インターバル:ヒスイ
────「旧マリティマム修道院」自室 10/02/夜
アマナの馬車で自前の邸宅まで送ってもらった私は部屋に入るなり、ケープ代わりにしている白い毛皮を脱ぎ捨て、暗所に置いていた陶器のジャグに手を付けた。
しっかし、アマナに大見得切ったはいいものの、どうすっかなあ。
正直まだ何が起こってるのかはよくわかってないんだよな。
とはいえ、私のそこまで長くない教師生活の中で、今年がダントツ荒れてることは間違いない。
だが私が現役だった頃から、あの学園では問題ばかり起きていた。
……なんなんだろうな、あそこは。
私はジャグの中に満ちた葡萄酒を直飲みしながら、シェーズ・ロングにドサリともたれかかる。
今思えば、勇者パーティの一員として、魔王討伐の旅に出ていたときのほうが気楽だったようにも感じる。
まず、聖女の人格に問題がある。
人間性について、私も他人のことはとやかく言えないが、連中はぶっちぎりで性格が悪いか、極端におとなしいかのどちらかに偏りがちだ。
それもこれも大体が"ギフト"のせいだ。
この世界に転移や転生した聖女たちは、誰しもがひとつ特別な力を得てやってくる。
力の性質はバラバラだ。何も法則性がない……と私は思う。
誰から与えられているのかは知らないが、受け取る側は選べないから巷で"ギフト"と呼ばれているのだろう。
アマナや学園長みたいな魔法使い連中からしたら、何か法則性があるんだろうか。
いや、昔……"あいつ"が何か言っていたような……。
なんだっけかなあ。ほとんど才能みたいなもんだとか、なんだとか。
えーっと……。
──「君を見る限り、俺からすると聖女は望んでいたものを手にしているように見えるよ」
そうだ。まあ、"あいつ"から見た印象にしか過ぎないんだろうが……。
だとしたら与えられているものでもない……か。
ただ、やっぱり私からすればランダムにしか見えない。
とにかく、この世界で役に立つか、あるいは聖女として役に立つかどうか、そんなこととは一切関係がなくギフトは発現する。
だから、10代のクソガキどもが突然手に入れた力を振りかざして、そのランダムな力の優劣で学園内の上下が決まることになってしまう。
本人の倫理観や人間性とは関係なしに。
そして、たちが悪いことに、なぜか聖女たちは同じ文化圏から転移転生してくることが多い。
聖女の大体が日本人の学生なんだよなあ。しかも、ほとんど同じ時代の。
そして彼女たちが学生だからこそ「アウラミライ侯爵学園」が受け皿となっているわけで……。
私もそうだったけど。
同じ国のやつらが異世界で集まったと思ったら、ひとりは戦車に乗ってて、ひとりは木の棒を持っててヨーイドンだぜ?
実際、ギフトの差は人によって戦車と木の棒ほどに離れていることも多い。
そりゃあ格差しか生まれないよな。
その代わり、ギフトさえあれば、聖女の保証さえあれば、それだけで宮廷からの支援が約束されるし、この国の連中は聖女に信心深いから、路頭に迷うことは絶対にない。
それに聖女じゃなくて元聖女でも、首都の上等な立地にある修道院跡を自分の邸宅として好きにできるくらい自由が利く。私は、ペントハウスのような屋上に面している自室から首都の夜景を眺めてそう思った。
私はたまに考えることがある。
転移転生してくるのが、たとえば日本人と中国人とアメリカ人と、えーっと後は……。
イタリア人とフランス人とドイツ人とブラジル人と……後は、なんだ?
……他にもエジプト人とかマダガスカル人とか、そういう色々な国のやつらがいるなら、ここまで歪むことはなかったんじゃないのかと。
人種や国籍が違うやつらが点在していれば、あくまで勢力同士の争いになって、落ちこぼれがそこまで貶められるような状況にならなかったはずだ。
ああ、でも……現状の聖女たちも"貴族派"だとか、"皇族派"だとかに分かれてるのか。
元は日本の庶民だった連中が、それでお貴族ごっこやってるのも問題に拍車をかけてるんだよな。
確か、そもそも聖女云々と関係なく、この世界には元から貴族派と皇族派の権力争いがあって、その流れを継いで聖女たちも揉めてるらしい。
このへんは、教師になるときに学園長から嫌になるほど聞かされたから若干覚えている。
ほかにも派閥はあった気がするんだけど、なんだっけかなあ……。
現役のときは意識してなかったんだよな……。
あ~、そうそう。
学園長いわく、アマナは"無干渉"なんだっけ。あいつの家は特別だとかなんだとか。
それで、本人が言うには学園長は"学院派"らしい。ややこしいな。
このあたりも覚えていかないとアマナを助けられないとしたら、私には中々の難題だ。
……派閥に関しては今日のアマナも何か言っていた。
"今朝はギマランの取り巻きの派閥争いに巻き込まれて死んだ"とか。
あいつら、1年と2年の学年ごとに分かれて対立してたんだよな。
なんで私の教室でそんなことするんだか……。迷惑を考えろ、私の。
いや、違うな。ここが重要なのか。
そうか。"わざわざアマナがいる教室に1年と2年の対立派閥が集まっていた"。
そしてそこで"アマナがサフィを聖女から助け出さないといけない状況が生み出されていた"から、あいつは自分が狙われてると思ったのか。
そのうえ、ここ半年のあいだにケガ人が出るような騒動のときは、大体"アマナがサフィを助けようとする"ような状況だったと。
悪意はないんだろうが、あいつが平気で"話に嘘を混ぜてくる"せいで、こういうのを考えるのも面倒だな……。
でもどうやってそんなことやったんだ?
派閥ごとのギマランの取り巻きが喧嘩しているところに、のこのこ歩いていって「皆さんこっちですよー」とか言って私の教室まで誘導できるわけないんだし。
あ~……。その方法がわかんないから、アマナは私に相談に来てたのか……。
今日は悪いことしたな……。
確かあいつは──
──「私たちのクラスどころか、学園全体で聖女たちが荒れているのは“敵”が原因よ」
──「だから恐らく複数いるはず。聖女と貴族のそれぞれに紛れて」
とか言ってたな。明らかにひとりでやれることじゃないし、そういう推測になるわけだ。
それで私は──
──「そうそう。狙われるにしてもなんでお前なんだろなー」
──「って思ってたんだった!」
こんなことを言っていた。ふん、私も中々良い勘と記憶力をしてるじゃないか。
結局、論点はこのふたつか。
"誰がどうやって聖女たちを扇動しているのか?"
"なぜアマナが狙われているのか、そもそも狙いはアマナなのか?"
1個目はアマナが意識に何かされてると言ってたし、十中八九ギフトだろうが、そんな都合の良いギフト持ちが見当付かないから、あいつも困っているんだろう。
これは明日、学園の名簿で調べてみるか。
2個目は……。あいつが狙われる理由なんてありすぎて逆にわかんないだろ……。
それこそ、そういうしがらみがあるから、そんなのとは縁がない私に相談したんだろうし。
これは後で考えよう。
だが、それ以前に最も大きな問題がある。
それは"アマナが自分自身に嘘をついたり、私に嘘をついたり、本気で犯人を探そうとしなかったり、あまつさえわざと死地に向かっている"ってことだ。
夜が明けるまでに考えるべきは、こっちだな。




