが云々とかも言ってたが……。それは事実を認めたくないから言い訳として自分の中で別の説を信じようとしてたんだろう。
そうすれば"サフィが自分の死を願っている"っていう説からも目をそらせるからな。
あいつは自分の中で"プライドが聖女なんかに殺されたことを認めないから"とか思ってそうだけど……。
きっと事実としてはサフィが黒幕だという可能性から目を逸らしたいだけなんだろう。
だけどあいつなら本当は入学してから1週間と経たずに異常な事態に気付くはずだ。
あいつは戦争のときに"そういう事態を知ること"を生業としていたのだから。
なのに察知できずに死んだのは、それだけヤバい状況だったっていうことか……?
大陸戦争を生き延びた英雄がそんなことで死ぬのか?
あの「皇国の魔女」がたとえ聖女相手と言えども殺されるのか?
私が思うに……アマナはもうしんどかったんだろうな。
好きな相手が自分を"死なせ"続けようとするような現実が。
「だったらいっそ死んでサフィの役に立とう。サフィの望み通りになろう」そんなふうに思ったんじゃないのか?
その考えは半年のあいだ、つねにあったんだろう。今日の帰り際の捨て鉢な様子からしてそうだ。
でも半々だからなあ……。
サフィが黒幕じゃなかったら完全に死に損だし、そもそも私からしたらそんなことをサフィに願われても"死んでも御免"って感じだよ。
お姫様を守って死ぬっていうんなら格好付くが、お姫様に死んでと願われて死にたくはないだろ。
と……ここで私はあることに気付く。
そうか。サフィを守って死ぬこと、サフィに死んでと願われて死ぬことは両立されてるのか……。
もしもサフィが黒幕だったとき、サフィをかばって死ぬ。サフィの目的は達成される。それはサフィのためになる。
あるいはサフィが潔白だったとき、サフィをかばって死ぬ。"自分を守って死んだ女"としてサフィの記憶にアマナが永遠に残る。それはアマナにとって喜ばしいことなんだろう。
私がこの半年にわたって見てきたサフィの振る舞いが虚飾じゃなく真実だとすればサフィは自分を守って死んだ人間のことを一生忘れない。そういうやつな気がする。
一方でサフィは女に興味がなさそう……というか完全にゼロだとアマナは思ってるわけだ。
だから恋が叶わない以上はもう死んでもいいし、相手を守って死んで、なおかつ記憶にまで残れるなら万々歳ってこと。
あいつならマジで考えてそうだな~……。つくづく馬鹿なやつだよ、ホント……。
まさに"生き地獄"だ。
今朝はもう生きようとする気力がなくなってたんじゃないのか?
それで"あのアマナ"が死んでしまったわけだ。
「ふん、バカバカしいな。バカだな本当にバカ」
なんで私がそんな馬鹿なガキのことを助けないといけないんだ?
そんなこと、考えるまでもない。
私がそういう馬鹿に惹かれてるからだ。